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エピローグ
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タイヤの焦げる匂い。腹の底に響くようなエンジン音。何度来ても興奮する。レースメカニックとして働き始めて早くも三年の月日が経った。シーズンオフはガレージでの作業が多かったけれど、シーズン中はチームとともに全国のサーキットを転々とする。入ったばかりの頃は雑用ばかりでレースに同行させてもらうこともできなかったけれど、ようやく現場に呼んでもらえるようになったのだ。
「工藤、お前もそろそろ飯食ってこい。今日のケータリング、最高にうまいらしいぞ」
先輩たちの評判にそりゃそうだよ、と心の中で呟く。区切りのいいところまで終わらせ、汗を拭いながらテントに向かう。
「タクミ、おつかれさま」
「工藤君、久しぶり」
梨花さんは大学卒業後、独学で料理の勉強をして、自分の店を開いた。鈴音も今はそこで働かせてもらっていて、今日はふたりがケータリングで来ているのだ。
「タクミの分は大盛りだ」
「鈴音ちゃん、贔屓はダメよ。それにしても工藤君、随分と逞しくなったのね」
自分では気づかなかったけれど、そう言われてみれば工場で働いていたころよりがっしりしたのかもしれない。レーシングカーのタイヤは普通車のものより重量があるし、それを片手で持てるくらいじゃないとスムーズなタイヤ交換はできない。体力勝負のこの仕事をやっていくために、筋トレも欠かせなくなった。
「そうかも。工場のみんなは元気?」
「だいぶ人の入れ替えあったけどね。吉野さんもついに自分の工場持つんだって出ていっちゃった」
「そうなんだ。あ、田辺さんとはどうなの?」
実は田辺さんからはちょくちょく連絡が来ていて、もう何度も梨花さんに告白してはフラれているらしいと聞いた。落ち込むどころか全然楽しそうなのが不思議でしょうがないけれど。
「うーん、わたしと付き合うからには、いずれはお父さんの跡継ぎになってもらわなきゃいけないでしょ。だからね、もっと頑張ってもらわないと。でも、そろそろかな」
そう言いながら、梨花さんは幸せそうに笑った。なんだ、そういうことか、と納得する。どうやらふたりの距離は着実に近づいているらしい。
「おい、工藤。あの綺麗なお嬢さん方と知り合いなのか? 後で紹介してくれよ」
料理を乗せたトレーを持ってテーブルに着くと、先輩たちに囲まれる。
「だめです。僕の恋人と、友人の恋人なので」
梨花さんのほうはまだ正式には恋人じゃないみたいだけど、これくらいの嘘は問題ないだろう。テントのほうを振り返ると、鈴音が手を振っていた。
「タクミ、大好きだ」
「僕も、鈴音が大好きだよ」
鈴音より大きな声で言い返してやった。
「工藤、お前もそろそろ飯食ってこい。今日のケータリング、最高にうまいらしいぞ」
先輩たちの評判にそりゃそうだよ、と心の中で呟く。区切りのいいところまで終わらせ、汗を拭いながらテントに向かう。
「タクミ、おつかれさま」
「工藤君、久しぶり」
梨花さんは大学卒業後、独学で料理の勉強をして、自分の店を開いた。鈴音も今はそこで働かせてもらっていて、今日はふたりがケータリングで来ているのだ。
「タクミの分は大盛りだ」
「鈴音ちゃん、贔屓はダメよ。それにしても工藤君、随分と逞しくなったのね」
自分では気づかなかったけれど、そう言われてみれば工場で働いていたころよりがっしりしたのかもしれない。レーシングカーのタイヤは普通車のものより重量があるし、それを片手で持てるくらいじゃないとスムーズなタイヤ交換はできない。体力勝負のこの仕事をやっていくために、筋トレも欠かせなくなった。
「そうかも。工場のみんなは元気?」
「だいぶ人の入れ替えあったけどね。吉野さんもついに自分の工場持つんだって出ていっちゃった」
「そうなんだ。あ、田辺さんとはどうなの?」
実は田辺さんからはちょくちょく連絡が来ていて、もう何度も梨花さんに告白してはフラれているらしいと聞いた。落ち込むどころか全然楽しそうなのが不思議でしょうがないけれど。
「うーん、わたしと付き合うからには、いずれはお父さんの跡継ぎになってもらわなきゃいけないでしょ。だからね、もっと頑張ってもらわないと。でも、そろそろかな」
そう言いながら、梨花さんは幸せそうに笑った。なんだ、そういうことか、と納得する。どうやらふたりの距離は着実に近づいているらしい。
「おい、工藤。あの綺麗なお嬢さん方と知り合いなのか? 後で紹介してくれよ」
料理を乗せたトレーを持ってテーブルに着くと、先輩たちに囲まれる。
「だめです。僕の恋人と、友人の恋人なので」
梨花さんのほうはまだ正式には恋人じゃないみたいだけど、これくらいの嘘は問題ないだろう。テントのほうを振り返ると、鈴音が手を振っていた。
「タクミ、大好きだ」
「僕も、鈴音が大好きだよ」
鈴音より大きな声で言い返してやった。
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今回の改稿では情報を出す箇所やペースを見直したので、今までより置いてけぼり感がなくなったはずです笑
そして、鈴音を可愛がっていただき、ありがとうございます!
とってもハッピーな気持ちになれる終わり方でにんまりしちゃいました!
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大福が鈴音を引き止めてくれたシーンが好きです。
素敵なお話をありがとうございました!
りろさん、最後まで読んでいただきありがとうございます!
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