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42.薄闇の口づけ(1)
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「ううん……」
それから2日後、エレインは寝室のソファに座って、またも呻いていた。
あの鍛錬所の前夜、そしてそれ以降2日間。アルフォンスと彼女はそれぞれ1人で眠る夜を過ごしていた。が、今日はそうではない。
アルフォンスからすれば、エレインの立場を守るため、王妃であることを人々に周知したいがため、共に眠ってはいる……のだと思う。だから仕方がないのだ。わかっている。わかってはいるが……。
(好きだ、と言われて、それでも横で並んで眠れるかと言われると)
それは、いささか難しい。
駄目と言うことではない。だが、意識をしてしまう。それまで、彼に自分の手をとられて甲に口づけをされても、額にキスを落とされても、それは「夫を演じている」のだろうと思っていた。だが、そうではなくて……。
「やあ、待たせたかな」
何も気にした風もなく、アルフォンスはドアを開けて入って来た。エレインは「いいえ」と答えたが、その声が上ずってしまったことに内心どきどきする。
「うん?」
案の定、アルフォンスも気が付いたようだった。
「いえ、なんでも、ありません」
「そうか? 何か調子が悪いのかな?」
「いいえ!」
はっきりとそれは断言出来た。が、その声が今度はなんとなく大きくなってしまい、無理やり否定をしているかのようにエレイン自身には聞こえた。しまった、何故そこを食い気味で言ってしまったのか、と恥ずかしくなる。
アルフォンスはいささか何かを言いたげな表情になったが、特に何を言うわけでもなかった。彼はベッドに座って靴を脱ぐ。
「すまないな。少し遅い時間になってしまった。だが、明日から数日ちょっと城を空けるので、今晩ぐらいはと思って」
「大丈夫ですよ。わたしは朝はあなたよりも遅いですし」
「明日は鍛錬所には行かない?」
「はい。今朝は行きましたが」
あれから、エレインはまた鍛錬所に足を運んでいた。誰もいない朝に1人。あの日以降アルフォンスは現れなかったが、そもそも彼女は1人で黙々と鍛錬をしていたので特に変わりはない。
「またわたしも行きたいな。視察から戻ってから、あなたと共に行こうか……」
「大丈夫ですよ。あなたはあなたのお時間で。あなたはわたしと違いますから」
「とはいえ、王ともなると、人目があるうちはあまり鍛錬所にいることを好ましく思われないようでな」
そう言ってアルフォンスは小さくため息をついた。
「眠ろう。それとも、あなたはまだ?」
「そう、ですね……」
エレインは少しばかりためらった。彼女がそんな単純な「もう寝る」「まだ寝ない」といった二択に逡巡の様子を見せることを珍しいとアルフォンスも思ったのか、軽く小首をかしげる。
「どうした? もしや、体調が悪いのか?」
「いえ……」
大丈夫だ。特に何も。そう言ってエレインは部屋の明かりを消す。アルフォンスは先にベッドにあがって、彼女がやって来るのを待っていた。
薄暗い中、彼は優しく微笑みかけ、彼女がベッドにあがるのを見守って「おやすみ」と告げた。エレインも「おやすみなさい。よい眠りを」と告げた。
眠れずにエレインは横で眠っているアルフォンスを見る。灯りを消したとは言え、壁に置かれた燭台の火は灯っており、薄暗闇の中で彼の輪郭がぼんやりと浮かぶ。こうやって共に眠ることに少しは慣れた。最初は「夫婦だからといって何故そう一緒に眠るのか」と思っていたが、2人で眠る夜、護衛騎士は2部屋ではなく1部屋を守れば良くなるため、いつもより誰かは休めているようだった。そう思えば、意味があるように思える。
それに。自分も慣らされて、少しだけ。少しだけ、嬉しいと思うようになった。不思議なことに……。
静かに横で眠っている男を見つめるエレイン。思えば彼は最初から優しかった。馬車で王城に向かう間も、多くは話さなかったが彼は自分を労わってくれていた。表面下の勝利国王弟という立場であれば、もっとエレインを下に見ても良かっただろうに。あのクリスティアンのように。だが、彼は――。
すると、突然彼の瞳が開いた。薄暗闇の中でもそれはわかる。エレインは内心驚いたが、声を出すには至らなかった。
「眠れないのか」
「……いえ、大丈夫です」
「どうして、わたしを見ていた?」
「……どうしてでしょうか」
ぽつりと呟けば、アルフォンスは上半身を起こして腕をエレインに伸ばす。かけられていた毛布に隙間が出来て、ほんの少しだけ涼しい空気が入って来る。大きな手が、エレインの頭を撫でる。髪を何度も何度も梳く。それを、エレインは心地よいと感じて瞳を閉じる。
(触れられることも慣れてしまった。そして、嫌ではない)
体の交わりは一度だけだが、手をとって甲にキスをして。手を握って。頭を撫でて。彼は何度もエレインに触れていた。が、そのどれも、嫌ではなかったのだと思う。
どうして嫌ではないんだろう。他の男性だったら、どう思ったのだろう。仮に、契約結婚をしたとしたら。他の男性でも同じようだったのだろうか。
