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本編
34. 乙女は胃袋を掴まれる。
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「リィナ様、あれで本当に足りました?」
食後、心配そうに顔を覗かせたマウロに、リィナははい、と大きく頷く。
昨晩は元々フェリクスが視察で不在の予定だったので、マウロには夜は町で食べてくるから来なくて良いと伝えていたらしく、急遽リシャール邸の料理人が作ってくれたらしかった。
そちらも充分に美味しかったのだけれど─。
「少し多いくらいでしたわ。でもどれもとても美味しかったので、全部食べてしまいました」
恥ずかしそうに微笑んだリィナに、マウロがうぉっと小さな悲鳴を上げる。
「美味しいなんて言われたのいつぶりだろう。本当ですかね。俺の味付け大丈夫でした?無理してません?」
「い、いえ?本当に、とっても美味しかったです、よ?」
野菜たっぷりのスープは素材の味が生かされていて、かといって薄味かと言ったらそんな事はなく野菜の旨味と塩加減が絶妙なバランスだったし、パンは焼き立てなのだろう。温かくてふわふわで、そのふわふわ具合もリィナはとても気に入って、つい2つも食べてしまった。
サラダにかかっていたドレッシングは少し酸味の強い、けれど瑞々しい葉野菜と一緒に食べると良い具合になって、きっときちんと計算されているのだろうと感心した。
スクランブルエッグもこれまた素敵なとろとろ具合で、バターに加えて塩コショウがさり気ない具合に効いていた。パンを1つで我慢していれば、おかわりと言いたかったぐらいだ。
玉子に添えられていたベーコンは焼き目はついているのに柔らかい、あまりカリカリが好きではないリィナの好みど真ん中の焼き具合だった。
恐らくはアンネ達から好みは伝えられていたのだろうけれど、ここまで完璧にリィナ好みのものは実家でも、他の家族との折り合いもあって中々食べられない。
という思いの丈を語ったら、何故だかマウロの瞳が潤んだようだった。
「いや、ほら。この人こんななんで、肉出しとけば良いか、みたいなとこあるし、味の好み聞いても『食えりゃ良い』で終わっちゃうし、感想なんてくれないし、俺の料理の根っこは騎士団の野営食だから侯爵令嬢の口に合うかどうか分からなくて」
感動、と涙をふく素振りを見せたマウロに、リィナ達は思わずフェリクスに視線を送る。
「……何で俺がそんな悪者みたいな目で見られなきゃいけねーんだ……」
朝からがっつりと肉を平らげ終えたフェリクスが、居心地悪そうに視線を逸らす。
「好みとか言われてもよ、本当に食えりゃ良いんだから仕方ねーだろ。マウロの飯を不味いと思った事はねーし、美味いのは分かってんだし、作って貰ったもんにケチつけるわけねーだろーが」
ボソボソとフェリクスがそう言うと、マウロがぽかりと口を開けた。
「え?美味いって思ってたの?味ちゃんと分かってたって事?」
「おい、俺だって味ぐらい分かるぞ!?」
「いやぁ、味わうなんてしたことないんだろーなーって食いっぷりなんで、もう塩だけふっときゃいーかーとか……」
「……たまに何もかも塩味しかしねー日があるのはそーゆー事か……」
「あれ!?バレてた!!?」
本気で驚いているマウロに、フェリクスがひくりと頬を引き攣らせる。
そんな2人のやり取りを見ていたリィナ達は、顔を見合わせて小さく笑った。
「好きな料理とか伝えてって貰えれば、リィナ様が来られるまでに修行しときますんで」
何だか本当に目が潤んでいたマウロは、リィナにそんな事を言って引っ込んでいった。
リィナがあまりに美味しい美味しいと褒めたのと、フェリクスが実のところきちんとマウロの料理を評価してくれていた事が分かったせいか、昼食は気合入れて作ります。基本肉ですけど。と、朝食が終わったばかりだというのにさっさと厨房に戻ってしまったのだ。
適当で良いですよ、というリィナの声は届いていないようだった。
しかもそういう事ならばと、アンネとベティはリィナの食の好みをマウロに伝えるべく厨房へと乗り込んでいってしまった。
リィナの制止は、アンネにもベティにも届いてはいないようだった。
