風の鎮護歌 2

ななえ

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手にした物は

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「ひー! なんなんだよ?」

 これまた条件反射からか、後生大事そうに麻袋を握りしめて逃げ出した。

「待て! やつらの狙いはその麻袋だ、どこかへ放り投げろ!」

 その後を追うフェリオは怒鳴る。

「そうか! ああっ!」

 焦り、街中を考えなしに走っていたのがマズかった。
 二人は袋小路に入っていた。
 出口は黒ずくめたちが塞いでいる。

「いいか、オレたちはただの通りすがりなんだ。オマエたちが欲しがっている物を素直に渡したら、オレたちに何もせずに引くか?」

 渡せと一人の黒ずくめが近付いて来ている。
 フェリオは愚問と知りつつも口にした。
 こういった者たちの感覚は、関わった者全てが関係者。
 殺るか殺られるかなのだ。

 フェリオの問いに黒ずくめたちの間に流れていた空気が変わった。
 明らかに否と嘲笑っている。
 この二人も傭兵、雰囲気を読むことはできる。こういった命のかかったやり取りならばなおのこと敏感になる。

 しばらく双方睨み合いが続いていたが、野次馬が集まってきていた。
 マズい展開だ。大暴れをすると周りに被害が出る。

「もう一度言うけど、オレたちは本当に無関係なんだ!」

 不意打ちを狙い側面に回り込んで麻袋を奪おうとしていた黒ずくめをオリビエは躱す。
 これを期に黒ずくめたちは二人に襲ってくる。

「無関係な相手に無駄な体力を使うのは止めた方がいいぞ」

 フェリオは、一振りで複数の黒ずくめを倒していた。

「どうであれ、オマエたちはその麻袋を我々に渡すよりもトザレに渡すことを選択するだろう」

「はぁ、分かっているんだ。だってあんたら、見た目怪しすぎるよ」

 交えていた剣を引き際に後ろに飛び退くオリビエは唸る。

「あのね。こんなこと言うオレの方が悪役みたいだけど。こんな稼業をしていたら、自分の身の安全が一番になるの。まあ、どっちにしてもあんたたちはオレたちの言い分も聞かないで暴力で全てを解決しようとしたのが気に入らないから、あげないけどね」

 呑気に話しているようだが、こんな間にも黒ずくめは上段に構えた剣を振り下ろしてくる。それを素早く斜めに避け、オリビエは自分の剣で相手の脇腹を切りつけた。
 手応えはあった。
 が、当の黒ずくめを見れば、ダメージを受けた気配が全くない。

「あいにくだな」

 不敵に笑われる。
 どうしてなんだ? と、オリビエは切りつけた辺りを見れば、敗れた黒い布の下に金属の光が見えていた。

「ほら、どうした?」

 この一瞬の隙に黒ずくめの剣がオリビエの頬をかする。

「いてー!」

 即座に反撃に出たが、態勢はオリビエにとって不利なものになっていた。

「うーっ! うっとうしい!」

 負けず嫌いのオリビエが大声を出した。
 できれば穏便に済ませたかった。だが、黒ずくめは強すぎる。
 剣を鞘に納め、片手を目の前の黒ずくめに突き出す。

「降参か?」

 オリビエのおかしな行動の真意を測れない黒ずくめは一歩引く。

「バーカ! オレは嫌いな奴には降参しないの」

 言うや手を上空へ動かす。

「う!」

 閃光が辺りを支配した。
 目の前の黒ずくめは剣を落とし地面へ倒れ込む。

「ビリビリ攻撃だ」

 冗談のように言い、成功! と左手で握りこぶしをつくり喜んでいた。
 オリビエは、威力は抜群だが制御力は皆無という魔術を使ったのだった。

「けど、眩しかったな。ハスラムが使っていた時はここまでじゃあなかったけど」

 魔術をきっちりと習ったことはなく、ほとんど誰かが唱える呪文のまねをして使っていた。
 これはオリビエのはた迷惑な得意技だった。

「まあいいか、壁は無事だし」

 周りの被害の確認をした。壁際に積まれていた木箱が何個か壊れているだけだった。

「あ!」

 木箱が音をたてて動いた。
 黒ずくめかと構えたが、相棒だった。
 辛うじて剣を杖代わりにして立っている。

「フ、フェリオ! 逃げるぞ!」

 怒られる! オリビエは焦る。

「バカ野郎! いつもいっているだろう。味方にまで被害を出すようなものを使うなって!」

 フェリオはオリビエの怒声を聞き、切れた! と咄嗟に近くにあった木箱の裏へ隠れたのだった。
 その瞬間、大きな雷が辺りを襲った。
 かなりの威力に完全には避けることができなかった。

「いやーっ、さすがフェリオ。その辺りに転がっているやつらとは違う。立っていられるんだから」

 余計に怒りをかうようなことが口から出てしまう。

「いつものことで、慣れさせてもらっているからな」

 小言をいいたいが、今はそんなヒマはない。だが、せめて嫌味ぐらいは返したい。

「さっ、さあ。早く逃げようよ。あいつらが転がっているうちに」

 剣を鞘に戻しているフェリオに、痺れはマシになったと判断してオリビエは出口へと駆け出した。


「やってしまったなぁ」

 背後を走るフェリオを見、周りを見た。
 野次馬が何人か転がっていた。
 オリビエにしてみれば、ちょっとビリビリさせてやろうぐらいのものだったが、いつものごとくの結果に苦笑しか出ない。

 路地を戻るにつれ、新たなる野次馬たちが口々に「さっきの物凄い光は何だ!」と、集まってきていた。
 たまに現場方向から来ているというだけで捕まり、「何があったんだ?」と訊かれる始末だ。

 街中にやっと入るとまた別の野次馬の人垣があった。
 その隙間からこのゴタゴタの大元、オリビエに麻袋を投げつけた青年が黒ずくめたちと剣を交えていた。

「あー、ずるい! こっちの方が人数少ない」

 場違いな苦情がオリビエの口から出る。

「でも、あのお兄さん、トザレだっけ、かなりマズいね」

 関係者となってもオリビエの感覚は野次馬だった。

「オマエなぁ。呑気に見ている場合か? さっさとあの男にその厄介物を返せ。でないとこれからずっと黒ずくめたちに追いかけられるぞ」

 返したところで放免となるかは不安だったが。

「だね。けどさ、ちゃんと返せるかなぁ」

 奪い取られる可能性もある。

「オマエのことだから、黒ずくめの手に渡るのが嫌なんだろう。だったらさっさと助けるぞ」

 なかなか動こうとしない。オリビエの性格からすれば、こんな考えがあるだろうと指摘する。
 受取人、トザレに渡す前にもしやの事態になったら、奪い取ろうとする黒ずくめたちよりもトザレが持って行こうとしていた所に届けたいと言い出す。
 全く関係がないが、渡したくなければこうなる。
 これが二人のいつものパターンだった。

 お人好しコンビと皆から指摘されている。

「そうなるか……って、待って!」

 剣の柄に手をかけているフェリオの腕を掴む。

「面倒なの来たよ」

 自警団がこっちに向かっているのが見えた。

「うわぁ!」

 視線を戻せば、当のトザレが二人の元へ駆けて来ていた。

「街外れのラグニー森にある木こり小屋にいる」

 オリビエとすれ違いざまに告げた。

「え! 待て! うぐっ!」

「黙るんだ」

 振り返り、文句をいい出しそうなオリビエの口を背後からフェリオが塞ぎ、野次馬の中へ紛れ込む。
 トザレの後を追う黒ずくめとそれを追う自警団の目を欺くために。
 厄介な事になったとしみじみ思いながら。

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