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9.追う者、追われる者
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次の日。
オレは太陽が顔を出す前に起きだし、出立の支度を終えた。
ここから、故郷の近くの村は、馬を走らせて一日ぐらいだろうという話だったからだ。
この辺りは、治安も比較的落ち着いているが、冒険者や兵がそんなにいないので魔物の遭遇は高めだそうだ。
魔王城の近くに居たから感覚がマヒしているが、オレの現状のレベルでは一人で対処するのは危険なレベルだ。パーティを組んでくれる人を見つけるか、護衛を雇えたら良かったのだが、あいにく辺鄙な所に行くので、見つけるのは無理だった。酒場で一応声をかけてみたが、けんもほろろだった。
あんまり危険は冒したくないが、グズグズしていても仕方ない。
高ランクの魔物からも隠れて逃げてきたのだ。遭遇率が高くなっても、なんとかなるだろう。
そう、深く考えず、オレは村を出た。
最初の方の行程は順調だった。
すれ違う人もまだぼちぼち居り、平穏に進んでいた。
だが、先を急がないと村に着く前に夜になってしまう。すれ違う人も、主要な街道を逸れてからぐっと減ってしまった。
事態が急変したのは、日も落ちかけてきた頃だった。
一旦、馬を休ませてやろうと、休憩を取ったのが間違いだったようだ。
充分気を付けていた。
周りの状況を把握しながら、馬を走らせていた。
それでも。
グオォォオオオオ!!
魔物に遭遇してしまった。
どうやら腹を空かした様子の、巨大で真っ黒な、熊のような魔物だった。
調べなくても、本能でわかる。
今のオレでは到底、太刀打ちできない相手だ。
死ぬ。
オレの頭の中で何回も流れ、もはや麻痺すらしかけている、脳からの脅迫。
咄嗟に隠れようと思ったが、此処は荒い土の道の上、両脇の木々の中に入っても見通しが良く、隠れるにしては発見か遅すぎた。
そして何より、今まで居なかった旅の同行者、オレの愛馬がいた。馬まで隠すのは、無理だった。
ならば――逃げるしかない。一緒に旅してきたこの愛馬を囮にして逃げるなんて、オレにはできなかった。
このこでどれだけ逃げられるか、わからない。だけど、やるしかないのだ。もしもの時は、いつも身に着けていた剣で何とか返り討ちにするしかない。
必死に馬を走らせながら、頭の中で幾つもシミュレーションするが、どれも成功率は低そうだった。
ドスドスドスと重たい足音が、後ろからずっとついてくる。足はあまり早くないようだが、どうやら持久戦を狙って、疲れた所を襲おうとしているようだった。賢い魔物だ。
だが、こちらもただでやられるわけには、いかない。
死にたくないと、頑張ってアレスを騙し討ちする形になってまで、抜けてきたのだ。こんな所で死ぬわけには、いかない!
オレは覚悟を決めて、振り返った。
「うおぉぉお!」
「メル!」
「うわああああああ?!」
ビックリした。本当にビックリした。一瞬心臓が止まったかと思った。
本当に不意の事が起こると、人間何も考えられなくなるのだと、身をもって知った。
「メル! 無事だったんだな、本当に心配したんだぞ! もしもメルがどこかで攫われたり襲われたりしたらどうしようって!」
大きな魔物の後ろから迫るのは、光輝く白銀の鎧と、聞きなれた声。
間違いなく、アレスだった。
恐れて、焦がれて、見つかりたくなかった、人。
魔物に追われている恐怖と、見つかった恐怖から、何故か怒りがわいてきて口をついていた。
「なんで追いかけて来てんだよ勇者ァ! ビビっただろ! っていうか追いかけてくるなよ! この状況良くみろ馬鹿ァ!」
混乱した頭と口は、果たしてちゃんとした文書を紡いだのか、判断つかなかった。
だけど、ホッとした。
無意識にだが、安堵したのだ。
勇者を、見て。それは、咄嗟に起こった感情だったが、認めたくないし、魔物もまだ追いかけてきてるしで、愛馬を酷使しているのはわかっていながら、前に向き直り最高速度を維持させた。
「メル! 話を聞いてくれ。どこかで勘違いがあったみたいだけど、オレは、お前を、メルだけを――」
グオォォオオオオ!
後ろから声をかけてくる人物を無視していると、さすがに魔物もおかしい事に気づいたようだった。アレスの言葉の途中で吠え、ズサーッと音がした。
急に止まり、アレスに標的を変え襲い掛かろうとしているのかもしれない。と思った瞬間には、馬を止めて振り向いてしまっていた。
「お前、煩い。黙ってろ」
「アレ、ス」
オレが振り向くと、アレスは白銀に輝く剣を、馬に乗った速度そのままに、魔物に向かって振り下ろしている所だった。
面白いように剣は魔物の身体に入り込み、立ち上がってアレス達を襲おうとしていた魔物は、文字通り、胴から真っ二つになっていた。
ブシャーっと液体が飛び散り、アレスは馬をゆっくり止めて剣についた液体を振り払った。
圧倒的な強さ。
旅の中で、何度も見た光景。何度も、見惚れた、人物。
パッと、目が合った。
オレにニコッと笑いかける、澄んだ空の色。
この世で一番、愛おしい、もの。
胸を、衝撃が貫いたかと思った。
好意を、好きだと自覚した後に見るアレスは、本当に格好良く、美しく、愛しく見えてしまった。
――駄目だ!
