34 / 52
魔獣の脅威(2)
しおりを挟む
「よろしくないですね……匂いが薄れていればよいのですが、人の鼻にはそれがわかりませんからね……」
問題の商人たちは、町民たちに「そいつを捨ててこい」と言われ、だが、商人たちは「特にここまで問題がないんだから大丈夫だろう」と言い張る。確かに、ギスタークの毛皮も角も、高額で取引されていることをミリアは知っているが、しかし、それらは自然死したものを運よく拾った場合に限っている。それに、ギスタークの体からその「匂い」が発されるまでの時間差は、個体によって違うのだ。
「……!」
その時、ミリアの背筋に何か冷たいものが走った。それは、彼女が騎士団長として人々を率いていた時に何度か感じたことがある「予兆」の一つだった。彼女は、ポケットからホイッスルを取り出して吹く。それは、警備隊のメンバーを集めるためのものだった。
人々はその音にぎょっとして動きを止める。それとは反対に、数人がその音を聞きつけてミリアのところに集まって来た。それから、少し遅れてヘルマもやって来る。
「ギスタークの群れがこの町に向かっていないか、確認をしたい。北と西の入口から出て、それぞれの森のあたりに異変がないのかを見て来てくれ。わたしはその死骸を南側に捨てに行く。ヘルマはまずわたしの馬を連れて来て、それから集まって来た者たちを三か所に分けて派遣しろ。武器は剣ではなく分銅、あるいは木刀だ。おい、今すぐその死骸を布で包んで、空の荷台に乗せろ。わたしが馬に乗ってそれを捨ててくる!」
普段の彼女からは想像がつかない、あまりにもはっきりとした高圧的な物言い。人々はしばしぽかんとしてから、素直にそれに従って荷台を持って来た。何故なら、人々はみなその死骸を捨ててこい、と言っていたわけだし、だが、自分がそれをするのは危険だと思っていたからだ。ただ、商人たちは最後まで「わたしたちが狩って来たものだ!」と言い張って、その死骸を手放そうとしない。
「この町で商売をするために来たのだろう。だが、今、それを手放さないとお前たちはこの町の人々から敵だとみなされる。今こうしている間にも、ギスタークがこちらに向かっていたらどうする?」
「し、しかし……」
「早くしろ! 今なら、わたしが持って行ってやる!」
ミリアのその剣幕に押されて、商人たちは舌打ちをしながらも仕方なくギスタークを荷台に移動させた。その間にヘルマが馬を連れて来たので、それに括りつける。
商人たちは最後まで諦められないようで「何もなければ、また返してくれるんだろう?」とミリアを怒鳴る。それへ、町の人々が「まだそんなことを言いやがって!」と怒声をあげる。ミリアは彼らに返事をせず、淡々と町を出る準備を進めた。
「嫌な予感が当たらなければいいが……ヘルマ、後を頼んだ!」
「はい! すぐに、みなを派遣します!」
力強く頷いて、ミリアは一人でギスタークを括りつけた荷台を馬に引かせ、町中を走る。人々は彼女の剣幕に驚いて、事態をわかっていない者でも、道の端によって馬を通すのを優先さえてくれる。
ちょうど、町長が役所から出て来て「ミリア!?」と叫んだが、今は話をしている暇はない。人々は、ギスタークの血が流れ出たところを「これも拭かないといけないぞ!」と大慌てだ。
ミリアが視界から消えないうちに、ヘルマは彼女も持っているホイッスルをもう一度吹いた。それを聞きつけて、更に警備隊に参加をしている者たちが集まり、彼女の指示に従って人々は3か所に振り分けられ、また、5人ほどは町の中央で待機を命じられた。
警備隊たちは、みな緊張の面持ちだったが、ヘルマが発破をかけて士気を高める。彼女はその辺りの力は案外と強い。ミリアがいないことで彼らが不安にならないようにと、どこまでも涼しくも厳しい顔で支持をする。
「ちっ……少し、スピードが遅いな……」
それは、荷台のせいだ。わかっている。もともと荷台を引かせるような馬ではない。だが、かといって他の馬を用意している時間はなかった。
本当は馬という動物は案外と疲労がたまるのが早い。走る速度が出れば出るほど、あっという間に疲れが出てしまう。だが、今はそれを考えている暇はない。たとえ、帰りが遅くなろうとも、行きだけは出来るだけ早く町から離れなければいけない。
ミリアはひたすらに馬を走らせた。たった一人で、すべてを背負うかのように。
