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第57話 闇森のザザリ
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会議室は、とんでもない混乱に陥っていた。
ラウル公爵はすぐにでもクローディア公爵家を討伐せよと、叫び続け、そのカン高い声は全員をいっそう苛立たせたが、その言に従うものは誰一人、いなかった。
逆にクリュークを責めるものもいた。
これは、おもに行政府を担う内務卿を中心とする一派だった。
彼らは、勇者クロノの到来を聖光教会の内政干渉ととらえ、それを招いた責任をクリュークに被せようとしたである。
とにかく確認せねばならないことが多過ぎて、なにから手を出していいのか、わからない。
ボルテックは、注意深く、まわりを観察する。
さまざまな話題・・・・・・
例えば、アウデリアと名乗った女冒険者が連れていた少年が本当に勇者クロノなのか。
西方領域の国がいよいよ本格的に魔王宮に乗り出してくるのか。
聖光教のグランダ教会はこのことを知っていたのか。
ボルテックは、その話題の中で、彼がもっとも気になったことが、全く取り上げられていないのに気がついた。
王妃は、アウデリアを斧神と呼んだ。
アウデリアは、王妃を闇森の、と呼んだ。
闇森の魔女ザザリと。
誰一人、そのことを話題にしない。
確かにほかに話題にすべきことが多いのもわかる。
だが、闇森の魔女は、今回の件と無関係ではないのだ。
魔王宮に魔王が封じられた昔。
その側近中の側近(愛妾であったとも、実母であったともいわれている)であった、ザザリは、はるか北方、後の世に「クローディア公国」と呼ばれる小国が興る北の大地のさらに、北。
境界山脈の向こうに逃れた魔族たちを守護するために果てしなく続く森の中に居を構え、ひとの力が境界山脈を超えるのを防いだ、とも、まったく逆に、ふたたび力を取り戻した魔族が、侵攻を開始するのを留めた、とも言われている。
その魔力は比類なく、ひとたび、結界を構築すればその中では神をも凌ぐ力を自在に振るう。さらに人間の精神を支配する魔法は、魔術に長けた魔王の幹部たちの中でも卓越したものがあり、まったく気が付かせないまま、ひとの心を自在にあやつることができる・・・・
ボルテックは愕然とまわりを見回した。
すべてのものが。凍ったように動きをとめていた。
そのなかで王妃が、王妃だけが、口元に薄い笑いをうかべてボルテックを見つめていた。
「ひさしいな公爵家の小僧」
その口調にまったく敵意がないのがかえって恐ろしい。
「あれから、何年たつ? あまりにも外見がかわったのでわからなかったぞ。
そもそもまともな人間の寿命ならとっくにくたばってるはず年だ。」
「ふん」
とボルテックは鼻で笑った。
転移魔法は?
封じられている・・・万事休す、か。
「そっちは転生、じゃな。
なんの目的・・・・いや、聞くまでもないか。魔王宮の封印を司るグランダを支配しようとする以上、目的はひとつ」
「小僧・・・昔の好でひとつ忠告しておいてやる。
よいか? エルマートにつけ、とは言わん。
ハルトに肩入れするのはやめておけ。」
「それは、おぬし次第じゃ、な。
もし、おぬしが魔王の封印を解くというのなら・・・・」
突然、身体の重さが何倍にもなってのしかかり、ボルテックは床に跪いた。
「軽々しく、御方様のことを口にするなよ、小僧。」
魔女は嘲笑する。
「御方様は封印なぞ、されておらん。
千年前の約定を守って、自らあそこにこもられたのだ。五十年前、その約定は破られた。
人間の手によって、な。」
「闇森の魔女が姿を消したのは、そのあとだった、な。」
ボルテックは歯を食いしばった。骨がきしむ。
「子爵家の娘に転生し、王の後妻に潜り込み、なにを企む?」
「このまま、圧死したいのならそうするが?」
「しばしお待ちを」
王妃の傍らにクリュークが寄り添う。
「こやつにはまだ、使いみちがございます。ここはこらえてくださいませ。」
「『神降ろし』よ。
わしとこやつのことに口出しは無用としれ。」
恐ろしく冷たい口調だった。
あきらかに攻撃行動をとっている相手、ボルテックに対するそれがどこか、からかうような調子を残していたから尚更かもしれぬ。
王妃・・・闇森のザザリと燭乱が組んでいるのは、間違いなかろう・・・とすれば、一連のあまりにも不自然な王位継承騒ぎの黒幕もまた王妃なのだ。
だが、それにしては、あまりにも両者の関係は冷え切っているように見えた。
まるで目的がまったく異なる敵同士が、同じ船を漕いでいるかのような。
「我らにグランダをくださるお約束では?
