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本編

02. 乙女は18歳。

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「……あー……デルフィーヌ侯爵令嬢……」
「リィナですわ」
「………リィナ嬢」

はい、とにこりと微笑んだ令嬢に、フェリクスは頭を掻く。

「ここに、18歳、と書いてあるが」
「はい、先月ようやく成人いたしました。どれほどこの日を待った事か……」

長かったですわ、とほぅと息を落とした令嬢に、フェリクスは思わず令嬢の後ろで無表情に控えているリシャールに視線を送る。
これは面白がっているニヤニヤ笑いを隠している時の顔だ、とフェリクスはじとりとリシャールをめ付ける。

いや、睨め付けている様に見えるが、その視線の正しい意味は 『なにこれ意味わかんない助けて』 である。

自分に直接向けられた視線でないにしても、自分の方にこんな視線が向いている時点で普通の令嬢であれば怯えて、場合によっては泣き出すところであるが、目の前の令嬢はけろりとしている。
むしろ何だかうっとりとした表情でフェリクスを見ている。

あまりの普通の令嬢との反応の違いに、フェリクスは逆に心配になった。

 この娘の頭と視力は大丈夫だろうか、と。


「リィナ・デルフィーヌ侯爵令嬢。デルフィーヌ侯爵の御息女で、間違いなく先日成人されたばかりの18歳です」

リシャールの脳内貴族名鑑と釣書を照らし合わせても、何ら相違はない。

つまり目の前にいる令嬢は、童顔なだけの28歳とかいうわけでもなく、真実18歳の少女。
対してフェリクスは36歳。令嬢の倍の年齢だ。

だからフェリクスは髪をぐしゃりと掻き混ぜて、もう一度だけ確認する。

「……28歳の書き間違い、という事は……」

「いいえ、ピチピチの18歳ですわ」

あっさりと令嬢本人に、綺麗な微笑みと共に否定されてしまった。

「………そのピチピチの18歳が、何でこんなところにいるんだ?デルフィーヌ侯爵家は……トラブルなど何もないはずだろう?」
「えぇ、おかげ様でここ数年我が家は至って平穏ですわ。私がここに居るのは、私をフェリクス様の妻にして頂きたいからです」

 ──ダメだ、最初に戻った。

ガクリと項垂れたフェリクスの手から、移動してきたリシャールが失礼、と国王からの手紙を抜き取る。

本来国王からの手紙を他人が読むなどあってはならない事だが、この3人の間ではそんな事は些末事だ。
かといって、リシャールとて普段は国王からフェリクスに宛てられた手紙を、それが私的な物であると分かっている場合は特に、読むなんて真似はしない。
今は受け取った本人の脳味噌が上手く稼働していないのだから、仕方がない。言わば緊急事態だ。

「ふむ……。デルフィーヌ侯爵令嬢は、何故フェリクス様でなければならないのでしょうか?」

国王からの手紙に目を通したリシャールに問われて、リィナはきょとりとその瞳を瞬かせる。

「何故、と申されましても……フェリクス様が私の運命の方だからですわ」

「うんめー……?」
「フェリクス様、言語能力を崩壊させるのはもう少し後でお願いします」

リシャールに言われて、フェリクスはそう言われてもな、と呟く。

フェリクスには目の前の令嬢が未知の生物に見えてきていた。
どうにも言語による意思疎通が図れる気がしない。


リシャールがそんなフェリクスに代わって質問を続ける。

「何故運命だなどと?フェリクス様はデルフィーヌ侯爵令嬢の倍も年上です。おっさんです。デルフィーヌ侯爵家がヴァルデマン伯爵家の地位や遺産や……そういった物を狙う意味もないでしょうし、正直おっさんな『野獣伯爵』との婚姻は、そちらに何の旨味もないと思いますが」

「旨味ですか?ありますわ。私ずっとフェリクス様のお嫁さんになりたかったのですもの。嫁げるだけで超絶うまうまですわ」
「野獣とまで言われてるおっさんですよ?」

「──おい、おっさんおっさん言い過ぎじゃないか?」
「本当の事でしょう、野獣おっさん」

確かにおっさんではあるが、ここまで連呼されると何となく物悲しい気分になったので苦情を言ってみたが、バッサリと切られてしまった。

「俺がおっさんなら、俺より上のリシャールだっておっさんだろうが」
「私は妻子持ちなので、おっさんだろうがおじーちゃんだろうが痛くも痒くもありません」

ぐぅっと唸って、リシャールの返しに内心でちょっぴりだけやさぐれたフェリクスにリィナが続ける。

「野獣でもおっさんでも。私はずっとフェリクス様が好きなのです。嫁ぐのはフェリクス様以外に有り得ません」
「ずっと、ですか」
「はい──先の戦において、デルフィーヌ侯爵領も戦地となりましたわ。その頃私はまだ幼く……状況の理解が完全に出来ていたとは言えませんが。それでも戦場でのフェリクス様のご活躍が、結果的にデルフィーヌ侯爵領をも護って下さった事は分かりました。流れてくるフェリクス様の武勇伝に、どれだけ心を躍らせた事か……。そして爵位授与式で初めてお姿を拝見した時の事は、今でも忘れられません。いいえ、きっと一生忘れませんわ。堂々とした立ち姿、力強い瞳──。雷に打たれたような、とは正にあの時の事を言うのだと思いますわ。その時から私は、私には、フェリクス様しかいないと。フェリクス様以外の方に嫁ぐなど、絶対に有り得ないと思って生きてまいりました」

ですから、とリィナがふわりと微笑む。

「フェリクス様。どうか私を貰ってくださいませ」

ゆっくりと頭を下げたリィナの、ふわふわしたはちみつ色の髪が揺れる。
ついでに何だか良い香りがふわりとフェリクスの鼻腔をくすぐった。

気に入っている店の女達のきつい香水の香りとは違って、それは甘く、そして優しい香りだった。


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