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隣国ヘーラクレール編
29 無料の魔力かもしれません
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神殿の裏庭の隅にこんこんと湧き出る泉がある。水深は浅く、シロ様が入って水浴びをするのにちょうどいい。指先からひじ辺りまでの大きさしかない小さな泉だけれど、底石の隙間から湧いているお水は冷たくて長時間手を付けていると痺れるくらい。
「神官長様、あれです」
「むむ……? いつからあんな所に泉があったのですか?」
「以前からではないでしょうか? 周りに生えている草も急に伸びた訳でもないようですし」
「まったく気が付きませんでした」
「ジーッ! (アーサー早く~)」
「水浴びかな? お風呂は気持ちいもんな」
「ジッジッ(おててつけたらきっとすぐよくなるよ)」
シロ様に急かされて、先を歩くアーサーの後ろから私と神官長様がついてゆく。なぜこんなにわかりやすいのに気が付かなかったか、もしかしたらそれがこの神殿に祀られている神様のご意思だったのかもしれない。
「そう……ですね」
「ええ、きっとそうでしょう。必要な時が来るまで隠されていたのだと思います」
ヘーラクレールは地下に毒竜の遺骸が眠っているのに、この地下から湧き出している水はとても澄んでいて毒素の一欠片も感じられない。その時点で不思議な力があると思っていいだろう。
「お、冷たくて気持ちがいいなあ」
「ジー……(ちょっと冷たすぎかも~)」
「……ほんとだ、火傷の赤味が取れた。痛くないよ、シロ」
「ジッ! (良かった~)」
本当に不思議な力があるようで、アーサーの火傷はかなり落ち着いたようだった。きっとすぐよくなるだろう。
「この泉の水で薄めましょう。出来上がったポーションはあのままでは効きすぎる」
「効きすぎる薬は毒と変わりませんものね」
「じゃあ水も運ぼう」
神殿の入り口でメリンダさんとトリルさん、そしてたくさんの神官さん達が薄めた特製ポーションを配り始めた。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 光臨なされた神獣様のお恵みだよ! なんと無料!」
「……無料……」
良く響くトリルさんの美声でも怪しい呼び込みだったけれど、やっぱり無料という言葉は甘美な響きがあるらしく、近くにいた主婦がぴくりと耳を傾けた。
「喉がイガイガするそこのあなた! なんだか頭が重いな、と悩みそこのお方! この神獣様のお水を飲めばちょっとだけ気分が晴れて明日も頑張れる! そしてタダ!」
「タダ」
「タダ……」
今度は耳だけじゃなくて顔もこちらに向けている……これが吟遊詩人の力なんだ!
「ただーし、神獣様は聖女不在の今、あまり力が溜まっていません。だからすこーししか効き目がない……でも無料! 試してみませんか~!」
「無料なら……」
「神殿で配るものにおかしなものはないだろうし……無料」
本当は無料の響きに釣られているのかもしれないけれど、にこにことコップを差し出す神官さん達の日頃の行いの良さも信用されることの一つ。
「私達も飲みましたけれど、スーッとするんですよ、あと香りがいいです」
「色もきれいなんですよ。薄い緑色で……ほら、見てくださいきれいでしょう?」
神官さん達の前にある樽には薄めた特製ポーションがなみなみと入っている。皆で飲み比べながら薄めて行ったらお鍋二つ分だったポーションは大きな樽に20個分になってしまったのだ。
「もっと薄めた方が良いかもしれません、これの10倍くらいには」
「えっ! そんなにですか!?」
「ええ、私達神官と、レッセルバーグから来られてこの国の毒に当たっていた期間の短いマーガレッタ様達は街の人々に比べて毒気に晒される期間が違うと思うのです。神殿は街に比べてずっと清浄です……しかし街は……」
「確かに街は酷かったわよ、私ももっと薄くした方が良いと思う」
実際に街を見て来たメリンダさんとトリルさんの助言も聞き入れ、配る時にもっと薄めようと決まった。
