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10.世界で一番大事なもの
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「メル! 待ってくれ、メル! 話を聞いてくれ!」
後ろから聞こえる蹄の音と声をひたすら無視して、逃げるあてなど何処にもないのに、オレはひたすらに馬を走らせた。
先ほどからずっと無理をさせ続けているオレの愛馬の、限界が近づいてきているのを感じた。
泣きそうだった。
いやもう泣いているのかもしれなかった。
だって、だってこんなのどうして良いのか、わからない。
つかまりたくない。
だけど、側に行きたい。一緒に、居たい。
でもそうしたら、またアレスを危険な目に遭わせてしまう。
それだけは駄目だ!
頭の中はグチャグチャで、何一つとして考えはまとまらなかった。
ドドドと、馬が走る音が後ろから響く。
それがなにより、魔物が迫っているより、こわかった。
近づいてくるのが、怖くて、恐ろしくて、苦しくて嬉しくて……。
「メル! なあ、なんで何も言ってくれないんだよ! 怒ってるのか」
「怒ってるよ!」
つい、アレスの言葉に反応して声を上げてしまった。一旦開いてしまった口は、心は、とめどなく言葉を吐き出した。
「なんでオレを追いかけてきたんだよ! オレなんかより、よっぽど大事な事があるだろ! お前それでも勇者かよ!」
旅の中で一回も、オレはアレスに勇者であって欲しい、と願ったり言った事は無かった。だって、それは勇者になったアレス本人が一番、重荷に感じる事だと思ったからだ。
オレの前では、せめて普通の人間、普通に笑ったり話したりする、アレス本人でいて欲しかったから。……オレだけが特別だって、密かに思えたから。
だから、今言ったのは、本心じゃなかった。
でも、アレスは。
「じゃあ勇者辞める! お前以上に大事な奴なんか、居るか!」
驚きすぎて、今日は心臓が何回か休んでしまった。
あんまりにも驚いたのと、今まで泣いていたせいで涙だか鼻水だかが変な所に入ってしまい、盛大にむせた。
咳がゲホゲホと止まらなくなってしまい、肺と気道が痛くなり、つい手綱を緩めてしまった。
ここぞとばかりに、速度を落とすオレの愛馬。
咳が止まらなくて、それどころじゃないオレ。
不安定な馬上で、ひときわ激しく咽た瞬間、不意に、身体が傾いた。
落ちる!
オレは咄嗟に目を瞑り、次に来る筈の衝撃に備えた。
だが、一向に痛みも、衝撃も感じる事は無かった。
身体はフワッとした。だが、落下方向ではなく、その場で制止したようだった。
何が起こったのかわからず、おそるおそる目を開けると。
「メル! 無事か!」
アレスの顔が、ごく至近距離に、あった。
こんな近くで、好意を自覚した相手を見てしまって、一気に顔に血が集まってくるのがわかった。頬が熱い。
思いもしない事に、ヒュッと息を吸い込んでしまい、今まで空気を吐き出し続けていた気管支がまた反乱を起こした。
酷く咳き込んでしまい、誰かに背中をさすられた。これは、アレスの手だ。
オレは今、地面に降ろされ、アレスに上半身を抱き起されている形になっているようだった。先ほどのは、風魔法だろうか。オレが落ちる前に、助けてくれたのは明らかだった。
「大丈夫か。ほら、落ち着いて。水飲んで」
だが、何かを言う事は気管支に許されていなかった。思わず差し出された水筒を受け取り、水を口に含んだ。喉がうるおい、ようやくオレの身体も落ち着いたようだった。
はぁ、と思わず息を吐くと、オレの前に腕が回ってきて、抱きしめられたのだ、と一瞬遅れて気づいた。
ハッと横を向くと、
「メル、本当に、無事でよかった。怪我とかしてないか、気分は悪くないか」
本当に安堵したような顔の、アレスが居た。安堵を通り越して、もはや泣きそうだ、と思った。それは、オレが後ろに居るせいでかわりに攻撃を受ける時の、アレスの顔に似ていて。胸がギュッと締め付けられた。
だからオレは、オレにまわる腕を押しのけ立ち上がろうとした。