何だか申し訳なく思いながらも、リィナはクラーラだけを連れて客室へと戻ると、さて、昼までどうしようかと窓の外を眺める。
朝食を食べ過ぎてしまったので、少しでも良いから身体を動かしたかった。
天気も良く風も穏やかそうで、外は気持ちが良さそうだ。
けれどあまり手の込んでいない──というより何も植わっていない庭は散策には向いてはいなさそうで、リィナはうーんと唸る。
「どうされました?」
クラーラに声をかけられて、リィナは首を振る。
「食べ過ぎてしまったからお庭の散歩でもしようかと思ったのだけど……お花とかはないみたいだし、どうしようかしらって」
「あぁ、確かに。殺風景ですもんね」
一緒になって窓の外を見たクラーラがでしたら、と指を立てる。
「鍛錬場はいかがでしょう?」
「鍛錬場?」
「えぇ、こちらのお屋敷の裏手に離れがございまして、さらにその奥が鍛錬場になっているそうなんです」
まだ私達も見に行ってはいないのですが、と僅かに声が弾んでいるクラーラに、リィナはこれはクラーラが行きたいのねと察して、そうなのねと微笑んで頷いた。
「分かったわ。じゃあフェリクス様に行ってみても良いか聞いてみましょう」
そうと決まればリィナはすぐ様フェリクスの執務室へと向かう事にした。
クラーラが私が行きますよと言ってくれたけれど、今日の午後には帰らなくてはならないから少しでもたくさんフェリクスと言葉を交わしたくて、リィナはクラーラを伴う形で自身でフェリクスに許可を貰うべく執務室へと向かった。
驚いた事に、執務室のドアは開きっぱなしのようだった。
今まで屋敷にほとんど人がいなかったから、『聞かれてはまずい話』なんてものはなかったのかもしれない。
リィナは重要なお話とかしていないのかしらと不安に思いつつ、わざと足音を立てながら近づいて、室内を覗き込む。
「あの、フェリクス様?」
遠慮がちに声をかけたリィナに、フェリクスが座っている執務机の前に立っていたリシャールが顔を上げた。
「リィナ様?すみませんが少々お待ち頂けますか」
リシャールに申し訳なさそうにそう言われて、リィナは慌てて首を振る。
邪魔をしてしまっているのはこちらなので、リィナはそのまま戸口で大人しく待つ事にして、そしてそっとフェリクスの様子を伺った。
食後、心配そうに顔を覗かせたマウロに、リィナははい、と大きく頷く。
昨晩は元々フェリクスが視察で不在の予定だったので、マウロには夜は町で食べてくるから来なくて良いと伝えていたらしく、急遽リシャール邸の料理人が作ってくれたらしかった。
そちらも充分に美味しかったのだけれど─。
「少し多いくらいでしたわ。でもどれもとても美味しかったので、全部食べてしまいました」
恥ずかしそうに微笑んだリィナに、マウロがうぉっと小さな悲鳴を上げる。
「美味しいなんて言われたのいつぶりだろう。本当ですかね。俺の味付け大丈夫でした?無理してません?」
「い、いえ?本当に、とっても美味しかったです、よ?」
野菜たっぷりのスープは素材の味が生かされていて、かといって薄味かと言ったらそんな事はなく野菜の旨味と塩加減が絶妙なバランスだったし、パンは焼き立てなのだろう。温かくてふわふわで、そのふわふわ具合もリィナはとても気に入って、つい2つも食べてしまった。
サラダにかかっていたドレッシングは少し酸味の強い、けれど瑞々しい葉野菜と一緒に食べると良い具合になって、きっときちんと計算されているのだろうと感心した。
スクランブルエッグもこれまた素敵なとろとろ具合で、バターに加えて塩コショウがさり気ない具合に効いていた。パンを1つで我慢していれば、おかわりと言いたかったぐらいだ。
玉子に添えられていたベーコンは焼き目はついているのに柔らかい、あまりカリカリが好きではないリィナの好みど真ん中の焼き具合だった。
恐らくはアンネ達から好みは伝えられていたのだろうけれど、ここまで完璧にリィナ好みのものは実家でも、他の家族との折り合いもあって中々食べられない。
という思いの丈を語ったら、何故だかマウロの瞳が潤んだようだった。
「いや、ほら。この人こんななんで、肉出しとけば良いか、みたいなとこあるし、味の好み聞いても『食えりゃ良い』で終わっちゃうし、感想なんてくれないし、俺の料理の根っこは騎士団の野営食だから侯爵令嬢の口に合うかどうか分からなくて」
