敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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37.揺れる心(1)

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「うう……」

 その日、エレインは珍しく終日苦々しい表情で過ごしていた。

 朝、アルフォンスと鍛錬所で手合わせをした後、彼女はそのまま床の上で眠ってしまったのだ。しかも、アルフォンスも一緒に。彼はきっとああは言っていたが、昨晩早く眠れはしなかったのだろう。自分のせいで彼に早起きを強いてしまった。申し訳なかった……そう思うと共に、自分までがあのまま眠ってしまったことを深く反省をしていた。

 彼の手で撫でられているうちに、自然に瞳が閉じられ、そのまま自然に眠ってしまった。そんなことが許されるのだろうか。いや、誰が許しても、自分は許さない。失態だ。そして、それを騎士たちに発見されるなど、とんでもない。人の足音で自分が目覚めなかったなんて。いや、問題はそれではなく……と、彼女にしては珍しくぐるぐると朝から同じことを考えていた。

 騎士たちが来て、驚いてアルフォンスは起きた。それから、エレインも少し遅れて起きた。すまんすまん、とアルフォンスは笑っていたが、騎士たちからすれば笑えない。いくら王城内とはいえ、国王がふらふらと一人で床の上で眠っているなんて、一体護衛騎士たちは何をしていたのか……という話になるからだ。

 それをどうにか収めて、アルフォンスはエレインに「さあ、戻ろうか」と言って額にキスをした。そんなことを彼がすることは珍しくて、エレインは驚いた。多分、頬が紅潮してしまったに違いない。そもそも、騎士たちと会話をしている間、ずっとアルフォンスは彼女の手を握っていたのだから。

(こ、告白、を、したから、浮かれていたのか……それとも、騎士たちに見られるまでが、まるごと、アルフォンス様の思惑通りだったのか……)

 それについては、寝室に戻るまでに確認をした。彼は笑って「まさか。そんなことのために、床で寝る王がどこにいる」と言った。それもそうだ。彼は基本的にエレインに嘘をついたことがない。指を美しいと言う言葉を信じるならば、だけど。

(本当に、わたしを、好きだと……?)

 考えないようにしようとして、だが、考えなければいけないと思う。だが、その直後に「それは考えるようなことなのだろうか」と何かが彼女の中で警鐘を鳴らす。

 何も変わらない。告白をされてもされなくても、同じように過ごせばいい。同じように接すればいい。その思いもあったが、それは出来ないとなんとなく思う。そう、すべてがなんとなく。明確な答えはどこにもなかったが、まだ、何かが自分の内側にくすぶっている気がする。それが一体何なのか、彼女はわかっていなかったけれど。



「いささか、上の空のご様子ですね」

 ターニャに冷たく言われたが、今日のエレインはそれに逆らうような気力もない。彼女は素直に謝罪をして

「体調が思わしくないようで」

と嘘を言った。もちろん、ターニャは王族たるもの……とそれに関してすらぐちぐちと言い続けたが、いつものようにエレインが反論をしないので、いささか物足りなくなったようだった。本来は、そうであった方がターニャにとって都合が良いはずなのに、いざそうなると少なからず怖気づくぐらいには、エレインは彼女に歯向かっていたということなのだが。

「失礼いたします」

 ターニャはそう言って、エレインの手をとった。手首に手を回して、脈を計っているようだった。

 本来、王族の体に触れるには、許可が必要だ。だが、エレインは特に何も言わないし、ターニャもまた、自分はそれぐらいのことは普通に出来る立場なのだと言いたげに、多くの許可を取らない。普段のエレインなら、それを呆れて一言二言返しただろうが、今日の彼女はしおらしく「はい」と言って任せるだけだった。

「脈は速くもなく。手も熱くはなく……あら?」

 彼女は、エレインが長袖の下につけていた天恵除けのブレスレットに気付いたようだった。

「装飾具は隠してつけるものではございませんよ」

 そう言って、手を離す。が、エレインは「そうですか」と答えるだけだった。これは、ますますもってよろしくない、とターニャは判断をして

「早急に医師を呼ぶことをお勧めいたしますが」

とだけ告げた。自分の授業中にでも倒れられて自分が何か疑われたら。そんな風に彼女は思ったのだが、それすらエレインはよくわかっていない。

「はい。後で……」

「そうですか。では、早いですが、今日はここまでといたしましょう」

「わかりました。本日もありがとうございました」

 しおらしく礼をするエレインを、ターニャはまるで化け物でも見るかのように、眉をひそめ、口を半開きにして見ていた。ある意味、淑女であるはずの彼女にそのような顔をさせたのは快挙だったのだが、残念なところエレインはそれに気づかなかった。
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