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学園編
9.私は保護観察中…3
しおりを挟む私は、パトリックを殺したし、記憶の片隅にも残らない程度の人間を散々苦しめてきたのは……事実だ。
「髪を売るのも、家庭教師をするのも、エチケットブックの執筆も、社交界への紹介業も……。お前はバレるようなヘマはしないだろうさ……でも、危ないだろ! 公爵家のご令嬢が中流階級者がゴロゴロいるような場所に――」
「ご心配は要りません。老兵を連れておりますので」
現役を退いた元・常備軍のご老体を介護する振りをしながら、共に行動している。御年七十は過ぎているが、真に鍛え抜かれた体というものは、そう簡単に衰えないらしい。見た目はくたびれた老人だが、その身から繰り出される体術をなめてかかると…………死ぬ。
私が始めたサイドビジネスとは、援助が必要な上流階級者と、金はあるがコネがない新興成金を引き合わせること。それと、その際に必要となる、社交界のエチケットについて書かれた本の出版だ。実は新興成金との商談が伸びて、今回、スケジュールがギチギチ状態になってしまったんだけど。
前回、父は斡旋業に携わり、真っ黒なコネを作りまくっていた。
父が斡旋業に興味を抱く前に、私が取りかかることにした。対象客の身辺調査は前回の記憶を基に一次審査を行い、その後、父に詳細な調査を依頼してから実行するようにしている。
エチケットブックの執筆については、全くの偶然だった。
紹介していた中流階級者の中に出版業を営んでいる者がいたのだ。中流階級の人間をそのまま上流階級の人間へ紹介することはできない。紹介相手に対して非礼に当たる。社交界のエチケット諸々を指南する必要がある。
当初、エチケット指南は口頭で行っていたのだが、結果が芳しくなかったため、沢山の書類を作成して取り組むことにした。それを本にして売ろうと言うのだから……これが商才というものか。もちろん、私の名前は出さなかったが――本は予想外に売れ行きが良かった!
そして、そんなサイドビジネスの顧客の中に、グニラ・オレーンの父、オレーン伯がいたのだ。
娘がいることは知っていたが、どのような人物なのかは……今日、対面するまで知らなかった。前回も、父がオレーン伯を援助していた可能性は限りなく低い。
慈善事業に傾倒し、誰の目にもカモにしか見えないカモになど、用はない。容易に想像できる己に幻滅したくなる。
因みに、このサイドビジネスのせいで取り巻きができてしまったのだ。
一切顔を合わせることがなかったグニラ・オレーンの方が珍しい。
だから……私が中流階級者に対して『目に入れることすら穢らわしい!』、なんて考えを抱いていないことは知れ渡っているだろう。
「入学式が終わったら髪を売りに行く予定だったのですが……」
「短い髪で生活する気か!?」
「安いエクステ……ウィッグを手に入れているので大丈夫です」
本当に安いから大丈夫だ! 私の髪を売った金で買ったとして、釣り銭で屋敷が飼うことができる程度には残るので。
「それに、計画によっては地毛は短い方が簡単なので」
「……は?」
「私、変装道具を持ち込んでいるんです!」
「…………なに考えてんだ?」
「ミーシャ・デュ・シテリンとしてマリー・トーマンに会うのは避けようかと」
パトリックがうさん臭いものを見る目で、こちらを見ている……。
悪役令嬢に取り込まれないためにも、日本人の人格を大事にしたい。自分でさえ自分を信じられないのに……。
「クリスが好きだからか?」
――え?
「それは……ない、けど……」
「ふぅん?」
パトリックは何を考えているのだろう。私がクリストフ殿下と結ばれれば……マリー・トーマンは自分を好きになってくれるかもしれない? なのかな。もし、そう思っているのだとしたら……もし、それが不可能だった場合は?
彼女が好きになるのは、やっぱりクリストフ殿下で、パトリックは――。
「なんであんなにもクリスを避ける? 距離感は前回と同じになってンじゃねぇか」
己の思考に入り込んでいると急にそんなことを言われた。しかも「疲れた! あきれた!」と言わんばかりの態度だ。
先程までは、なにを考えているのか分からなかったのに。それどころか、こちらの真意を読み取ろうとしていたのか、居心地の悪さすら感じていたのに。
「あー……、あの、違いますよ?! 今の私は前回の私とは、心を入れ替えていますから!!」
パトリックの心境を図りかねているが……これだけは伝えておかなければ!
「分かってるよ……」
二の舞にならないよう、好きにならないために避ける! と、それだけを考えていたのだけれど……彼の元気がないのが、少しだけ、気になる。
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