顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月

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Ⅳ 番と過ごす発情期

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ガチャリと音がしてドアが開く。
「食事を食べるか?」

そう問いかけられても返事をする気にもならない。蓮に背を向けたまま無言を貫く。
「そんなところに居たら身体が冷える」

床に居るルカに蓮が近づく。ルカが身体を固くして拒否の姿勢を見せた時。

《ピンポ~ン、ピンポ~ン》
玄関のチャイム音が数回響く。蓮が大きくため息をついて部屋を出ていく。少ししてバタバタと音がして部屋のドアがバンっと開く。

「ルカ! 居るか!?」
川口さんの声に驚いてルカが顔を上げる。

「あぁ、ルカ。良かった。顔が見られて安心した。可哀そうに。顔色が悪い。こんなにやつれて。きっと無体な事を強いられたのだろう? やっぱりアルファなんか選んだらダメだ。ほら、僕と帰ろう」

ルカはただ川口さんを見つめていた。
(アルファを選んだ? 俺が?)
川口さんが何を言っているのか良く分からなかった。

「ルカ、僕と帰ろう」
念を押すように川口さんに言われルカはコクリと頷いた。


 川口さんに抱きかかえられて自宅に戻った。川口さんはルカの全身を洗いあげて優しく発情期後のケアをしてくれた。ルカは良く分からない脱力感で全てを川口さんに任せた。頭の中は蓮のことでいっぱいだった。時々流れる涙が良く分からなかった。

蓮は何も言わずに立ち去るルカたちを見ていた。引き止めもしなかった。その様子に腹が立った。蓮はルカに執着していない。番のオメガに執着しないアルファなんて聞いたことが無い。ルカには番を繋ぎとめる魅力が無いのかもしれない。自分の存在価値の低さに心が沈んだ。キズモノオメガにされたのはルカのせいなのか? 考えるほど苦しくなる。

ルカには連という存在が理解できず、混乱と虚無感で押しつぶされそうだった。

 発情期期間を含めて十日間の休暇をもらった。蓮と過ごした六日間は忘れることにした。

ルカは心に決めた。一人で生きて行く。蓮に左右されずに生きる。

ルカの中のオメガの部分が抹消したいほど憎らしかった。臨床試験中のフェロモン相殺療法にプラスして、通常の抑制剤も定期内服を始めた。もう二度とアルファのフェロモンに流されないように。自分の中のオメガを押し殺すために。副作用があっても構わなかった。身体が辛い分、心の痛みが緩和されるようだった。

 あのあとテレビ局のドラマ紹介特集で蓮と共演した。身体接触を避け目も合わせなかった。表面上の対応だけ。抑制剤を倍量飲んだおかげで蓮のフェロモンに影響されずにすんだ。

収録後に副作用で嘔吐しまくって動けなくなったけれど、自分の中のオメガに勝ったと思うと誇らしかった。そして様子を見にも来ない蓮を想い涙が流れた。そんな相反する想いを持つ自分が情けなくて嫌だった。

 蓮と過ごした発情期から三か月。発情期はルカに来ていない。緊急抑制剤も多用して徹底してオメガの部分を抑えた成果だ。だが薬乱用の副作用ですこぶる体調が悪い。最近は何とか雑誌の撮影だけこなす日々。心も身体も限界な日々だった。ルカに寄り添う川口さんだけが支えだった。
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