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学園編
73.懐かしい笑顔2
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「しっ失礼しました!!!」
あ、逃げ足が速い! 私も逃げたい!!
振り返り確認してみれば、息を切らし、少々着崩れた格好になっている服を着た殿下の姿があった。「遠くから全力疾走してきました」と言わんばかりの格好だ。もしかしなくとも急いで来たのだろうか。
心配をかけてしまったらしい。迷惑をかけるつもりはこれっぽっちもないのに、最終的にかけてしまったのならダメだろう。
軽く事情を説明すると。
「そういう話なら、私に聞けばよかったろう?」
「すみません……」
聞きづらかったというか、何と言うか……。
クリストフ殿下は手際よく、近くの喫茶店を手配してそこで話をすることになった。まさか一人で来たのか? と思ったけど、どうやら彼はボディーガードの一人を伴いやって来ていたらしい。私の姿を見つけて、一人でやってきたのだと。
ナナミ・キクハラとミーシャ・デュ・シテリンが同一人物であることは知らないのだろうから、仕方がないか。
完全に私の都合に巻き込まれているような気がするんだけど、クリストフ殿下はそれでいいのだろうか。
「君は大丈夫か?」
「私は大丈夫です! 殿下こそ、秘宝が行方不明なんですよね? 仮とはいえ婚約の話まで出ていた人間が被疑者って……その、大丈夫なんですか?」
「こんな状況でまで、俺のことを他人行儀に心配しないでくれ。俺は君の今の心境が知りたい」
「私は大丈夫です!」
安心させるつもりでそう言い切ったのに、
「……その姿でも距離を置かれると、さすがに答えるな」
切なそうな顔で、彼はこちらを見ている。失敗したようだ。
――迷惑はかけられない、心配させるのは申し訳ない――そんな気持ちは、距離を置いていると同義なのだろうか。
それとも、私たちの間には別の問題があるから、そう思ってしまうだけなのか。
だとしたら、私は早急に、殿下に返さなければならない答えがある。
「……ごめんなさい。私は、貴方の気持ちには――」
「――俺は君が好きだ。愛している」
彼は真摯な眼差しを、私に向けてくれている。
「申し訳ありません…………」
「…………そう、か」
なんかもう、「ごめんなさい」としか言葉が出てこない。
こんなことになるとは思わなかった。私を好きだと言う殿下のことを、私は想像すらできなかったのに。
……あの頃の気持ちのままでは、いられなかった。仮に、あの頃の気持ちのままだとしたら……彼は、私を好きにはならなかったかもしれない。
「殿下は、私が殿下を好きにならなかったから、私に好意を抱いたのかも知れませんよ?」
「え?」
「殿下のことを愛していたら、貴方を手に入れるために形振り構わず、他者を排除していたかもしれません」
「ありもしない話をされてもな」
「……そう、ですね」
そう、あり得ない話だ。
もう、戻ることのできない世界の話だ。――でも、その世界の話が、今のこの状況を作り出しているんだ。
「殿下は国宝に時間を巻き戻す力があることはご存じでしたか?」
「曰くとしては聞いているが、実際そんな話が……」
言いかけて、殿下は気づいたらしい。
「…………君は――」
「私、一度、死んでいるんです」
殿下がどこまで私の話を信じるのかは分からなかった。
けれど、殿下は黙って話を聞いてくれた。
「…………話してくれてありがとう」
穏やかに微笑む殿下を、私は数十年ぶりに、見たような気がした。
◇◆◇ ◇◆◇
憲兵が荒くれ者である時点で、まともな捜査がされているとは思えない。大量の無能を、捜査関係者の周りに張り付かせようなんて、もう黒でしかないだろう。
あの男達から名を聞いた領主らの繋がりを探るのは、そう難しくはない。
名前さえ分かってしまえば、私には前回の記憶がある。あたりを付けるのは可能だ。ただ、私のように前回と異なる動きをしていたら、全くの見当外れな結果になってしまうんだけど。
全員と関係しているのは、シュトルツァー公の名が脳裏に一番に思い浮かんでしまう。彼はかなりの地位にいるから、すぐに名が上がってくるのは当然だ。
問題は、その名が大きすぎて他の名を隠してしまうこと。
貴族の間に目立った動きはない。なのに、漠然とシテリン家への誹謗中傷だけが広がっている。でも、逮捕者は出ていない。何が目的? 証拠はないんじゃ?
――なんて考えていた最中に、事は起きた。
あ、逃げ足が速い! 私も逃げたい!!
振り返り確認してみれば、息を切らし、少々着崩れた格好になっている服を着た殿下の姿があった。「遠くから全力疾走してきました」と言わんばかりの格好だ。もしかしなくとも急いで来たのだろうか。
心配をかけてしまったらしい。迷惑をかけるつもりはこれっぽっちもないのに、最終的にかけてしまったのならダメだろう。
軽く事情を説明すると。
「そういう話なら、私に聞けばよかったろう?」
「すみません……」
聞きづらかったというか、何と言うか……。
クリストフ殿下は手際よく、近くの喫茶店を手配してそこで話をすることになった。まさか一人で来たのか? と思ったけど、どうやら彼はボディーガードの一人を伴いやって来ていたらしい。私の姿を見つけて、一人でやってきたのだと。
ナナミ・キクハラとミーシャ・デュ・シテリンが同一人物であることは知らないのだろうから、仕方がないか。
完全に私の都合に巻き込まれているような気がするんだけど、クリストフ殿下はそれでいいのだろうか。
「君は大丈夫か?」
「私は大丈夫です! 殿下こそ、秘宝が行方不明なんですよね? 仮とはいえ婚約の話まで出ていた人間が被疑者って……その、大丈夫なんですか?」
「こんな状況でまで、俺のことを他人行儀に心配しないでくれ。俺は君の今の心境が知りたい」
「私は大丈夫です!」
安心させるつもりでそう言い切ったのに、
「……その姿でも距離を置かれると、さすがに答えるな」
切なそうな顔で、彼はこちらを見ている。失敗したようだ。
――迷惑はかけられない、心配させるのは申し訳ない――そんな気持ちは、距離を置いていると同義なのだろうか。
それとも、私たちの間には別の問題があるから、そう思ってしまうだけなのか。
だとしたら、私は早急に、殿下に返さなければならない答えがある。
「……ごめんなさい。私は、貴方の気持ちには――」
「――俺は君が好きだ。愛している」
彼は真摯な眼差しを、私に向けてくれている。
「申し訳ありません…………」
「…………そう、か」
なんかもう、「ごめんなさい」としか言葉が出てこない。
こんなことになるとは思わなかった。私を好きだと言う殿下のことを、私は想像すらできなかったのに。
……あの頃の気持ちのままでは、いられなかった。仮に、あの頃の気持ちのままだとしたら……彼は、私を好きにはならなかったかもしれない。
「殿下は、私が殿下を好きにならなかったから、私に好意を抱いたのかも知れませんよ?」
「え?」
「殿下のことを愛していたら、貴方を手に入れるために形振り構わず、他者を排除していたかもしれません」
「ありもしない話をされてもな」
「……そう、ですね」
そう、あり得ない話だ。
もう、戻ることのできない世界の話だ。――でも、その世界の話が、今のこの状況を作り出しているんだ。
「殿下は国宝に時間を巻き戻す力があることはご存じでしたか?」
「曰くとしては聞いているが、実際そんな話が……」
言いかけて、殿下は気づいたらしい。
「…………君は――」
「私、一度、死んでいるんです」
殿下がどこまで私の話を信じるのかは分からなかった。
けれど、殿下は黙って話を聞いてくれた。
「…………話してくれてありがとう」
穏やかに微笑む殿下を、私は数十年ぶりに、見たような気がした。
◇◆◇ ◇◆◇
憲兵が荒くれ者である時点で、まともな捜査がされているとは思えない。大量の無能を、捜査関係者の周りに張り付かせようなんて、もう黒でしかないだろう。
あの男達から名を聞いた領主らの繋がりを探るのは、そう難しくはない。
名前さえ分かってしまえば、私には前回の記憶がある。あたりを付けるのは可能だ。ただ、私のように前回と異なる動きをしていたら、全くの見当外れな結果になってしまうんだけど。
全員と関係しているのは、シュトルツァー公の名が脳裏に一番に思い浮かんでしまう。彼はかなりの地位にいるから、すぐに名が上がってくるのは当然だ。
問題は、その名が大きすぎて他の名を隠してしまうこと。
貴族の間に目立った動きはない。なのに、漠然とシテリン家への誹謗中傷だけが広がっている。でも、逮捕者は出ていない。何が目的? 証拠はないんじゃ?
――なんて考えていた最中に、事は起きた。
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