上 下
10 / 52

静かな探り合い(4)

しおりを挟む
「考え事かい?」

「少しだけ。もし、彼らに襲われたらどうしたら良いのかなぁと」

「蹴散らせばいい。もし、傷を負わせたり殺したりしたとしても、それは特に罪に問われないだろう。誰が見ても、やつらが悪いとわかるしな。が、捕まった仲間のこともあるから、少しはおとなしくしている可能性も高いかな」

 ヴィルマーの答えは明確だ。そして、それは正しいのだろうと思うミリア。

「そうだと良いのですが」

「彼らを裁くことについてでも、考えている?」

「いえ……残念ながら、そういう話についてはほぼ門外漢で……わからなくはないのですが、経験がそこまで多くないので、うまく考えられません。未熟ですね……」

「ははっ!」

 ぱん、とヴィルマーは手を叩いた。

「君は本当に、なんていうんだ……良い意味で、きちんと考える人なんだな」

「きちんと考える?」

「ああ。そうだ。きちんと考える。自分に出来ること、出来ないことを判断して、出来ないことを『未熟』だと言う。と言っても、人ってのは、ありとあらゆることに未熟のままであることがほとんどだし、それで誰も特に困らない。」

「……はい」

「が、君が言う『未熟』ってのは、そうではなくなろうとしている感じがする。とても好ましい」

 そう言ってミリアを見る彼は、ふわりと微笑んだ。ちょうど、ミリア側から朝陽が昇り、彼は目を細める。その表情が、まるで少し照れ笑いを見せているように見え、いささか可愛い……と、ミリアは思う。

「買いかぶりですよ」

 そう言って彼から目を逸らすミリアに、ヴィルマーは軽く肩を竦めて見せる。

「いやいや……まあ、ちょっと嫌な話をするとさ」

「ええ」

「未熟でなくなるために、何かを出来る。何かを知ろうと出来るっていうのかな……それが出来る環境にいたってことだ。だから、逆を言えばさ……いい生まれの人間が持っている考え方だな、って話にもなるんだが」

 そのヴィルマーの発言に、ミリアはゆっくりと瞬きながら彼を見る。が、彼の表情、声音からは嫌な感じは受けない。

「いい生まれの人間でも、そんな発想にはなかなかならない。俺はそれを知っているんでね……で、話はそれだけか?」

「はい」

「そうか。頑張って来いよ」

 ヴィルマーはそう笑って、ぽん、とミリアの肩に手を置いた。大きく、そして熱い手。彼の手のひらの熱が布越しでもじんわりと伝わる。それを不快と思わず、ミリアは「そうします」と答えた。



 失敗をしたわけではないが、自分の言動が自分の肩書きを表してしまっている。ミリアは「仕方はないとは言え……」と困惑しながら部屋に戻った。つい、本音をヴィルマーに話し過ぎた。それは、どこかで彼ならなんとなくわかってくれるだろうと思ったことも含め、必要だったからだ。だから、仕方がない。

(あちらも)

 ミリアの肩書きをなんとなくでも気づいているのだろう。だが、あれは「わかっているから吐け」と言っているわけでもなく、また、「気づいているぞ」とほのめかしているわけではない。それをミリアは感じ取っていた。

 彼は、気づいている上で踏み込んでこない。が、ミリアの言動で彼なりに気になったことを口にしているだけだ。こうやって、互いに読みあって、互いにばかしあっている上での不思議な信頼があることはいくらかおかしいことだと思う。

(でも、それが全然嫌ではない)

 そうだ。嫌ではない。それは彼の朗らかさがそう思わせるのか。その辺りはよくわからないが、腹を割った話をそれなりにしたことで、ミリアはなんとなくすっきりとしていた。

「困ったな……」

 ヴィルマーはある意味曲者だ。つい、話してしまう。そして、話したことに彼は応えてくれる。だから更に話してしまう。これが、搾取されるだけだったら、きっとミリアも話をしなくなってしまうだろう。

