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第95話 動乱の兆し

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勇者の出奔、いや、出奔ではない。
行き先は、彼の補佐官「剣聖」カテリアが告げられている。
そして、その行き先が「魔王宮」であるならば、勇者の行動を制約するものは何もない。
ミトラの教義の第一ページに載っているように。

だが、違う。
違うのだ。

勇者のための特別なパーティにはすでに800人近い候補者がいた。
(これはクロノがその場のノリで指名してしまった者も含まれる)
その中からパーティを選考するための、委員会もあった。

ミトラの枢機卿や皇族はいざしらず、主だった国の貴族や識者も属していたから、全員が集めるだけで10日はかかる。 
それから、出陣式。
これは大事だ。
当然、パレードは組まないわけにはいかない。ギウリーク聖帝国の首都であるここミトラ以外にもランゴバルドやタウリルといった有力国もパーレドや表敬訪問を要求してくるだろう。

無駄?

無駄か?

そう無駄だった。

ただ、ヒトと予算が割り当てられている以上、物事はその順番で進む。
進むしかない。

だから結果としてこれでよかったのでは。
と、剣聖の名を継ぐ伯爵家令嬢は思う。

思わないとやっていられない。

クロノが(わ、た、し、の)クロノが、事もあろうに年増の女冒険者と手に手をとって、駆け落ちした。

思考が行けない方に傾き始めるたびに、カテリアは紅茶を飲む。
豊かな香りが心を沈めてくれるのだ。

剣聖の家系に生まれ、剣聖と呼ばれるにふさわしい剣技を身につけた美少女は、クロノよりも二つ上の18歳。

雰囲気は、我らがフィオリナ公爵家令嬢に似ているかもしれない。
冴え冴えとした美貌は、あまり笑顔を見せないこともあって、どこか冷たいものを感じさせる。
平気で軽口を叩くのは、クロノくらいのものだった。

ポットの茶葉を替えるように命じられた侍女の表情に不満げな様子を見て取って、茶葉は高価で希少なヴァリコ産でなくてもよい、と付け加える。

フィオリナよりも小心者なのだ、カテリアは。
よく言えば常識人であるとも。

ちなみに、北の小国の公爵令嬢より、西域列強の一国の伯爵家令嬢のほうが格は上、だ。

ノックは、ポットをもった侍女ではなく、父、ガルフィート伯爵だった。

カテリアが誰何する間も与えず、ドアをあけ、向かいのソファに腰を下ろす。

「どうなりました。」

「勇者パーティ選別委員会の招集は、すんでいる。月をまたがずに選考会は開始できるだろう。」

確かに40を超えたはずだから、もう中年と言っていいのだろうが、ガルフィート伯は、カテリアの子供の頃の思い出のままにあるように、きびきびと動く。
細身の体は要所にしっかりと筋肉が突き、腹も出ていない。
強いて言うなら、額のあたりからだいぶ、髪が後退はしていたが、それ以外は若い頃とかわらぬ父であった。

「それはよかった。」
皮肉な笑みを浮かべてカテリアはそう言った。
「で、パーティの選考が終わるのは? 今年中にはなんとかなりそうですか?」

「無理だな。」

「軍の派遣は?」

「予算がない。予備費を回すよう交渉しているが、問題はひとのほうだな。あちこちからかき集めた兵でまともに動かせるようにするには三月はかかってしまう。」

「ちちう・・・・」

「まあ、わかっている。」

無能、とは程遠い人物だと、カテリアは自分の父をそう思う。
だが、どっしりしたところがない。先陣をきって飛び回り、実務の場所から場所を駆け回るのが好きなのだ。

「冒険者どもは、すでに移動し始めている。
グランダの推奨は踏破級…こちらでの言い方だと銀級以上だが、それ以外のやつらも。
確認できただけで、50を超えるパーティがグランダに向かった。
黄金級で、いまミトラに滞在しているのは3つだけだが、いずれもいま抱えている案件にカタがつき次第、グランダを目指すそうだ。

軍隊・・・・か。迷宮が迷宮のなかで片付けば、軍隊はいらんのだが。」

「我が国の正式な勇者パーティの選別を待っているわけには」

「そうだな。
そこで、ガルフィート伯爵家では、勇者クロノのサポートをするパーティを先行して送り込むことにした。
で、そのメンバーの選抜をカテリア、おまえに任せる。
勇者パーティの候補者のなかから使えそうなものを見繕え。」

「そのメンバーにわたし自身も含めてよいのですか?」

「だめだと言っても無駄だろうからな。任せる。」

伯爵は、自分の腰に履いた長剣を、カテリアに差し出した。

「お前の技量は知っているが、上には上がいる。必ず、生きて戻れ。
当主としての厳命だ。」
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