褐色の歌姫は竜頭の戦士に恋をする

今泉香耶

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8.竜頭の戦士からのプロポーズ

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 2人分の茶とクッキーを並べ、ハンナはアルロの部屋を出て行く。扉の外の騎士を含めて人払いをし、誰にも聞かせるつもりがない旨をはっきりと示すアルロ。余程の話なのだな、とイーヴィーの緊張は高まったが、緊張したって話の内容が変わるわけでもなし、とちらりといつもの楽観的な考え方も戻ってきて、まずは茶を飲んで心を落ち着ける。

「すまなかった。あなたにマーキングもしていないのに、迂闊にダリルを近づけてしまったのはわたしの油断だ。普段誰かが訪れることなぞないし……本来、わたしの一族は魔界召集と縁がないため、マーキングのこともみな知らないのだ」

「え?」

「我々の一族が魔界召集の対象になったのは今回が初めてだし、そもそも我々には本来不必要なので、わたし以外の者はあまり詳細を知らなくてな」

 魔界召集の目的は、高位魔族がもつ独自の強力な魔力を継承するため、魔力をまったく持たない人間の女性に後継者を産ませる、というものだ。生物としての人間が弱いのか、母親側の遺伝がほとんど引き継がれないため、同族婚姻で生まれた子供よりも強い個体が必ず生まれるらしい。

 だが、竜人族は元々人間界にいたため、魔族達と事情が違う。要するに、人間の伴侶だろうが竜人族の伴侶だろうが彼らの一族は構わないのだ。だから、歴代の魔界召集の対象に竜人族当主は含まれていなかったのだ。

「竜人族は他の魔族からは魔界のならわしを軽視していると思われている。軽視と言うよりは、我らには意味がないことが多いだけなのだがな。が、婚姻に関しては、相手が人間でなくてはならない理由はないが、人間では駄目だという理由もない。ゆえに、魔族からの不満をたまには軽減させようということで、魔王様より今回は魔界の流儀に従うのはどうかと打診があった」

 成る程、そういう意味では完全にアルロにとっては、これは他の魔族よりも更に自分の意思と関係ない政略結婚なのか、とイーヴィーは理解をする。

「タイミング悪く、それへの返事をする前に、死霊達が溢れ出たと報告を受け討伐に出たら、相手がちょっと特殊な手合いで長引いてしまってな。返事がないことは肯定ととられ、頭数に入れられていたようだ」

 やはり、自分を娶ることについてアルロは積極的ではなかったのだ。頭数に入れられてしまったので仕方なく、ということなのだろう。ならば、もうマーキングは不要とされた時点で彼女と同じ部屋で寝なくなったのも、この先の話すらしないことも理解が出来る気がする。
 イーヴィーは胸の奥につきんと痛みを感じた。が、それを知らせないように「そうだったのですか」と、ただただ話を聞いている、という意思表示だけを見せるように努めた。

「で、だ。ダリルはダリルで知らないことがあってな……」

 アルロは黙り込み、うう、と唸る。

 言いたくない、という気持ちが滲んでいるが、それは不快な雰囲気ではない。どうも、それは照れに近いものではないかとイーヴィーは気付いた。彼の顔には「顔色」というものはないし、目は左右に離れてついているため表情を人間のようにとらえにくいが、大きな口の歪み方や頭の傾げ方を見ると少しずつ彼女もわかるようになってきたのだ。

「竜人族は、発情期があってだな」

「発情期ですか」

「うむ。年に数回、大きな発情期が周期的に来て……普通の竜人族ならそうでもないのだが、わたしの場合は結構その、顕著に現れやすく……」

 話の雲行きが怪しい、とイーヴィーは僅かに眉根を寄せた。

 え、どうしよう。やたらとんでもなく激しくなるとか、発情期に相手をしたら腹上死させられるほどの非常事態になるとか、それとも……あれこれと想像をしてしまうが、彼の答えはとんでもない斜め上のものだった。