「ううん、本当に未熟だ」

 そうつぶやくと、未だに眠っているヘルマが「ううん」と寝返りを打った。そろそろ、ヘルマも起きる時間だろう、とミリアは窓を開けたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、 ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。 家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。 十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。 次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、 両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。 だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。 愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___ 『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。 与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。 遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…?? 異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》

偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~

日之影ソラ
恋愛
【小説家になろうにて先行公開中!】 https://ncode.syosetu.com/n9071il/ 異世界で村娘に転生したイリアスには、聖女の力が宿っていた。本来スローレン公爵家に生まれるはずの聖女が一般人から生まれた事実を隠すべく、八歳の頃にスローレン公爵家に養子として迎え入れられるイリアス。 貴族としての振る舞い方や作法、聖女の在り方をみっちり教育され、家の人間や王族から厳しい目で見られ大変な日々を送る。そんなある日、事件は起こった。 イリアスと見た目はそっくり、聖女の力?も使えるもう一人のイリアスが現れ、自分こそが本物のイリアスだと主張し、婚約者の王子ですら彼女の味方をする。 このままじゃ聖女の地位が奪われてしまう。何とかして取り戻そう……ん? 別にいっか! 聖女じゃないなら自由に生きさせてもらいますね! 重圧、パワハラから解放された聖女の第二の人生がスタートする!!

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶
恋愛
全37話。アメリア・ナーシェ・ヒルシュは子爵令嬢で、双子の妹だ。 ヒルシュ家には「双子が生まれれば片方は殺す」という習わしがあったもの、占い師の「その子はのちに金になるので生かしておいた方が良い」というアドバイスにより、離れに軟禁状態で飼い殺しにされていた。 子爵家であるが血統は国で唯一無二の歴史を誇るヒルシュ家。しかし、そのヒルシュ家の財力は衰えていた。 そんな折、姉のカミラがバルツァー侯爵であるアウグストから求婚をされ、身代わりに彼女が差し出される。 アウグストは商才に長けていたが先代の愛妾の息子で、人々にはその生まれを陰で笑われていた。 財力があるがゆえに近寄って来る女たちも多く、すっかり女嫌いになった彼は、金で「貴族の血統」を買おうと、ヒルシュ家に婚姻を迫ったのだ。 そんな彼の元に、カミラの代わりに差し出されたアメリアは……。 ※こちら、ベリーズカフェ様にも投稿しております。

売られていた奴隷は裏切られた元婚約者でした。

狼狼3
恋愛
私は先日婚約者に裏切られた。昔の頃から婚約者だった彼とは、心が通じ合っていると思っていたのに、裏切られた私はもの凄いショックを受けた。 「婚約者様のことでショックをお受けしているのなら、裏切ったりしない奴隷を買ってみては如何ですか?」 執事の一言で、気分転換も兼ねて奴隷が売っている市場に行ってみることに。すると、そこに居たのはーー 「マルクス?」 昔の頃からよく一緒に居た、元婚約者でした。

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

「君を愛さない」と言った公爵が好きなのは騎士団長らしいのですが、それは男装した私です。何故気づかない。

束原ミヤコ
恋愛
伯爵令嬢エニードは両親から告げられる。 クラウス公爵が結婚相手を探している、すでに申し込み済みだと。 二十歳になるまで結婚など考えていなかったエニードは、両親の希望でクラウス公爵に嫁ぐことになる。 けれど、クラウスは言う。「君を愛することはできない」と。 何故ならば、クラウスは騎士団長セツカに惚れているのだという。 クラウスが男性だと信じ込んでいる騎士団長セツカとは、エニードのことである。 確かに邪魔だから胸は潰して軍服を着ているが、顔も声も同じだというのに、何故気づかない――。 でも、男だと思って道ならぬ恋に身を焦がしているクラウスが、可哀想だからとても言えない。 とりあえず気づくのを待とう。うん。それがいい。

処理中です...