が、それは無理だった。
オレが押しのけようとするたびに、アレスはもっと強い力でオレを抱きしめるのだ。びくともしない。力の差がこんな所にまであらわれている。
「アレス、離してくれ」
オレがそう言うと、より一層、力が込められた。それはもはや、痛いくらいの力で。
「嫌だっ。……あぁ、メル。お前以上に大事な人なんて居ないのに。お前に何かあったら、オレ、生きていけない」
だから思いが重いんだってェ……。今、正直嬉しいと思った心を叱咤し、アレスにゆっくり話しかける。
「なあ、アレス、オレの話をちゃんと聞いてくれよ。お前は、オレと一緒に居ちゃ駄目なんだ。オレのせいで、お前だって死にかけただろうが。そんなの、嫌なんだ。お前を危険な目に遭わせたくないんだ。わかってくれよ、アレス」
「メルが居なきゃ、こんな世界未練なんてない!」
激重いよォ……愛を誓いあった二人だって、ここまで重くならんだろう。
諦めず、諭すような声音で、語り掛ける。真顔のままの、アレスに。知ってた? 美形の真顔って、迫力があって怖いんだぜ。
「なあ、アレス。それは……勘違いだよ。お前の事をもっと良く見て、もっと理解して大事にしてくれる人が現れ……」
たらオレの事なんて、どうせ忘れちゃうんだろ。という一言は、なんとか飲み込む事ができた。良かった、と思ったが。
「誰?」
アレスの顔が、みるみる真顔から険しくなっていった。見間違いでなければ、おそらく、怒っている。
な、なんでだ。
「メルにそんな事、誰が吹き込んだ?」
「いや、誰とかじゃなくてな……」
オレの言葉を遮って、アレスが苦しそうな顔で、口を開く。
「メルがそんな事、オレに言うわけない! だって、メルが先に言ったんだぞ! オレ達は、たった二人の同郷だ。お互い、頼るあてもないから一緒に生きていこう、って! それなのにっ、なんで、メルはオレの事、捨てようとするの……?」
「はあ?!」
到底、勇者と尊称で呼ばれる者が口にする言葉とは、思えなかった。
後ろから聞こえる蹄の音と声をひたすら無視して、逃げるあてなど何処にもないのに、オレはひたすらに馬を走らせた。
先ほどからずっと無理をさせ続けているオレの愛馬の、限界が近づいてきているのを感じた。
泣きそうだった。
いやもう泣いているのかもしれなかった。
だって、だってこんなのどうして良いのか、わからない。
つかまりたくない。
だけど、側に行きたい。一緒に、居たい。
でもそうしたら、またアレスを危険な目に遭わせてしまう。
それだけは駄目だ!
頭の中はグチャグチャで、何一つとして考えはまとまらなかった。
ドドドと、馬が走る音が後ろから響く。
それがなにより、魔物が迫っているより、こわかった。
近づいてくるのが、怖くて、恐ろしくて、苦しくて嬉しくて……。
「メル! なあ、なんで何も言ってくれないんだよ! 怒ってるのか」
「怒ってるよ!」
つい、アレスの言葉に反応して声を上げてしまった。一旦開いてしまった口は、心は、とめどなく言葉を吐き出した。
「なんでオレを追いかけてきたんだよ! オレなんかより、よっぽど大事な事があるだろ! お前それでも勇者かよ!」
旅の中で一回も、オレはアレスに勇者であって欲しい、と願ったり言った事は無かった。だって、それは勇者になったアレス本人が一番、重荷に感じる事だと思ったからだ。
オレの前では、せめて普通の人間、普通に笑ったり話したりする、アレス本人でいて欲しかったから。……オレだけが特別だって、密かに思えたから。
だから、今言ったのは、本心じゃなかった。
でも、アレスは。
「じゃあ勇者辞める! お前以上に大事な奴なんか、居るか!」
驚きすぎて、今日は心臓が何回か休んでしまった。
あんまりにも驚いたのと、今まで泣いていたせいで涙だか鼻水だかが変な所に入ってしまい、盛大にむせた。
咳がゲホゲホと止まらなくなってしまい、肺と気道が痛くなり、つい手綱を緩めてしまった。
ここぞとばかりに、速度を落とすオレの愛馬。
咳が止まらなくて、それどころじゃないオレ。
不安定な馬上で、ひときわ激しく咽た瞬間、不意に、身体が傾いた。
落ちる!
