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3話 顔合わせ

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 家を出た私達は王宮に向かった。母は里帰り、父は毎日通っている職場だ。

到着すると、出迎えに出てくれていた陛下の側近で、父の同僚である、レオナルド卿が案内してくれた。

 私と母は妖精のような姿なので目を引くらしく、廊下を歩いていると皆、ちらちらこちらを見ている。

 私達は王家のプライベートエリアにある、ファミリーサロンに通された。

「ビアン、ディー、久しぶりだな。相変わらず二人とも可愛いのぉ」

 国王陛下は私達をぎゅっとハグする。

「お兄様、お義姉様、ご無沙汰しております。この度は我が娘、ディートリントに過分な縁組を王命でいただき、ありがとう存じます」

 母は貴族特有の心のこもっていない笑顔で陛下達に挨拶をすると、陛下は眉を下げた。

「ビアンは怒っているのであろうな。でも私はディーに1番良い嫁ぎ先だと思って決めたのだ。アルは良い奴だ。きっとディーとなら良い夫婦になれると思う」

 伯父(国王陛下だけど)は母を溺愛している。年の離れた、見た目は可憐な妹が可愛くて仕方がないらしい。

「仕方がないわね。でも、お兄様、もし、ディーが向こうで虐げられたら、私はお兄様を許さないわよ!」

 いやいや、伯父様は関係ないだろう。伯母(王妃殿下)がふたりの間に寄って入った。

「まぁまぁ、相変わらず仲がよろしいわね。その話はそれくらいにして、謁見室に参りましょう。アルトゥールが待っているわ」

 伯母は私に『全く困ったふたりだわね』というような顔をしたので、私も『ほんとに困った兄妹だわ』というような顔をして返しておいた。
 ふと見ると、父も同じような顔をしていたが、母に弱い父はふたりに意見はできないので、ここは伯母に仕切ってもらうしかない。

「そうね。義姉様のいう通りだわ。感情的になってごめんなさいね。謁見室に参りましょう」

 母が伯母に謝りその場は収まった。


 謁見室に入ると、ソファーに座っていた辺境伯閣下らしき人が立ち上がった。デッカい。父もまぁまぁ大きいがそんなどころではない。さすが辺境の地で生きる男はスケールが違う。私はなんだか感動してしまった。

「アル、楽にしてくれ、こちらが我が姪のディートリント・アイゼンシュタットだ。ディー、こちらは辺境伯のアルトゥール・グローズクロイツだ。ふたりには王命で婚姻してもらう。仲良くするように」

 仲良くするようにって言われても、閣下は困っているようだ。

 辺境伯閣下はまた立ち上がった。

「初めてお目にかかる。辺境伯をしておりますアルトゥール・グローズクロイツと申します」

 そう言って礼をとった。身体が大きいせいか威圧感が半端ない。子供やメンタルが弱い人なら泣き出すんじゃないか? まぁ、ここにいる人は皆、鋼のメンタルだし、親戚だから大丈夫なのだろう。

 私も立ち上がった。背の高さが閣下の胸辺りまでもないかもしれないな。超大柄の閣下と小柄な私とはかなりの身長差だ。

「アイゼンシュタット家長女、ディートリントでございます。よろしくお願いします」

 カーテシーを綺麗にきめた。

 辺境伯閣下は私の姿を見て、息を呑んだ。あ~、外見に騙されたな。

 まぁ仕方ないか。それにしても閣下は綺麗な顔だ。良い言い方をすると、涼やかな目。悪い言い方だと冷たい目だな。身体が大き過ぎて、皆、顔にまで目がいかないのかもしれないが、普通の細マッチョだったらきっとモテただろう。でも、この威圧感と身体から漏れる冷気はちょっと引くなぁ。やはり、父が言っていたように水属性か氷属性の魔法を使うのだろう。