「どうにも、その、恐ろしく、食べてしまうのだ」

「……はい……?」

「大量に、食べる。特に、肉を」

 恐ろしく。大量に。それは毎日の彼の食事でわかっていた。だが、それよりも食べると言っているのならば、それは確かに「恐ろしく」という表現がぴったりなのだろう。

「それの何が困るかというとだな……戦場で、十分に食べられないと力が出なくなるし、食べるための兵糧を確保するのも、骨が折れる」

 照れ隠しなのだろう。アルロは皿に並べられているクッキーを5つほど一気に掴んで、ざらざらと大きな口の中に流し込んだ。もぎゅもぎゅと噛み砕き、茶で流し、それから、ようやく話を続ける。

「わたしは魔界の守護者と呼ばれるため、こればかりは外部に漏らしてはいけない秘匿なのだ。それゆえ、わたしは発情期を平均的に散らすために、日々薬膳スープを飲んでいるのだが……」

「……ああ! あの、どろどろのですか!」

「そうだ。だが、戦場に行くことになったら、もっと強い効能のもので完全に抑え込む。それをすると、しばらくの間……」

 そこで更に言い淀むアルロ。イーヴィーは先を促すように「しばらくの間」と繰り返した。ついに観念したように、アルロは、ぎりぎり彼女が聞き取れるほどの小さな声で、彼女が納得せざるを得ない言葉を放った。

「精子が、子種なしになる。それでは、どれほどあなたの中に放とうと、マーキングにならない」

 成る程すべて合点がいった、とイーヴィーは「ああ」と間抜けな声を出した。

 ダリルはアルロの事情を知らないからマーキングをけしかけるし、使用人達はマーキングのことを知らないからダリルを警戒せず、さすがにアルロ様の妻である彼女に手を出すなんて可能性なぞわずかにも思わずに彼女と二人きりにさせてしまったというわけだ。

「それで、だな。今日あたりから、そろそろ子種が出来ているだろうと思い、その……ええい、あまりこういう話は得意ではないのだが……」

 手の平に乗るほどの木製の小箱をごそごそと取り出すアルロ。

「本当は、これをあなたに渡してからこの話をしたかったのだ。ダリルのせいで、順番が逆になってしまったが……開けて見てくれ」

 アルロから受け取り、イーヴィーは高鳴る胸を押さえながらその小箱を開いた。

「まあ……! 指輪……」

 小箱の内側にはしっとりとした肌触りの紺色のビロードが貼られており、中央の台座には花の形に黄色い石があしらわれている、可愛らしくも品がある指輪がはめ込まれている。

「あなたの国がどういったものを婚約やら結婚の時に贈るものなのかはわからないのだが、我らは指輪を男性が女性に贈るのだ。その……これを選んでいて……遅れてしまってな……」

「そうだったんですか」

 思いもよらないことにイーヴィーは呆気にとられ、その可愛らしい指輪をじっと見つめるばかりだ。どんな風に、どんな表情で、何を思って彼がそれを選んでくれたのだろう。そっとアルロに視線を移すと、彼は気恥ずかしそうに、けれどはっきりと告げた。

「あなたがここに来た日、赤い花を髪に挿していただろう。赤い花のモチーフも良いと思ったが、あの赤は髪の色にあっていて、本当にあなたの指に似合うのは、あの日着ていたドレスの色に思えたのでな。だから、この色にした。受け取っていただけるだろうか」

 なんてことだ、とイーヴィーは涙目になって彼をみつめる。

 あの日は何もかもがめまぐるしく、彼は彼で怪我で苦しんでいたはずなのに。なのに、自分のドレスの色を、髪に挿した花の色を。魔界に来る時に選んだドレスは、唯一自分が持ち込めるものであり、どんな相手あろうが「嫁ぐため」のドレスとして、それなりの思いで選んだものだ。それらを彼が覚えていてくれたことが嬉しくて、胸が苦しくなる。