オレはパッと前を向いて、止まって休んでいた愛馬を、再び走らせた。馬が、不満そうに頭を振ったが、今だけは無視した。
「あっ、おい、メル!」
後ろから今度は、馬の蹄の音が迫って来ていた。
オレは太陽が顔を出す前に起きだし、出立の支度を終えた。
ここから、故郷の近くの村は、馬を走らせて一日ぐらいだろうという話だったからだ。
この辺りは、治安も比較的落ち着いているが、冒険者や兵がそんなにいないので魔物の遭遇は高めだそうだ。
魔王城の近くに居たから感覚がマヒしているが、オレの現状のレベルでは一人で対処するのは危険なレベルだ。パーティを組んでくれる人を見つけるか、護衛を雇えたら良かったのだが、あいにく辺鄙な所に行くので、見つけるのは無理だった。酒場で一応声をかけてみたが、けんもほろろだった。
あんまり危険は冒したくないが、グズグズしていても仕方ない。
高ランクの魔物からも隠れて逃げてきたのだ。遭遇率が高くなっても、なんとかなるだろう。
そう、深く考えず、オレは村を出た。
最初の方の行程は順調だった。
すれ違う人もまだぼちぼち居り、平穏に進んでいた。
だが、先を急がないと村に着く前に夜になってしまう。すれ違う人も、主要な街道を逸れてからぐっと減ってしまった。
事態が急変したのは、日も落ちかけてきた頃だった。
一旦、馬を休ませてやろうと、休憩を取ったのが間違いだったようだ。
充分気を付けていた。
周りの状況を把握しながら、馬を走らせていた。
それでも。
グオォォオオオオ!!
魔物に遭遇してしまった。
どうやら腹を空かした様子の、巨大で真っ黒な、熊のような魔物だった。
調べなくても、本能でわかる。
今のオレでは到底、太刀打ちできない相手だ。
死ぬ。
オレの頭の中で何回も流れ、もはや麻痺すらしかけている、脳からの脅迫。
咄嗟に隠れようと思ったが、此処は荒い土の道の上、両脇の木々の中に入っても見通しが良く、隠れるにしては発見か遅すぎた。
そして何より、今まで居なかった旅の同行者、オレの愛馬がいた。馬まで隠すのは、無理だった。
ならば――逃げるしかない。一緒に旅してきたこの愛馬を囮にして逃げるなんて、オレにはできなかった。
このこでどれだけ逃げられるか、わからない。だけど、やるしかないのだ。もしもの時は、いつも身に着けていた剣で何とか返り討ちにするしかない。
必死に馬を走らせながら、頭の中で幾つもシミュレーションするが、どれも成功率は低そうだった。
ドスドスドスと重たい足音が、後ろからずっとついてくる。足はあまり早くないようだが、どうやら持久戦を狙って、疲れた所を襲おうとしているようだった。賢い魔物だ。
だが、こちらもただでやられるわけには、いかない。
死にたくないと、頑張ってアレスを騙し討ちする形になってまで、抜けてきたのだ。こんな所で死ぬわけには、いかない!
オレは覚悟を決めて、振り返った。
「うおぉぉお!」
「メル!」
「うわああああああ?!」
ビックリした。本当にビックリした。一瞬心臓が止まったかと思った。
本当に不意の事が起こると、人間何も考えられなくなるのだと、身をもって知った。
「メル! 無事だったんだな、本当に心配したんだぞ! もしもメルがどこかで攫われたり襲われたりしたらどうしようって!」
大きな魔物の後ろから迫るのは、光輝く白銀の鎧と、聞きなれた声。
間違いなく、アレスだった。
恐れて、焦がれて、見つかりたくなかった、人。
魔物に追われている恐怖と、見つかった恐怖から、何故か怒りがわいてきて口をついていた。
「なんで追いかけて来てんだよ勇者ァ! ビビっただろ! っていうか追いかけてくるなよ! この状況良くみろ馬鹿ァ!」
混乱した頭と口は、果たしてちゃんとした文書を紡いだのか、判断つかなかった。
だけど、ホッとした。
無意識にだが、安堵したのだ。
勇者を、見て。それは、咄嗟に起こった感情だったが、認めたくないし、魔物もまだ追いかけてきてるしで、愛馬を酷使しているのはわかっていながら、前に向き直り最高速度を維持させた。
「メル! 話を聞いてくれ。どこかで勘違いがあったみたいだけど、オレは、お前を、メルだけを――」
グオォォオオオオ!
後ろから声をかけてくる人物を無視していると、さすがに魔物もおかしい事に気づいたようだった。アレスの言葉の途中で吠え、ズサーッと音がした。
急に止まり、アレスに標的を変え襲い掛かろうとしているのかもしれない。と思った瞬間には、馬を止めて振り向いてしまっていた。
「お前、煩い。黙ってろ」
「アレ、ス」
オレが振り向くと、アレスは白銀に輝く剣を、馬に乗った速度そのままに、魔物に向かって振り下ろしている所だった。
面白いように剣は魔物の身体に入り込み、立ち上がってアレス達を襲おうとしていた魔物は、文字通り、胴から真っ二つになっていた。
ブシャーっと液体が飛び散り、アレスは馬をゆっくり止めて剣についた液体を振り払った。
圧倒的な強さ。
旅の中で、何度も見た光景。何度も、見惚れた、人物。
パッと、目が合った。
オレにニコッと笑いかける、澄んだ空の色。
この世で一番、愛おしい、もの。
胸を、衝撃が貫いたかと思った。
好意を、好きだと自覚した後に見るアレスは、本当に格好良く、美しく、愛しく見えてしまった。
――駄目だ!
オレはパッと前を向いて、止まって休んでいた愛馬を、再び走らせた。馬が、不満そうに頭を振ったが、今だけは無視した。
「あっ、おい、メル!」
後ろから今度は、馬の蹄の音が迫って来ていた。
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