「では、あとはふたりで話をするがよい。庭にでも行ったみたらどうか。今はガゼボから見える薔薇が綺麗だぞ」

 伯父はにこやかに微笑み、辺境伯閣下のお尻を叩いた。

「アル、ちゃんとエスコートするのだぞ」

「はい」

 辺境伯閣下が手を出してくれたので、とりあえず手を乗せる。手の大きさの違いに思わず笑いそうになった。


 庭に出るまで辺境伯閣下は無言。口ははくはくしているので、何か話そうとしているようなのだが、言葉が出ないようだ。

ガゼボではお茶の用意をしてくれていた。

「閣下、ガゼボでお茶の用意をしてくれているようですわ。参りましょうか?」

「あぁ。そうしよう」

 やっと喋ったな。

 椅子に座るとメイドがお茶を淹れてくれた。

 本来なら殿方が口をつける前に飲むのはマナー違反だが、この人なかなか飲みそうもないので、先にいただくことにした。

「いただいてもよろしいですか?」

 辺境伯閣下はちょっと焦った感じでカップを手に取る。ガチャリと音を立てた。

「無作法で申し訳ない。飲んでくれ」

 この人、可愛いなぁ。

 顔以外は好きなタイプなのだ。それに子供が二人もいるくせに、女慣れしていない感じもたまらない。

「閣下は私でよろしいのですか? 王命とはいえ、私のような出戻りを押し付けられお困りでしょう?」

 どう見ても困っている。

 閣下は顔を上げ、私の顔を見て、また俯いた。

「いや、あなたの方こそ、迷惑だろう。私は妻に逃げられた子持ちの男やもめだ。年も離れている。それにあなたのような可憐な令嬢が危険な辺境の地に嫁ぐなど無理だ。あなたは前の結婚で辛い思いをして傷ついたと聞いている。私は無骨で女性の心の機微がよくわからない。きっとあなたを傷つける。だから、この縁談はなき事にするよう陛下にお願いするつもりだ」

 良い人だな。本当に良い人だ。一生懸命に言葉を選んで話してくれている。

 この人に傷つけられることなんかないだろう。傷つけるなら私の方だな。私はにっこりと微笑んだ。この際、気になることは聞いてしまおう。

「まだ奥様に気持ちがあるのですか?」

 閣下が顔を上げた。

「それはない。私と元妻は政略結婚のようなものだった。子供の時からの婚約者で結婚するのが当たり前だと思っていた。私は妻を大事にしているつもりだったが、妻からしてみればそうではなかったのだろう。申し訳なかったと思っている。そんな私があなたを幸せにできるとは思えない。あなたにもきっと辛い思いをさせてしまう」

 閣下は優しい人だな。真実の愛かなんだか知らないけど、子供を置いて男と逃げるような人だよ。本当なら子供を連れて逃げるだろう。まぁ、私には理解できない何かがあるのだろうけどね。

「閣下は傷付いておられるのですね。私は前の結婚で傷付いてはおりません。『君を愛することはない。私には愛する人がいる』と元夫に言われたのでぶん殴って実家に戻りました。私は外見が弱々しいので、皆さん勘違いをなさっているようですが、中身は鋼のメンタルで、剣も体術、馬術も子供の頃から鍛えています。閣下には及ばないと思いますが、これでも武門のアイゼンシュタット家の娘です。辺境の地でもお役に立つと思います」

 私の言葉に閣下は目を丸くして固まっている。

 ダメだ。可愛すぎる。

 私は閣下のデッカい手を握りしめた。この握力で体感して頂戴。

「ねっ?」

 閣下は目を白黒させながら何度も頷く。

「私は火と風、そして土の属性を持っています。それに回復魔法も使えます。妻として気に入らないのなら、使用人として置いていただいても構いません。辺境の地は私にぴったりかもしれないと陛下に言われました」

 私の言葉に閣下はブンブンと首を振る。

「使用人などとんでもない」

「では、私と結婚しましょう。閣下にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、私はきっと楽しくなるような気がします。閣下諦めて下さいませ」

 この人となら結婚しても楽しくなるような気がした。でめ、閣下はまだぐずっている。

「し、しかし。私は子持ちだし……」

「母にはなれないかもしれませんが、友達にならなれると思います。お互いに無理はしない。それで行きましょう」

 閣下は苦笑いをしている。

「全くあなたという人は。後悔しますよ」

「後悔はしません。ダメだと思ったらその時に考えればいいのです。やってもいないのにダメと諦めるのは嫌なのです」

 私は閣下の両手を握りしめた。閣下の威圧感や冷ややかな空気はもうなかった。どちらかといえば私の威圧感の方が強いかもしれない。

「私の妻になってもらえますか?」

 遠慮気味に小さな声で閣下が言う。

「はい。私の夫になってくれますか?」

「努力します」

「閣下、そこは『はい』ですわ。何かあれば話をして下さい。話すのが難しいなら手紙をください。拳で語り合うのもいいですね。とにかくコミュニケーションは大事です。そこはお互いに努力しましょう。できますか?」

「は、はい!」

 大きな声で良いお返事をいただきました。

 閣下は赤い顔をしながらお茶をひと口飲み、私の顔を見た。

「閣下ではなく、アルトゥール、いや、アルと呼んでほしい」

「では、私のことはディーと。アル様、末長くよろしくお願いします」

「こちらこそ、迷惑をかけると思うがよろしく頼む。その……ディー」

 あぁ、もう可愛すぎる。まさか、辺境伯閣下がこんな人だなんて思いもしなかった。お飾りの妻でもいいか、辺境の地は面白そうだと思い、王命を受け入れるつもりだったけど、こんなに可愛い人のお飾りの妻なんてまっぴらごめんだ。

 真実の愛の元奥様、愛に走ってくれてありがとう。アル様を捨ててくれてありがとう。

 私は空に向かって見たこともない元奥様にお礼を言った。


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