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反転攻勢
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「落ち着いて、落ち着いて下さい!」
慌てふためいた役人の一人が、泣き出しそうな声で叫んだ。しかし、批判された当の本人ラジュファムは表情を崩さない。さすがに、州がよこした交渉人である。
「ゲルドーシュ、座って!」
振り返ったボクは、戦士をきつくたしなめた。
「だけど、だけどよぉ……」
ボクの意外な剣幕に動揺したのか、戦士が口ごもる。
「ほら、席につきなさい、ゲル」
ポピッカがゲルドーシュの腕を抱えて、元に戻した椅子へと半ば強制的に座らせた。
「いや、暴力はいけませんねぇ、暴力は!
」
勝ち誇ったような、ラジュファムの冷たい目が笑っている。恐らく彼はゲルドーシュの性格を事前に承知しており、わざと彼を怒らせるような言葉を選んだのだろう。
”こちらが誠意をもって紳士的に話し合おうとしているのに、相手方は暴力的な言動でそれを台無しにした”という流れを作り出したいのは、目に見えている。役人らしく、いやらしい姑息な戦法だ。
「失礼しました。交渉を続けましょう」
ボクは、そう続ける。
「そうですな。まぁ、感情的にならずに冷静に進めましょう。あくまで紳士的にね」
ラジュファムは”これで、流れはこちらのものだ”と言わんばかりに、余裕綽々の表情を見せた。後ろの席に座るゲルドーシュの、歯ぎしりの音が聞こえてきそうである。
しかし、ここで事態は一変する。
交渉を行っている会議室のドアを、突然叩くノックの音。これが逆転の”のろし”となった。
「なんだ、今、大事な交渉中だぞ!」
交渉を州側の有利に一気に押し進めようとしていた出鼻をくじかれ、ラジュファムが珍しく感情を露わにする。
「申し訳ありません。しかし、州知事から緊急の通達です」
「知事の?」
伝令の一言に、ラジュファムは呆気にとられたような顔をした。
そして伝令の耳打ちを聞き終わると、ラジュファムは、努めて冷静さを保つようにこちらへと向き直った。
「申し訳ありません。上の方から緊急の用事を仰せつかりまして……。私はこれで、失礼致します。後の事は、先ほどの交渉官とお願いします。おい、君!」
ラジュファムが当初の交渉官を呼ぶと、その男は大変慌てた様子を見せた。
「えっ? 私ですが? な、なんで、そ、そんな……」
明らかに、想定外の事態といった面持ちだ。恐らくはラジュファムが、ボクたちを上手く丸め込むという手筈になっていたのだろう。それが先ほどの伝令の内容で、ひっくり返ったと見える。
ボクはザレドスと目を合わせ、かすかにほほ笑んだ。実はボクたちとしては、これを待っていたのだった。恐らくはこの交渉において、軍の相当上のレベル、少なくとも将軍クラスから横やりが入ったのだろう。
州の官僚としても、さすがに将軍と事を構えるわけにはいかない。そうと決まれば、州のキャリア官僚であるらしいラジュファムが泥を被るのを防ぐため、あからさまな言い訳をしての退場となったのは、無理もない話である。
ここで一つ、種明かしをしよう。
実を言うと、昨晩ザレドスの所に州兵の隊長からの使いが従業員に化けて来訪し、二言三言の伝言を残していったのだった。そしてザレドスは、ボクだけに内容を密かに教えてくれた。”どうやら将軍レベルの軍人が、私たちの為に動いてくれているようです”と。
それゆえボクたちとしては、その効力が発せられるまで交渉を長引かせる事に腐心していた次第である。もちろん、ゲルドーシュには知らせていない。ポピッカは、何となく察していたようではあったのだが……。
慌てふためいた役人の一人が、泣き出しそうな声で叫んだ。しかし、批判された当の本人ラジュファムは表情を崩さない。さすがに、州がよこした交渉人である。
「ゲルドーシュ、座って!」
振り返ったボクは、戦士をきつくたしなめた。
「だけど、だけどよぉ……」
ボクの意外な剣幕に動揺したのか、戦士が口ごもる。
「ほら、席につきなさい、ゲル」
ポピッカがゲルドーシュの腕を抱えて、元に戻した椅子へと半ば強制的に座らせた。
「いや、暴力はいけませんねぇ、暴力は!
」
勝ち誇ったような、ラジュファムの冷たい目が笑っている。恐らく彼はゲルドーシュの性格を事前に承知しており、わざと彼を怒らせるような言葉を選んだのだろう。
”こちらが誠意をもって紳士的に話し合おうとしているのに、相手方は暴力的な言動でそれを台無しにした”という流れを作り出したいのは、目に見えている。役人らしく、いやらしい姑息な戦法だ。
「失礼しました。交渉を続けましょう」
ボクは、そう続ける。
「そうですな。まぁ、感情的にならずに冷静に進めましょう。あくまで紳士的にね」
ラジュファムは”これで、流れはこちらのものだ”と言わんばかりに、余裕綽々の表情を見せた。後ろの席に座るゲルドーシュの、歯ぎしりの音が聞こえてきそうである。
しかし、ここで事態は一変する。
交渉を行っている会議室のドアを、突然叩くノックの音。これが逆転の”のろし”となった。
「なんだ、今、大事な交渉中だぞ!」
交渉を州側の有利に一気に押し進めようとしていた出鼻をくじかれ、ラジュファムが珍しく感情を露わにする。
「申し訳ありません。しかし、州知事から緊急の通達です」
「知事の?」
伝令の一言に、ラジュファムは呆気にとられたような顔をした。
そして伝令の耳打ちを聞き終わると、ラジュファムは、努めて冷静さを保つようにこちらへと向き直った。
「申し訳ありません。上の方から緊急の用事を仰せつかりまして……。私はこれで、失礼致します。後の事は、先ほどの交渉官とお願いします。おい、君!」
ラジュファムが当初の交渉官を呼ぶと、その男は大変慌てた様子を見せた。
「えっ? 私ですが? な、なんで、そ、そんな……」
明らかに、想定外の事態といった面持ちだ。恐らくはラジュファムが、ボクたちを上手く丸め込むという手筈になっていたのだろう。それが先ほどの伝令の内容で、ひっくり返ったと見える。
ボクはザレドスと目を合わせ、かすかにほほ笑んだ。実はボクたちとしては、これを待っていたのだった。恐らくはこの交渉において、軍の相当上のレベル、少なくとも将軍クラスから横やりが入ったのだろう。
州の官僚としても、さすがに将軍と事を構えるわけにはいかない。そうと決まれば、州のキャリア官僚であるらしいラジュファムが泥を被るのを防ぐため、あからさまな言い訳をしての退場となったのは、無理もない話である。
ここで一つ、種明かしをしよう。
実を言うと、昨晩ザレドスの所に州兵の隊長からの使いが従業員に化けて来訪し、二言三言の伝言を残していったのだった。そしてザレドスは、ボクだけに内容を密かに教えてくれた。”どうやら将軍レベルの軍人が、私たちの為に動いてくれているようです”と。
それゆえボクたちとしては、その効力が発せられるまで交渉を長引かせる事に腐心していた次第である。もちろん、ゲルドーシュには知らせていない。ポピッカは、何となく察していたようではあったのだが……。
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