感動、と涙をふく素振りを見せたマウロに、リィナ達は思わずフェリクスに視線を送る。
「……何で俺がそんな悪者みたいな目で見られなきゃいけねーんだ……」
朝からがっつりと肉を平らげ終えたフェリクスが、居心地悪そうに視線を逸らす。
「好みとか言われてもよ、本当に食えりゃ良いんだから仕方ねーだろ。マウロの飯を不味いと思った事はねーし、美味いのは分かってんだし、作って貰ったもんにケチつけるわけねーだろーが」
ボソボソとフェリクスがそう言うと、マウロがぽかりと口を開けた。
「え?美味いって思ってたの?味ちゃんと分かってたって事?」
「おい、俺だって味ぐらい分かるぞ!?」
「いやぁ、味わうなんてしたことないんだろーなーって食いっぷりなんで、もう塩だけふっときゃいーかーとか……」
「……たまに何もかも塩味しかしねー日があるのはそーゆー事か……」
「あれ!?バレてた!!?」
本気で驚いているマウロに、フェリクスがひくりと頬を引き攣らせる。
そんな2人のやり取りを見ていたリィナ達は、顔を見合わせて小さく笑った。
「好きな料理とか伝えてって貰えれば、リィナ様が来られるまでに修行しときますんで」
何だか本当に目が潤んでいたマウロは、リィナにそんな事を言って引っ込んでいった。
リィナがあまりに美味しい美味しいと褒めたのと、フェリクスが実のところきちんとマウロの料理を評価してくれていた事が分かったせいか、昼食は気合入れて作ります。基本肉ですけど。と、朝食が終わったばかりだというのにさっさと厨房に戻ってしまったのだ。
適当で良いですよ、というリィナの声は届いていないようだった。
しかもそういう事ならばと、アンネとベティはリィナの食の好みをマウロに伝えるべく厨房へと乗り込んでいってしまった。
リィナの制止は、アンネにもベティにも届いてはいないようだった。
何だか申し訳なく思いながらも、リィナはクラーラだけを連れて客室へと戻ると、さて、昼までどうしようかと窓の外を眺める。
朝食を食べ過ぎてしまったので、少しでも良いから身体を動かしたかった。
天気も良く風も穏やかそうで、外は気持ちが良さそうだ。
けれどあまり手の込んでいない──というより何も植わっていない庭は散策には向いてはいなさそうで、リィナはうーんと唸る。
「どうされました?」
クラーラに声をかけられて、リィナは首を振る。
「食べ過ぎてしまったからお庭の散歩でもしようかと思ったのだけど……お花とかはないみたいだし、どうしようかしらって」
「あぁ、確かに。殺風景ですもんね」
一緒になって窓の外を見たクラーラがでしたら、と指を立てる。
「鍛錬場はいかがでしょう?」
「鍛錬場?」
「えぇ、こちらのお屋敷の裏手に離れがございまして、さらにその奥が鍛錬場になっているそうなんです」
まだ私達も見に行ってはいないのですが、と僅かに声が弾んでいるクラーラに、リィナはこれはクラーラが行きたいのねと察して、そうなのねと微笑んで頷いた。
「分かったわ。じゃあフェリクス様に行ってみても良いか聞いてみましょう」
そうと決まればリィナはすぐ様フェリクスの執務室へと向かう事にした。
クラーラが私が行きますよと言ってくれたけれど、今日の午後には帰らなくてはならないから少しでもたくさんフェリクスと言葉を交わしたくて、リィナはクラーラを伴う形で自身でフェリクスに許可を貰うべく執務室へと向かった。
驚いた事に、執務室のドアは開きっぱなしのようだった。
今まで屋敷にほとんど人がいなかったから、『聞かれてはまずい話』なんてものはなかったのかもしれない。
リィナは重要なお話とかしていないのかしらと不安に思いつつ、わざと足音を立てながら近づいて、室内を覗き込む。
「あの、フェリクス様?」
遠慮がちに声をかけたリィナに、フェリクスが座っている執務机の前に立っていたリシャールが顔を上げた。
「リィナ様?すみませんが少々お待ち頂けますか」
リシャールに申し訳なさそうにそう言われて、リィナは慌てて首を振る。
邪魔をしてしまっているのはこちらなので、リィナはそのまま戸口で大人しく待つ事にして、そしてそっとフェリクスの様子を伺った。
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