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厄介事は突然に!
しおりを挟む飛び交う剣劇の音と人の騒めきが風に乗り店の中まで聞こえてきた。
それにいち早く反応した亜麻色の髪の旅人が食堂から飛び出す。
「おい、こら、オリビエ!」
一緒に食事をしていた黒髪の旅人が大慌てで立ち上がり捕まえようと手を伸ばした。
「オレたちは、ケンカ見物なんてしているヒマはないんだぞ!」
が、素早く躱されてしまう。せめて声だけでもと見える背中にかける。
「フェリオ、大丈夫!」
振り向きもせず走って行った。
「何が大丈夫なんだよ?」
すぐに出口へ駆けるが、相棒オリビエは騒ぎの元へ一目散。野次馬の中へ入っていってしまっていた。
「特等席で見る気だな」
野次馬が大好きなオリビエは、真ん前を陣取ろうとしている。
仕方のない奴と後を追おうとすれば、間髪入れずに外套を後ろから引っ張られた。
「お客さん、お代!」
切羽詰まった表情のこの店の主人がいた。
「あ、ああ」
慌てフェリオは手を差し出している主人に金を放り投げるようにして渡し、後を追った。
喧騒の中心では、一人の青年が目元以外を黒い布で覆われた一団に取り囲まれて戦っていた。
フェリオは溢れる野次馬の中を歩き、やっと見つけたオリビエに呑気に話しかけられる。
「あ、フェリオ。あのお兄さん、剣の腕はかなりたつみたいだけど、深手を負っているし、敵の黒ずくめの数も半端じゃあないから勝の厳しいね」
「おい、マズいぞ!」
黒ずくめたち、あの時の凄腕集団がいた。
「助ける気が無いんなら行くぞ! オレたちは先を急いでいるんだからな!」
このまま見学をさせていると最も避けたい事態に陥るかもしれない。
嫌な予感しかしない。
「大丈夫。あの時とは別の奴らだって。ああー、ケガをしてなかったら、面白い勝負を見れたのにな。おーい! 後ろががら空きだぞ!」
注意を聞いていない。いや、無視している。
フェリオは、力任せにオリビエの襟首を掴む。
「仲間だったらどうするんだ? こい、オレたちには仕事があるんだ!」
窮地に陥っている者を助けずに見捨てて行く。冷たいようだが、自分たちも任務の途中。余計な事に首を突っ込むわけにはいかない。
黒ずくめたちが、自分たちに気付いていない間に動きたい。
あんな怪しい恰好をした連中、同じ組織なはず。そうなれば情報は共有しているはずだ。
それよりも何よりも、このままでは自分たちがギルドから請け負った仕事を期限内に終えることが厳しい。
何故かといえば、オリビエのあくなき探求心と好奇心のために時間を食っていた。
今みたいに。
本来の予定ならばもう仕事は終わり、次の予定地へ向かっていたのに。
この二人が所属している傭兵ギルド、ナナエは、紛争地にのみ傭兵を派遣するのではなく、一般の人向けの何でも屋的な仕事も請け負っていた。
二人は一般向けの仕事をメインにしている。
ギルドの評判は、迅速、丁寧とレーナー大陸一の信用を誇っていた。
「ちょっとぐらいいいだろう!」
襟首を掴まれて引きずられるように歩かされるオリビエから不満が出る。
「オマエのちょっとは長いんだ。これ以上オマエの好奇心に付き合っていたら、仕事がこなせなくなる。いいか、これはギルドの信用問題に関わることになる。失敗すると、とてつもない事態を招くことになるんだぞ! この深い意味分かるよな。オレは絶対にアレにはなりたくない!」
フェリオは、アレという言葉に力を入れ、歩くスピードを速めた。
「けち!」
反抗的な言葉しか出ないが、観念もした。
アレとは、この二人が所属しているギルド唯一の強烈な刑罰だった。
ギルドの決まり事は、信用を落とさない行いをすること。その基準はギルドメンバー各々の判断でする。
それに反した時のみボスが直々に罰を処すことになっていた。
そう、ボス・ヘルダーの趣味が存分に活かされたものをでだ。
伝承歌になるほどの活躍をした戦士だったが、現役を引退するなり変なとしかいえない趣味にどっぷりと浸っていた。
はっきりいって、おかしいとしか表現できない生活をしている。
筋肉隆々の大男が、ブ厚い化粧にド派手な衣装を着て、大鳥の羽を原色で染め上げた七色の扇を手にお姉言葉を好んで使っている。
そして、ことあるごとに「おーっ、ほっほっほーっ!」と太い声で笑っているのだ。
この不思議な生活態度さえなければ、統率力、判断力、その他諸々の人の上に立つ資質は、現役時代そのままなのに。
こんなボスがあみ出した、トゲトゲのついたバラの鞭と銘打った愛用している鞭を使い、日常以上に奇抜な衣装に着替え、直々に下すものだった。
これは刑を受ける者のみならず、見ている者にさえも、絶対に守ろう! と心に刻ませる威力があった。
オリビエも好奇心かられ見学に行ったことがあったが、そのことを大いに後悔していた。
しばらく夢でうなされた。
今もたまにある。
だが、こんな変な趣味に没頭しているとはいえ、ギルドの加入員は、増える一方だった。それも一流と呼ばれる者たちで。
しかし、昔の噂を胸にボスと訪ねて来て、その姿を目の当たりにした瞬間、現実と憧れとのギャップでほとんどの者は悶絶した。
フェリオもその一人だ。
「嫌だよな」
ふーと大きな息を吐く。
そして、フェリオの手を襟首から退け、歩き出した。
「分かればいい。行くぞ」
このまま夜通しで隣町まで歩かなければならない。
近道だから魔獣など危険生物がいる森を突っ切らなくてはならないほど、切羽詰まっていた。
「ふぁーい」
不服ながらもオリビエが返事をすると同時に背後が騒がしくなった。
複数の足音に剣戟の音もする。
嫌な予感とともに二人が恐る恐る振り返るとあの一団と戦っていた青年がこともあろうに一団を引き連れてこちらに駆けて来ていた。
「そこの亜麻色の髪のボウズ!」
青年が、すれ違いざまに持っていた手の平大の麻袋をオリビエに放り投げた。
「へっ?」
どう考えてもここにいるのは、黒髪のフェリオに亜麻色の髪の自分だけ。
オリビエは条件反射から目の前に落ちてくる麻袋を両手でしっかりと受け取ってしまう。
「あいつに渡ったぞ!」
黒ずくめの一人が叫ぶや一団は、二手に分かれる。
一方はそのまま青年を追い、もう一方は麻袋を持ちきょとんとしているオリビエの元へと。
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