「嬉しいです。とても、とても素敵。どの指にすれば良いのでしょうか」

「うむ。サイズが合わなかったら後で職人に直してもらえるが……正式にはこの指だ」

 アルロは彼女の左手をとって、中指に指輪をそっと通した。サイズはほぼぴったりで、直してもらう必要がないように思える。イーヴィーは愛しげにその指輪に口付けた。

「ありがとうございます。似合っています……?」

「うん。あなたの肌色に、とても、よく。受け取ってくれてありがとう」

 アルロもまた、はにかみながら嬉しそうに見える。

 ああ、そうだ、肌の色。彼の言葉で思い出したイーヴィーは、これだけ彼が打ち明けてくれたのだから、自分も心の内を話して、彼から真実を聞きたいと勇気を奮い起こした。

「あの、アルロ様、一つお伺いしたいことがあるんです」

「うん?」

 指輪をちらりともう一度見るイーヴィー。本当にこの指輪を選ぶ時に、自分のこの褐色の肌を思い描いてくれたのだと思えば、ここで聞かなければきっと後悔をするだろう。

「わたしは、集められた令嬢の中で最後に残ってしまったので……きっと、この肌は、魔界ではあまり……その……顔だとか、肌だとか、何か……どこか、足りないところがあるのではないかと思っていて……だから、わたしはマーキングしていただけないのかと思っていたのですが……お気に召さないことが、おありでしょうか……」

「? ……ああ、そんなことか」

 アルロは目をキョロっと動かし、意外そうにあっさりと言った。

「わたしにとっては重要なことなんです」

「そうだな。確かにあなたの肌色は好まれないので、あなたが残った理由はそれだろう。だが、それは、魔界召集で積極的に娶る必要がある高位魔族の話だ」

「……え?」

 一瞬「やっぱり」と胸が痛んだ。覚悟を決めて聞いたのに「好まれない」と彼の口から言われることは、やはり彼女には耐えられなかった。が、どうも話が違うようだ。

「高位魔族は、自分の遺伝子だけを出来る限り引き継がせたい。だから、わざと弱い、魔族からすれば劣性と言われる人間の女性を欲するわけだろう。そうなると、その中でもわかりやすく外見で『その他大勢と違う』特徴があると、警戒する」

「警戒」

「ああ。もしかしたら女性側から強く受け継ぐものが多少あるのかもしれない、と。たったそれだけの理由だ」

 そんなことか、とあっさり言い放ちはしたものの、アルロの説明は丁寧で優しかった。

「肌色なんてものは、国の位置だとか単なる色素の問題だったりでそう大した話ではない。竜人族ももともとの居住地ごとに鱗の色が違う。乾いた場所にいた者達、暑い場所にいた者達、など、いくつも細分化されて、まったく違うのだし、それと一緒なのだがな。わたしが言うことは、理解出来ているかな?」

「はい」

「よろしい。わたしは人間の女性だろうが竜人族の女性だろうが関係がない、あなたの肌色が何色なのかなぞ、もっと関係がない。だが、あなたの肌色のおかげであなたは最後まで残って、一番適切な相手のところに来た。ありがたいことだ。それに、何より、どちらかと言えばわたしはあなたのその肌が好きなので、そんなことで悩んでいたとは、これっぽっちも思いもよらなかったぞ」

「ああ……良かった……安心しました……」

 安堵の息をついて、とっ、とソファに体を沈めるイーヴィー。不安を解消され、疑問に思っていたことがあれこれわかって体の力が抜ける。そうか、彼がマーキングをしなかったのも、怪我が治った後も体を重ねる話をしなかったのも、全て事情があったのか。が、次の瞬間、はっと彼女は体を起こした。

「あの、アルロ様」

「うん?」

「先ほど、あの……今日あたりから、そろそろ、と、あの……」

「……まあ、なんだ。別にそれがあるとかないとかも、あまり関係がなく。どちらかと言えば……あなたに指輪を渡して、あなたに受け入れてもらってから、その体に触れることを許してもらおうと思っていたのでな……その、改めてだが、わたしの妻になってもらえないだろうか、イーヴィー」

「!」

 なんと優しくて誠実な人なのだろう、とイーヴィーの胸は締め付けられ、気付けばほろほろと大粒の涙が溢れていた。当然、アルロは慌てて「泣くほど嫌なのか!?」と叫んだけれど、彼女は「嬉しくて泣くほど、あなたが好きなんです!!」と叫び返して、気が済むほどわんわん泣いた。

「そんな雑な告白があるか」

 アルロに笑いながらそう言われても、なかなかイーヴィーは泣き止むことが出来ない。
 だが、そんな彼女を無理に泣き止ませず、怒りも呆れもせず、アルロはハンナを呼んで「クッキーを追加で持ってきてくれ。彼女が好きな種類のものを」と、更に笑いながら依頼をしたのだった。
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