「ジッ! (いっぱいのんでもらえるね!)」
「あはは……作りすぎちゃったかしら?」
ああ、この国には私を止めてくれるカメリアもロジーさんもグラナッツお祖父様もいなかったんだった……。
「神官長様、あれです」
「むむ……? いつからあんな所に泉があったのですか?」
「以前からではないでしょうか? 周りに生えている草も急に伸びた訳でもないようですし」
「まったく気が付きませんでした」
「ジーッ! (アーサー早く~)」
「水浴びかな? お風呂は気持ちいもんな」
「ジッジッ(おててつけたらきっとすぐよくなるよ)」
シロ様に急かされて、先を歩くアーサーの後ろから私と神官長様がついてゆく。なぜこんなにわかりやすいのに気が付かなかったか、もしかしたらそれがこの神殿に祀られている神様のご意思だったのかもしれない。
「そう……ですね」
「ええ、きっとそうでしょう。必要な時が来るまで隠されていたのだと思います」
ヘーラクレールは地下に毒竜の遺骸が眠っているのに、この地下から湧き出している水はとても澄んでいて毒素の一欠片も感じられない。その時点で不思議な力があると思っていいだろう。
「お、冷たくて気持ちがいいなあ」
「ジー……(ちょっと冷たすぎかも~)」
「……ほんとだ、火傷の赤味が取れた。痛くないよ、シロ」
「ジッ! (良かった~)」
本当に不思議な力があるようで、アーサーの火傷はかなり落ち着いたようだった。きっとすぐよくなるだろう。
「この泉の水で薄めましょう。出来上がったポーションはあのままでは効きすぎる」
「効きすぎる薬は毒と変わりませんものね」
「じゃあ水も運ぼう」
神殿の入り口でメリンダさんとトリルさん、そしてたくさんの神官さん達が薄めた特製ポーションを配り始めた。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 光臨なされた神獣様のお恵みだよ! なんと無料!」
「……無料……」
良く響くトリルさんの美声でも怪しい呼び込みだったけれど、やっぱり無料という言葉は甘美な響きがあるらしく、近くにいた主婦がぴくりと耳を傾けた。
「喉がイガイガするそこのあなた! なんだか頭が重いな、と悩みそこのお方! この神獣様のお水を飲めばちょっとだけ気分が晴れて明日も頑張れる! そしてタダ!」
「タダ」
「タダ……」
今度は耳だけじゃなくて顔もこちらに向けている……これが吟遊詩人の力なんだ!
「ただーし、神獣様は聖女不在の今、あまり力が溜まっていません。だからすこーししか効き目がない……でも無料! 試してみませんか~!」
「無料なら……」
「神殿で配るものにおかしなものはないだろうし……無料」
本当は無料の響きに釣られているのかもしれないけれど、にこにことコップを差し出す神官さん達の日頃の行いの良さも信用されることの一つ。
「私達も飲みましたけれど、スーッとするんですよ、あと香りがいいです」
「色もきれいなんですよ。薄い緑色で……ほら、見てくださいきれいでしょう?」
神官さん達の前にある樽には薄めた特製ポーションがなみなみと入っている。皆で飲み比べながら薄めて行ったらお鍋二つ分だったポーションは大きな樽に20個分になってしまったのだ。
「もっと薄めた方が良いかもしれません、これの10倍くらいには」
「えっ! そんなにですか!?」
「ええ、私達神官と、レッセルバーグから来られてこの国の毒に当たっていた期間の短いマーガレッタ様達は街の人々に比べて毒気に晒される期間が違うと思うのです。神殿は街に比べてずっと清浄です……しかし街は……」
「確かに街は酷かったわよ、私ももっと薄くした方が良いと思う」
実際に街を見て来たメリンダさんとトリルさんの助言も聞き入れ、配る時にもっと薄めようと決まった。
「ジッ! (いっぱいのんでもらえるね!)」
「あはは……作りすぎちゃったかしら?」
ああ、この国には私を止めてくれるカメリアもロジーさんもグラナッツお祖父様もいなかったんだった……。
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