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本編

32. 乙女は野獣に翻弄される。 *

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ふわふわと少しずつ意識が浮上していくのを感じながら微睡んでいたリィナは、ふいに目を覚ました。

目を覚ましたはずなのに、何故だか何も見えなくて、リィナはあら?と首を傾げる。
そして何も見えないのは自分の目の前に壁があるからだと気づいて、その壁をぺたりと触ってみた。

「壁……ではなくて……」

そろりと顔を上げると、その壁が筋肉質な胸板である事が分かった。
さらに顔を上げると、10年間絵姿で見続けて、そしてこの2日の間に動いてしゃべる様を間近でたっぷりと見つめた大好きな顔( ナマモノ )がそこにあって、リィナは思わず声を上げかけて、ぱぐっと自分の手で口を塞ぐ。

リィナはフェリクスの絵姿を自室の壁と、そしてベッドの天井に一番気に入っている物を貼っている。
けれど目覚めた瞬間にその顔を見る事に耐性がついているかと言われたら、そんな事はちっともなかった。
ペラペラの紙と違って温もりも厚みもある。距離だって近すぎる。
フェリクスの息がリィナの髪を僅かに揺らしているくらい近いのだ。

少し遠いところに貼られた薄っぺらい絵でなくて、本物のフェリクスとくっついた──密着と言って良い状態で朝を迎えたリィナの心臓は、ドキドキとうるさいくらいに音を鳴らしている。

昨日目覚めた時はフェリクスが起きていて、フェリクス様だ、と思った時には抱き上げられて風呂場に連れていかれたから、ここまで心臓には来なかった。
うるさく鳴っている心臓に手をやってすーはーと深呼吸を繰り返して──
そしてリィナはようやく自分を落ち着かせると、改めてフェリクスの顔を眺める。

その時になって、リィナは自分の身体がフェリクスの逞しい腕の中にすっぽりと収まっている事にも気付いてしまった。
自分の腰に回された腕が温かい……の前に少し重い。
けれどその重みは不快なものではなく、むしろ心地が良くて、リィナは何だか泣きたくなって、なのに笑いたくなるという不思議な感情を覚えた。

リィナの脳内と心臓が忙しなく騒いでいる間も、そして少し落ち着いてきた今になっても、眠っているらしいフェリクスのその瞳がリィナを捉えてくれる事はない。
それに少しだけ寂しさを覚えて、リィナはフェリクスの顔にかかっている髪に触れようと、そぉっと手を伸ばす。

リィナの手がさらりとしたフェリクスの髪に触れたその時、フェリクスの睫毛が揺れた。

「……フェリクス様?」

そっとフェリクスの顔にかかった髪を後ろに流しながら呼び掛けてみると、眉間に刻まれていた皺がほどけてふっと瞼が持ち上がって、そして茶色い瞳がぼんやりとリィナを捉えた。

「────リィナ……」
「は……んっ!?」

はい、と返そうとしたところで、がしりと両頬をその大きな手で挟まれて、噛み付くように唇を重ねられた。
そうしてぬるりとフェリクスの舌がリィナの口内に侵入してきて、容赦なく絡めとられる。
あまりに突然の事に、フェリクスの髪を流していたその手で髪を思い切り掴んでしまったリィナには、何の罪もないはずだ。

「んっ、ふぇりっ……んんんっ!」

絡められて吸われて、そうしてようやく解放されたと思ったら、また噛み付くようなキスが降ってくる。

「リィナ……リィナ……」

少し掠れた声で名前を呼ばれて、何度も何度も口付けられる。
その間にリィナの頬を捕まえていた手が滑っていって、剥き出しのままだった胸へと辿り着いた。
掬うように持ち上げられて、少し痛いくらいに揉まれる。

「ふぇ…り…くすさま……っ」

待って、と空いていた片手でフェリクスの肩を押し返して、リィナはぺしぺしとフェリクスの頭を叩く。
指にはフェリクスの髪が絡まったままだ。
数本くらい犠牲になっているかもしれないけれど、フェリクスの頭皮には今のところ何の問題も見られないので、数本程度なら怒られはしないだろう。
というか無反応だからきっと気付いていないのだと信じておく。

リィナの必死の抵抗は全く届いていないらしいく、フェリクスの手はリィナの胸を愉しみ続けている。

「あっ…ん………」

揉まれていただけの胸の頂をくりっと刺激されて、とうとう耐え切れずにリィナの口から甘やかな吐息が零れ落ちた。
抵抗の為にフェリクスの頭を叩いていたはずの手は、いつの間にかその頭を抱き込んでしまっている。

「は、ぁっ……」

唇を解放されて、リィナははふっと息を吸い込む。
身体からはすっかり力が抜けてしまったから、せめてもの抗議にとフェリクスを見上げれば、フェリクスもリィナを見つめていて、
そしてどこかぼんやりとしていたその瞳が次の瞬間ぱちりと瞬いて、その瞳に力が宿る。

「────リィナ?」

「──はい、フェリクス様。 ……もしかして、寝惚けてらっしゃいました?」

拗ねたような、けれど頬を紅潮させてどこか蕩けたままのリィナの表情と、
自身の手に伝わる──本能のままに動いてしまっているその手から伝わってくる柔らかな感触に、

フェリクスはたっぷり10秒ほど固まってから、すまん、と若干慌てて身体を起こすと、ハンズアップしてみせた。


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