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本編

01. 乙女、襲来。

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「初めまして、フェリクス様。 私をあなたの妻にして下さい」

たった今先触れもなく突然屋敷にやって来てそんな事を笑顔でのたまった少女と、
少し前に受け取って読み始めたばかりの手紙を、フェリクスは交互に見遣った。

「なぁ、リシャール。これは新手の嫌がらせか?」

少女を執務室まで案内して来たリシャールが、少女の後ろで首を傾げる。

「どうでしょうね。あの方ならやりそうではありますが」
タチが悪すぎる……」

はぁと大きな溜息をついたフェリクスに、少女はこてんと首を傾げる。
下ろされているサイドの髪が、ふわりと揺れた。

「嫌がらせなどではありません。陛下にも御許しを頂いておりますわ」

心底不思議そうにそう言った少女は、ふとフェリクスの手元に視線をやった。

「あら、もしかして陛下からのお手紙、今ご覧になりましたか? 嫌だわ。私嬉しくて、ちょっと早く来すぎてしまったかしら」

頬に手を当てて恥ずかしそうに俯いた少女に、フェリクスは手にしていた手紙に目を通す。

「──では、貴女は本当にデルフィーヌ侯爵令嬢で、そして俺の妻になる為に来た、と?」

「はい、その通りですわ、フェリクス様。 どうぞ、リィナとお呼び下さい」

ふわりと見本のような綺麗なカーテシーを見せた目の前の少女 ──リィナ・デルフィーヌ侯爵令嬢に、フェリクスは頭を抱えた。



フェリクス・ヴァルデマン伯爵は10年前に起こった大きな戦で武勲を立て、伯爵位を与えられた元平民だ。

一兵士に過ぎなかったフェリクスは戦地でその実力を認められ、最終的には現国王──当時まだ皇太子だったセヴィオを護る部隊に配された。
それが縁となり、セヴィオと年も近く、またセヴィオ本人が気さくな性格だった事もあり、身分を超えて気心の知れた間柄となった。
終戦後にセヴィオや軍部の推薦もあり伯爵位を与えられたものの、平民に領地を治めるなど無理だと訴えたフェリクスに、先代国王は補佐を付けた。

それが、今デルフィーヌ侯爵令嬢の後ろで完全に様子見を決め込んでいるリシャール・カンタールだ。

彼は皇太子の"ご学友"というやつだった。
伯爵家の三男という微妙な立場故に家を継ぐ事も出来ず、要職に就く事も難しかった。
リシャールのその能力が埋もれてしまうのは惜しいと、補佐を付けるなら彼をと、セヴィオが推したらしい。

推されただけあって、彼は非常に優秀だった。
そしてフェリクスもまた頭は悪くなかったようで、リシャールにみっちりと教育され、今では自力で領地を治められるのではないかというところまで来ている。

リシャールにはフェリクスに貴族としての振る舞い方やマナー等を教育するという任務もあった。
しかし当初の最優先事項は戦の後始末と領民の生活を安定させる事だったので、最低限のマナーを身に着けさせはしたものの、本腰を入れて教育を始められたのは伯爵位を賜ってから5年程が経ってからだった。

そこから凡そ5年。

さすがに随分と様にはなってきたが、未だリシャールからの合格点は出ていない。
どうしても粗野な雰囲気が拭い切れないのだ。
要因は、平民上がりの伯爵をどうしたって認めない貴族達からの蔑んだ視線や言動だろう。
それがフェリクスのなけなしのやる気をこそげ取ってしまっている。

赤みの強い茶色の髪に、本人は普通にしているつもりでも睨まれているように見えてしまう鋭い目つき。
背が高く、がっしりとした身体つき。
未だ鍛える事をやめていない為に、元々大柄な身体全体にしっかりと筋肉がついているおかげで、更に大きく見える。
そして10年前を知っている貴族達は、彼の素の言動がとてもなものである事も知っていた。

そんなフェリクスの通称は『野獣伯爵』

そして現在は国王となっているセヴィオは、フェリクスが『野獣伯爵』などと言われ、未だ独身である事をとても気に掛けていた。
そんなセヴィオによってフェリクスは勝手に見合いを設定されたり無理矢理パーティーに参加させられたりしていたが、『野獣』に嫁ぎたい令嬢などいなかった。
フェリクスと同じような新興貴族の中には、ヴァルデマン領が軌道に乗って上手く回り始めた頃から「是非娘を」と言ってくる者もいはしたが、令嬢本人がフェリクスに怯えてしまってはどうしようもない。
気絶までされてしまった時には、内心困り果てたものだ。

そんな訳で、フェリクスは36歳にして未だ独身。
何故だか跡継ぎを残させたいらしい国王の為にも、そろそろ養子でも貰おうかと考えて、リシャールに候補リストを準備させている最中の出来事であった。

セヴィオが「そうじゃないんだけどなぁ。跡取りがどうとかじゃなくて、フェリクスに幸せになって貰いたいだけなのに」と嘆いている事を、リシャールは知っている。
双方の気持ちが分かるので、リシャールは養子候補リストを作りつつ、嫁き遅れた令嬢の中に物好きはいないものかと、フェリクスには内緒でセヴィオと共にそちらのリストも鋭意作成中であった。

フェリクスはもう一度──いや、三度程、国王からの手紙を読み返した。

『リックへ

 最近顔を見せてくれないけど、変わりないかい?
 まぁ変わらず元気であるとは思うけど、たまにはこちらにも顔を出すように。
 
 さて。 突然だけど、朗報だよ。
 "野獣伯爵"の奥方になりたいという令嬢が現れた。

 何と君と結婚出来なければ修道院に行くとまで言っている。
 会ってみたけど害も裏もなさそうだし、何よりとても可愛らしい令嬢だ。

 少し若いかなとは思うけど、性格なんかも問題もなさそうだったから良いよって言っておいたよ。

 酒とお気に入りの女性達の事は一旦忘れて、是非彼女に一度会ってみて欲しい。

 報告、期待して待っているよ。

   セヴィオ』


到底国王からの手紙とは思えないが、仰々しい封筒に反してフェリクス個人宛の中身はいつもこんな感じだ。
砕けすぎだろう、と突っ込んだのは最初の数カ月だけだった。

"一度会う" どころか何か勝手に押しかけて来てんだけど!?
と脳内で国王セヴィオに返信しながら、フェリクスは手紙と一緒に入っていた釣書にさっと目を通そうとして……
そしてしょっぱなで躓いた。

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