オレは咄嗟に目を瞑り、次に来る筈の衝撃に備えた。
だが、一向に痛みも、衝撃も感じる事は無かった。
身体はフワッとした。だが、落下方向ではなく、その場で制止したようだった。
何が起こったのかわからず、おそるおそる目を開けると。
「メル! 無事か!」
アレスの顔が、ごく至近距離に、あった。
こんな近くで、好意を自覚した相手を見てしまって、一気に顔に血が集まってくるのがわかった。頬が熱い。
思いもしない事に、ヒュッと息を吸い込んでしまい、今まで空気を吐き出し続けていた気管支がまた反乱を起こした。
酷く咳き込んでしまい、誰かに背中をさすられた。これは、アレスの手だ。
オレは今、地面に降ろされ、アレスに上半身を抱き起されている形になっているようだった。先ほどのは、風魔法だろうか。オレが落ちる前に、助けてくれたのは明らかだった。
「大丈夫か。ほら、落ち着いて。水飲んで」
だが、何かを言う事は気管支に許されていなかった。思わず差し出された水筒を受け取り、水を口に含んだ。喉がうるおい、ようやくオレの身体も落ち着いたようだった。
はぁ、と思わず息を吐くと、オレの前に腕が回ってきて、抱きしめられたのだ、と一瞬遅れて気づいた。
ハッと横を向くと、
「メル、本当に、無事でよかった。怪我とかしてないか、気分は悪くないか」
本当に安堵したような顔の、アレスが居た。安堵を通り越して、もはや泣きそうだ、と思った。それは、オレが後ろに居るせいでかわりに攻撃を受ける時の、アレスの顔に似ていて。胸がギュッと締め付けられた。
だからオレは、オレにまわる腕を押しのけ立ち上がろうとした。
が、それは無理だった。
オレが押しのけようとするたびに、アレスはもっと強い力でオレを抱きしめるのだ。びくともしない。力の差がこんな所にまであらわれている。
「アレス、離してくれ」
オレがそう言うと、より一層、力が込められた。それはもはや、痛いくらいの力で。
「嫌だっ。……あぁ、メル。お前以上に大事な人なんて居ないのに。お前に何かあったら、オレ、生きていけない」
だから思いが重いんだってェ……。今、正直嬉しいと思った心を叱咤し、アレスにゆっくり話しかける。
「なあ、アレス、オレの話をちゃんと聞いてくれよ。お前は、オレと一緒に居ちゃ駄目なんだ。オレのせいで、お前だって死にかけただろうが。そんなの、嫌なんだ。お前を危険な目に遭わせたくないんだ。わかってくれよ、アレス」
「メルが居なきゃ、こんな世界未練なんてない!」
激重いよォ……愛を誓いあった二人だって、ここまで重くならんだろう。
諦めず、諭すような声音で、語り掛ける。真顔のままの、アレスに。知ってた? 美形の真顔って、迫力があって怖いんだぜ。
「なあ、アレス。それは……勘違いだよ。お前の事をもっと良く見て、もっと理解して大事にしてくれる人が現れ……」
たらオレの事なんて、どうせ忘れちゃうんだろ。という一言は、なんとか飲み込む事ができた。良かった、と思ったが。
「誰?」
アレスの顔が、みるみる真顔から険しくなっていった。見間違いでなければ、おそらく、怒っている。
な、なんでだ。
「メルにそんな事、誰が吹き込んだ?」
「いや、誰とかじゃなくてな……」
オレの言葉を遮って、アレスが苦しそうな顔で、口を開く。
「メルがそんな事、オレに言うわけない! だって、メルが先に言ったんだぞ! オレ達は、たった二人の同郷だ。お互い、頼るあてもないから一緒に生きていこう、って! それなのにっ、なんで、メルはオレの事、捨てようとするの……?」
「はあ?!」
到底、勇者と尊称で呼ばれる者が口にする言葉とは、思えなかった。
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