そう考えると、それまで見ないようにしていた心の奥底にある答えがうっすらと見えてくる。だが、それをどうにも自覚をすることがエレインには難しい。
それから2日後、エレインは寝室のソファに座って、またも呻いていた。
あの鍛錬所の前夜、そしてそれ以降2日間。アルフォンスと彼女はそれぞれ1人で眠る夜を過ごしていた。が、今日はそうではない。
アルフォンスからすれば、エレインの立場を守るため、王妃であることを人々に周知したいがため、共に眠ってはいる……のだと思う。だから仕方がないのだ。わかっている。わかってはいるが……。
(好きだ、と言われて、それでも横で並んで眠れるかと言われると)
それは、いささか難しい。
駄目と言うことではない。だが、意識をしてしまう。それまで、彼に自分の手をとられて甲に口づけをされても、額にキスを落とされても、それは「夫を演じている」のだろうと思っていた。だが、そうではなくて……。
「やあ、待たせたかな」
何も気にした風もなく、アルフォンスはドアを開けて入って来た。エレインは「いいえ」と答えたが、その声が上ずってしまったことに内心どきどきする。
「うん?」
案の定、アルフォンスも気が付いたようだった。
「いえ、なんでも、ありません」
「そうか? 何か調子が悪いのかな?」
「いいえ!」
はっきりとそれは断言出来た。が、その声が今度はなんとなく大きくなってしまい、無理やり否定をしているかのようにエレイン自身には聞こえた。しまった、何故そこを食い気味で言ってしまったのか、と恥ずかしくなる。
アルフォンスはいささか何かを言いたげな表情になったが、特に何を言うわけでもなかった。彼はベッドに座って靴を脱ぐ。
「すまないな。少し遅い時間になってしまった。だが、明日から数日ちょっと城を空けるので、今晩ぐらいはと思って」
「大丈夫ですよ。わたしは朝はあなたよりも遅いですし」
「明日は鍛錬所には行かない?」
「はい。今朝は行きましたが」
あれから、エレインはまた鍛錬所に足を運んでいた。誰もいない朝に1人。あの日以降アルフォンスは現れなかったが、そもそも彼女は1人で黙々と鍛錬をしていたので特に変わりはない。
「またわたしも行きたいな。視察から戻ってから、あなたと共に行こうか……」
「大丈夫ですよ。あなたはあなたのお時間で。あなたはわたしと違いますから」
「とはいえ、王ともなると、人目があるうちはあまり鍛錬所にいることを好ましく思われないようでな」
そう言ってアルフォンスは小さくため息をついた。
「眠ろう。それとも、あなたはまだ?」
「そう、ですね……」
エレインは少しばかりためらった。彼女がそんな単純な「もう寝る」「まだ寝ない」といった二択に逡巡の様子を見せることを珍しいとアルフォンスも思ったのか、軽く小首をかしげる。
「どうした? もしや、体調が悪いのか?」
「いえ……」
大丈夫だ。特に何も。そう言ってエレインは部屋の明かりを消す。アルフォンスは先にベッドにあがって、彼女がやって来るのを待っていた。
薄暗い中、彼は優しく微笑みかけ、彼女がベッドにあがるのを見守って「おやすみ」と告げた。エレインも「おやすみなさい。よい眠りを」と告げた。
眠れずにエレインは横で眠っているアルフォンスを見る。灯りを消したとは言え、壁に置かれた燭台の火は灯っており、薄暗闇の中で彼の輪郭がぼんやりと浮かぶ。こうやって共に眠ることに少しは慣れた。最初は「夫婦だからといって何故そう一緒に眠るのか」と思っていたが、2人で眠る夜、護衛騎士は2部屋ではなく1部屋を守れば良くなるため、いつもより誰かは休めているようだった。そう思えば、意味があるように思える。
それに。自分も慣らされて、少しだけ。少しだけ、嬉しいと思うようになった。不思議なことに……。
静かに横で眠っている男を見つめるエレイン。思えば彼は最初から優しかった。馬車で王城に向かう間も、多くは話さなかったが彼は自分を労わってくれていた。表面下の勝利国王弟という立場であれば、もっとエレインを下に見ても良かっただろうに。あのクリスティアンのように。だが、彼は――。
すると、突然彼の瞳が開いた。薄暗闇の中でもそれはわかる。エレインは内心驚いたが、声を出すには至らなかった。
「眠れないのか」
「……いえ、大丈夫です」
「どうして、わたしを見ていた?」
「……どうしてでしょうか」
ぽつりと呟けば、アルフォンスは上半身を起こして腕をエレインに伸ばす。かけられていた毛布に隙間が出来て、ほんの少しだけ涼しい空気が入って来る。大きな手が、エレインの頭を撫でる。髪を何度も何度も梳く。それを、エレインは心地よいと感じて瞳を閉じる。
(触れられることも慣れてしまった。そして、嫌ではない)
体の交わりは一度だけだが、手をとって甲にキスをして。手を握って。頭を撫でて。彼は何度もエレインに触れていた。が、そのどれも、嫌ではなかったのだと思う。
どうして嫌ではないんだろう。他の男性だったら、どう思ったのだろう。仮に、契約結婚をしたとしたら。他の男性でも同じようだったのだろうか。
そう考えると、それまで見ないようにしていた心の奥底にある答えがうっすらと見えてくる。だが、それをどうにも自覚をすることがエレインには難しい。
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