我らのグランダに必要な人材も込みでいただけなければ、このような北の小国に価値はありません。」
「欲深いな。」
身体を押さえつける圧力がわずかに緩んだ。
「顕在せよ、魔導騎士団。」
立ち上がれないボルテックを取り囲むように5つの影が現れる。
黒いマントにすっぽりと身を包んだ彼らは・・・・魔王宮が開かれた日に、ボルテックが連れていた謎の冒険者。
剣士と思われる一人が、長剣を振り抜く。
虚空を切ったと見えたがそうではなかった。
ザザリが展開していた結界。
その空間そのものが切り裂かれる。
ボルテックの転移を阻止していた障壁もまた。
ボルテックを中心に6人の人影が消えた。
会場にざわめきが戻る。
“リヨン!”
クリュークは念話で呼びかけた。
“追え! 捕らえるのが無理なら仕留めてもかまいません。”
“承知”
王宮の舞踏会場。その円形の屋根の上で少女が笑う。
不安定な足場に片足で立ち、腕を組み。
隈取の下の目を半眼に開く。
「みいつけた。」
飛び降りた彼女の背に、黒い翼が伸びる。
夜空を駆け抜ける怪鳥は、しかし人目に触れることはなかった。
ラウル公爵はすぐにでもクローディア公爵家を討伐せよと、叫び続け、そのカン高い声は全員をいっそう苛立たせたが、その言に従うものは誰一人、いなかった。
逆にクリュークを責めるものもいた。
これは、おもに行政府を担う内務卿を中心とする一派だった。
彼らは、勇者クロノの到来を聖光教会の内政干渉ととらえ、それを招いた責任をクリュークに被せようとしたである。
とにかく確認せねばならないことが多過ぎて、なにから手を出していいのか、わからない。
ボルテックは、注意深く、まわりを観察する。
さまざまな話題・・・・・・
例えば、アウデリアと名乗った女冒険者が連れていた少年が本当に勇者クロノなのか。
西方領域の国がいよいよ本格的に魔王宮に乗り出してくるのか。
聖光教のグランダ教会はこのことを知っていたのか。
ボルテックは、その話題の中で、彼がもっとも気になったことが、全く取り上げられていないのに気がついた。
王妃は、アウデリアを斧神と呼んだ。
アウデリアは、王妃を闇森の、と呼んだ。
闇森の魔女ザザリと。
誰一人、そのことを話題にしない。
確かにほかに話題にすべきことが多いのもわかる。
だが、闇森の魔女は、今回の件と無関係ではないのだ。
魔王宮に魔王が封じられた昔。
その側近中の側近(愛妾であったとも、実母であったともいわれている)であった、ザザリは、はるか北方、後の世に「クローディア公国」と呼ばれる小国が興る北の大地のさらに、北。
境界山脈の向こうに逃れた魔族たちを守護するために果てしなく続く森の中に居を構え、ひとの力が境界山脈を超えるのを防いだ、とも、まったく逆に、ふたたび力を取り戻した魔族が、侵攻を開始するのを留めた、とも言われている。
その魔力は比類なく、ひとたび、結界を構築すればその中では神をも凌ぐ力を自在に振るう。さらに人間の精神を支配する魔法は、魔術に長けた魔王の幹部たちの中でも卓越したものがあり、まったく気が付かせないまま、ひとの心を自在にあやつることができる・・・・
ボルテックは愕然とまわりを見回した。
すべてのものが。凍ったように動きをとめていた。
そのなかで王妃が、王妃だけが、口元に薄い笑いをうかべてボルテックを見つめていた。
「ひさしいな公爵家の小僧」
その口調にまったく敵意がないのがかえって恐ろしい。
「あれから、何年たつ? あまりにも外見がかわったのでわからなかったぞ。
そもそもまともな人間の寿命ならとっくにくたばってるはず年だ。」
「ふん」
とボルテックは鼻で笑った。
転移魔法は?