問題の商人たちは、町民たちに「そいつを捨ててこい」と言われ、だが、商人たちは「特にここまで問題がないんだから大丈夫だろう」と言い張る。確かに、ギスタークの毛皮も角も、高額で取引されていることをミリアは知っているが、しかし、それらは自然死したものを運よく拾った場合に限っている。それに、ギスタークの体からその「匂い」が発されるまでの時間差は、個体によって違うのだ。
「……!」
その時、ミリアの背筋に何か冷たいものが走った。それは、彼女が騎士団長として人々を率いていた時に何度か感じたことがある「予兆」の一つだった。彼女は、ポケットからホイッスルを取り出して吹く。それは、警備隊のメンバーを集めるためのものだった。
人々はその音にぎょっとして動きを止める。それとは反対に、数人がその音を聞きつけてミリアのところに集まって来た。それから、少し遅れてヘルマもやって来る。
「ギスタークの群れがこの町に向かっていないか、確認をしたい。北と西の入口から出て、それぞれの森のあたりに異変がないのかを見て来てくれ。わたしはその死骸を南側に捨てに行く。ヘルマはまずわたしの馬を連れて来て、それから集まって来た者たちを三か所に分けて派遣しろ。武器は剣ではなく分銅、あるいは木刀だ。おい、今すぐその死骸を布で包んで、空の荷台に乗せろ。わたしが馬に乗ってそれを捨ててくる!」
普段の彼女からは想像がつかない、あまりにもはっきりとした高圧的な物言い。人々はしばしぽかんとしてから、素直にそれに従って荷台を持って来た。何故なら、人々はみなその死骸を捨ててこい、と言っていたわけだし、だが、自分がそれをするのは危険だと思っていたからだ。ただ、商人たちは最後まで「わたしたちが狩って来たものだ!」と言い張って、その死骸を手放そうとしない。
「この町で商売をするために来たのだろう。だが、今、それを手放さないとお前たちはこの町の人々から敵だとみなされる。今こうしている間にも、ギスタークがこちらに向かっていたらどうする?」
「し、しかし……」
「早くしろ! 今なら、わたしが持って行ってやる!」
ミリアのその剣幕に押されて、商人たちは舌打ちをしながらも仕方なくギスタークを荷台に移動させた。その間にヘルマが馬を連れて来たので、それに括りつける。
商人たちは最後まで諦められないようで「何もなければ、また返してくれるんだろう?」とミリアを怒鳴る。それへ、町の人々が「まだそんなことを言いやがって!」と怒声をあげる。ミリアは彼らに返事をせず、淡々と町を出る準備を進めた。
「嫌な予感が当たらなければいいが……ヘルマ、後を頼んだ!」
「はい! すぐに、みなを派遣します!」
力強く頷いて、ミリアは一人でギスタークを括りつけた荷台を馬に引かせ、町中を走る。人々は彼女の剣幕に驚いて、事態をわかっていない者でも、道の端によって馬を通すのを優先さえてくれる。
ちょうど、町長が役所から出て来て「ミリア!?」と叫んだが、今は話をしている暇はない。人々は、ギスタークの血が流れ出たところを「これも拭かないといけないぞ!」と大慌てだ。
ミリアが視界から消えないうちに、ヘルマは彼女も持っているホイッスルをもう一度吹いた。それを聞きつけて、更に警備隊に参加をしている者たちが集まり、彼女の指示に従って人々は3か所に振り分けられ、また、5人ほどは町の中央で待機を命じられた。
警備隊たちは、みな緊張の面持ちだったが、ヘルマが発破をかけて士気を高める。彼女はその辺りの力は案外と強い。ミリアがいないことで彼らが不安にならないようにと、どこまでも涼しくも厳しい顔で支持をする。
「ちっ……少し、スピードが遅いな……」
それは、荷台のせいだ。わかっている。もともと荷台を引かせるような馬ではない。だが、かといって他の馬を用意している時間はなかった。
本当は馬という動物は案外と疲労がたまるのが早い。走る速度が出れば出るほど、あっという間に疲れが出てしまう。だが、今はそれを考えている暇はない。たとえ、帰りが遅くなろうとも、行きだけは出来るだけ早く町から離れなければいけない。
ミリアはひたすらに馬を走らせた。たった一人で、すべてを背負うかのように。
58
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる