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そぉ、っと小さな手がさりげなく、けれど大胆に私の昂りに触れる。くすぐるような手つきの愛撫に、表情は変わらずとも、薄い夜着の下で欲望は素直に硬さを増していった。

「……君は私の養い子で、私は養い親だよ。子を抱く親などいないだろう」
「世間では僕はあなたの恋人だと言われておりますよ?そもそも、皇帝陛下は僕が閣下の恋人だと信じて、僕を後宮に召し上げるのでしょう?」

苦し紛れの台詞は、あっさりと論破されてしまった。
論戦は百戦百勝と謳われる鉄壁の冷血大公が聞いて呆れる。

「ラン、しかし……っあ」
「ココが、お弱いのですね」

会話の間にも、ランの手はゆるゆると私の昂奮を高めている。
つい声を上げてしまった私の些細な反応に、ランは嬉しそうに笑って、ますます眼を潤ませ、頬を紅潮させた。

「ラン、やめなさい……っ」
「何故でございますか?奉仕の技巧は合格を頂いておりますので、閣下には十分に気持ちよくなって頂けるかと」
「それは、そうなのだけどね……っ」

これも私が手配した閨房術の勉強の成果であるのだから喜ぶべきなのだろうが、幼い子供の手練手管に簡単に煽られる、自分の体は憎らしい。
そもそも私は、これまで殺伐とした人生を歩み過ぎて、陰謀術数は得意でも、色恋沙汰の駆け引きや甘い睦言とは縁遠い人間なのだ。
商売女の巧みな閨房術とはまた違う、真心からの熱心な奉仕に、反応してしまうのは仕方のないことであった。
私は、愛のというものに不慣れなのだ。

「何をお迷いなのですか?これは閣下の計画の成功のために、必要なことでございましょう?どうか躊躇わず抱いて下さいませ」

苦虫を噛み潰したような顔をしている私にクスリと笑って、ランはコテンと首を傾げた。

「そうでないと皇帝陛下にバレてしまいますよ?僕は誰の癖のついていない、なのだと。……ですから、どうかお願い申し上げます、お優しい閣下。僕にお慈悲を」

余裕ある笑みを浮かべて誘惑するランの愛らしい懇願に、私は降参した。

「……参ったね」

まだ幼い少年の口車に乗って、小さな体を抱え上げると、ドサリと自分も一緒に体を寝台に投げ出す。

「可愛らしい顔をして、まるで夢魔のように見事な誘惑だ」
「閣下のおかげで、最高級の師に教えを受けましたので」

いたずらげに笑うランに苦笑する。
散々閨房術を実地で特訓させたのは私だ。それが必要だ、と言って命じた。
今更私がこの子の純潔を守ろうとして、何の意味があるのだ。しかも十日後には、この子はどのみち皇帝に喰われてしまうというのに。
私の自己満足のために、計画に余計な不安な種を残すのは、ランの言う通り確かによろしくないだろう。

内心でそんな言い訳を自分にしながら、私はしどけなく押し倒されている少年の顔を見下ろした。

「君は本当に見事に育ったね」
「僕は、あなたのお望み通りになれましたか?お役に立てますか?」
「……ああ、もちろん」

悔し紛れの私の台詞に、健気な言葉を返すランに、私は途端に罪悪感が押し寄せる。
乱れる感情を押し殺して、私は小さく唇を覆うように口付けた。

「君は外見も内面もとても美しい。きっと陛下もお気に召すだろうよ」

幼いランを拾った雪の日が、昨日のことのようだ。
何年もかけて教養と立ち居振る舞いを叩き込み、私好みに仕上げた逸材だ。
ひたすら美を磨かせ、処世と社交の術を学ばせ、手練手管を仕込んだ。
百花が繚乱する後宮でもきっと、一際美しく輝くだろう。

「皇帝陛下が、僕に目をつけてくれて良うございました。これでやっと、大恩ある閣下のお役に立てます」
「陛下は、私が嫌いだからね。私のものならば、全てを奪い、壊したがるんだよ」
「では、閣下の計画通りでございますね」
「……そうだね」

その通りだ。
あいつなら私が大切にしているものほど、私から奪おうとするだろうと考えた。
だから、あいつの後宮に送り込むために、私は君を、あたかも掌中の珠のごとく大切に育てたのだ。
誰から見ても明らかに、まるで何よりも愛しているかのように。

「……計画、通りだよ」

愛しているのはずだった。

けれど日常的に君を慈しみ愛でるほどに、己の言動に精神が侵されてしまった。
最近では、うっかり本当に君を愛しているかのような気がしてきたところだ。
早めに計画を実行しなくては。
このままでは、間諜なんて危険な真似、させられなくなりそうだ。

「壊されないように、注意なさい。君を私への切り札にしようと考えるならば、殺しはしないと思うけれどね。用心に越したことはないから」
「お心遣い、ありがとう存じます」

本心を隠した部下への指示のような言葉にも、ランは心底嬉しそうに表情を綻ばせた。

(……可哀想な子だ。こんな言葉に喜んで)

私の胸に、なんとも言えない感情が込み上げる。
もどかしさ、切なさ、申し訳なさ、哀れさ……そしておそらく、愛おしさだ。
駒として育てたはずの拾い子に、情けないことに私は随分と肩入れしてしまったようだ。

「もう幾つかの夜を越せば輿入れだ。……それまでに」

自分の感情を切り替えるように、私はいかにも偉そうに、もったいぶって口を開いた。

「陛下をきちんと騙せるように、きちんと私の『愛し方』を覚えておきなさいね。……君は賢い子だから、出来るね?」
「はい、閣下」

素直に頷く君の目には、きちんと愛情と欲情の炎が灯っている。
魔法薬のおかげだろう。

「魔法薬は経費だからね。全部が終わったら君への褒賞に上乗せしておくよ」
「……ありがとう存じます」

自分の感情の揺らぎを誤魔化すように言って、私は綺麗に微笑む君に覆い被さる。
そしてあらんかぎりの情熱で、小さな恋人を愛した。
全てが終われば、この子に自由を与え、私から解放してやらねばならないのだ。
そういう約束で、私は君を拾ったのだから。

「あなたのために、きちんと私はお役に立ちますよ。誰よりも愛しい、私の閣下」

耳元で囁く声に苦笑する。
薬の力も借りて、きちんと私の望む役になりきってくれている。
私よりずっと幼いのに、驚くほど賢くて弁えた子だ。

人の心を持たぬ冷血大公と呼ばれるこの私が、うっかり愛しくなってしまうくらいに。






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