封じられている・・・万事休す、か。
「そっちは転生、じゃな。
なんの目的・・・・いや、聞くまでもないか。魔王宮の封印を司るグランダを支配しようとする以上、目的はひとつ」
「小僧・・・昔の好でひとつ忠告しておいてやる。
よいか? エルマートにつけ、とは言わん。
ハルトに肩入れするのはやめておけ。」
「それは、おぬし次第じゃ、な。
もし、おぬしが魔王の封印を解くというのなら・・・・」
突然、身体の重さが何倍にもなってのしかかり、ボルテックは床に跪いた。
「軽々しく、御方様のことを口にするなよ、小僧。」
魔女は嘲笑する。
「御方様は封印なぞ、されておらん。
千年前の約定を守って、自らあそこにこもられたのだ。五十年前、その約定は破られた。
人間の手によって、な。」
「闇森の魔女が姿を消したのは、そのあとだった、な。」
ボルテックは歯を食いしばった。骨がきしむ。
「子爵家の娘に転生し、王の後妻に潜り込み、なにを企む?」
「このまま、圧死したいのならそうするが?」
「しばしお待ちを」
王妃の傍らにクリュークが寄り添う。
「こやつにはまだ、使いみちがございます。ここはこらえてくださいませ。」
「『神降ろし』よ。
わしとこやつのことに口出しは無用としれ。」
恐ろしく冷たい口調だった。
あきらかに攻撃行動をとっている相手、ボルテックに対するそれがどこか、からかうような調子を残していたから尚更かもしれぬ。
王妃・・・闇森のザザリと燭乱が組んでいるのは、間違いなかろう・・・とすれば、一連のあまりにも不自然な王位継承騒ぎの黒幕もまた王妃なのだ。
だが、それにしては、あまりにも両者の関係は冷え切っているように見えた。
まるで目的がまったく異なる敵同士が、同じ船を漕いでいるかのような。
「我らにグランダをくださるお約束では?
我らのグランダに必要な人材も込みでいただけなければ、このような北の小国に価値はありません。」
「欲深いな。」
身体を押さえつける圧力がわずかに緩んだ。
「顕在せよ、魔導騎士団。」
立ち上がれないボルテックを取り囲むように5つの影が現れる。
黒いマントにすっぽりと身を包んだ彼らは・・・・魔王宮が開かれた日に、ボルテックが連れていた謎の冒険者。
剣士と思われる一人が、長剣を振り抜く。
虚空を切ったと見えたがそうではなかった。
ザザリが展開していた結界。
その空間そのものが切り裂かれる。
ボルテックの転移を阻止していた障壁もまた。
ボルテックを中心に6人の人影が消えた。
会場にざわめきが戻る。
“リヨン!”
クリュークは念話で呼びかけた。
“追え! 捕らえるのが無理なら仕留めてもかまいません。”
“承知”
王宮の舞踏会場。その円形の屋根の上で少女が笑う。
不安定な足場に片足で立ち、腕を組み。
隈取の下の目を半眼に開く。
「みいつけた。」
飛び降りた彼女の背に、黒い翼が伸びる。
夜空を駆け抜ける怪鳥は、しかし人目に触れることはなかった。
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