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メガネってどう思う?
しおりを挟む次の日。
昨日の事がありつつ、再び初日みたいに戻ったらどうしようと緊張しながら、インターホンを押す。
ピンポーンと音が鳴った後、反応が無い。これは、再び無視されるかもと覚悟を決めながら、再び、インターホンを押そうと指を上げた時。
「い、いらしゃい。今日は、早かったね」
ドタドタと走る音が聞こえたかと思うと、ガチャリ、と扉が開いた。そこには、少しだけ息が上がっている、龍士郎。の姿に慧は驚いたように真ん丸に目を見開いた。
「えっと、どう、かな。あ、いや、とりあえず中にどうぞ」
慧は、固まったまま目をぱちくりする事しかできなかった。
そう。秋水龍士郎は昨日までとは打って変わり、髪を切り整え、髭をそり、まともなシャツを着て慧を出迎えたのだ。
その様相を一言で表すなら、イケメン。
いかにも爽やかで仕事が出来て、モテそうな若い男性が目の前にいきなり現れたのだ。慧が固まるのもしょうがないだろう。
反応できずにいると、昨日までの自分との相違を自分でも自覚しているのだろう、龍士郎は苦笑し、
「とりあえず、どうぞ。今日もよろしくね」
再び、慧を中へと促した。それでようやく我に帰り、慧は、よろしくお願いしますとボソボソと言い、部屋の中に入った。ガチャリ、と後ろで閉まる扉の音が、なぜか大きく聞こえた。
もはや三日目。
勝手知ったるなんとやらで仕事道具を置き、慧は今日の仕事にとりかかる。あえて、此方を凝視してくる龍士郎を目に入れないようにして。
昨日までで、半分ほど掃除は完了した。今日は、時間のかかる風呂場の掃除に取り掛かるつもりだった。だから、いくら龍士郎が部屋から出て来たとしても、視界に入る事はないハズだ、ったのだが。
「慧くん、これ何? どうやって使うの?」
何故か龍士郎が風呂場までついてきて、置いた掃除道具を興味深そうに見だしたのだ。一生懸命、水垢を落としカビを除去しようとしている慧に向かって、だ。もちろん、大事な顧客である。無碍にするわけにはいかない。
「秋水さま、それは洗剤の容器です。そこには素手で触れると危険な薬物が入ってますので、触らないでください」
慧が振り返ると、業務用の洗剤を龍士郎が持ち上げている所だった。咄嗟に怒ったように注意してしまう。本当に危険だからつい口から強めに出てしまったのだが、失敗だったようだ。龍士郎は下唇を突き出しムッとした顔をしていた。機嫌を損ねて何をされるかわからない。背中に冷や汗をかきながら慧が謝罪を口にしようとすると、龍士郎が先に声を上げた。
「龍士郎」
「へ?」
「オレの名前、龍士郎。昨日そう言ったでしょ?」
特大の溜息を吐きそうになるのを、慧は慌てて止めた。この人、オレに注意された事より、名前で呼んでもらえなかった事を拗ねてるのか? 慧は、眉を下げた。
そして、仕切り直すように、一つ咳払いをして、
「龍士郎さま。ソレは危ない薬品ですので、触らない方が良いと思います。危ないので、お部屋にお戻りください」
そう言うと、龍士郎はパッと顔を明るくして、慧の目を見た。ドクン、と嫌な……不思議な鼓動がする。龍士郎と目が合うと、不思議な気分になる。昨日まであった前髪が、視線を遮ってくれないので余計に気まずい。あの綺麗な顔がこちらを見ているのが、気まずい。
「うん、わかった。ごめんね、仕事中に。また後で」
龍士郎はそうちゃんと謝って、部屋に戻って行った。
完全に出て行ったのを確認して、クソデカ溜息を存分に吐き出した慧だった。
無心で、風呂場の掃除を続ける慧。
手を動かしていればいいので、掃除は割と好きな方だ。
何も複雑な事を考えなくて良いし、達成感がある。誰かに、ちょっかいを出されて嫌な気持ちになる事もない。だから、この仕事が好きなのだが、まさか龍士郎が仕事中に話しかけてくるとは。
今までも仕事中に世間話を振られる事はあった。よほど切羽詰まってなければ受け答えするが、龍士郎は、ちょっとこちらが切羽詰まるから困る。
龍士郎は、明らかにこちらの反応を観察し、愉しんでいる。
だが、無理矢理しようとか酷い事をしよう、という感じは受けない。ただひたすら、面白そうだから、というのを感じる。それに、おそらく本質的には優しい部類に入るのだろう。イケメンだし、優しいし、おそらく話も面白い。
それはそれはモテるだろう。何を間違って刺されたり心中されたりしたのだろうか。めちゃくちゃ執着されたって事か。やはり、domなのに優しい感じがする、からだろうか。わからない。何でオレに構うのかも、わからない。
ぐるぐると思考が回っている事に気づき、ふと慧は手を止めた。
気づけば、今日の作業予定がほぼ終わっていた。
龍士郎についてそこまで考えていた事に、顔が青ざめた。まるで、自分がsubとしてdomの龍士郎を意識しているようではないか、と。慌て首を振る。あの人は、ただの雇用主に過ぎない。久しぶりにdomを見てしまったので、意識してしまっただけ。domに対しては、やはりトラウマというか苦手意識が先に立つ。
はあ、と溜息を吐いて、道具を片付ける。
龍士郎が居ないのを願いながら風呂場を出ると、案の定、ダイニングテーブルに座っていた。目の前には、ノートパソコン。自分の部屋に戻って仕事をしたら良いのになぜわざわざ。
慧が首を傾げながらダイニングに入ると、龍士郎が気づいてパッと顔を上げた。嬉しそうに笑うその顔には、細縁のメガネ。イケメンはメガネも似合うんだなあ、とぼんやり見ていると、龍士郎が何かに気づいたようにメガネに手を当て、ニッと口の端を上げた。
「どう、似合う?」
そう悪戯っぽく言われ、慧はドキッとした。それは、今まで感じた心臓に嫌な感じがする動悸ではなく、純粋に心臓が跳ねたようだった。悟られないように苦笑し、返答する。
「お似合いだと思います」
「ほんと? 良かった」
嬉しそうに言われ、また心臓が跳ねた。苦笑の表情を崩さないが、正直、ここまでフランクなdomははじめてだったので、どう対応していいのかわかりかねていた。
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