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11.君がいない部屋で僕はひとり
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ロッカー室に入ると、ちょうど田辺さんが着替え終わったところだった。僕の気配に気がつくと、振り向いて挨拶してくれた。
「あ、工藤。これ、試験直前に俺が使ってたやつ、やるよ。古いから役に立つかはわかんないけど。いらなかったら捨てちゃって」
「いいんですか。助かります。ありがとうございます」
手渡された問題集は、付箋がたくさん貼ってあって、中もマーカーだらけだった。だいぶ使い込んであるようだ。試験直前に大事なところを見返すのにも使えそうだ。もう一度礼を言って、鞄の中にしまった。
着替え終わって事務所に顔を出すと、梨花さんが来ていた。田辺さんは嬉しそうに彼女と話している。
「工藤君、おはよう」
「おはよう。今日、突然ごめん。鈴音のことよろしく」
「気にしないで。わたしも鈴音ちゃんに会えるの嬉しいから」
梨花さんの後ろで、田辺さんが不満そうに口を尖らせているのが目に入った。せっかくいい雰囲気だったのに、僕が邪魔してしまったのだろう。
「そうだ、田辺さんも梨花さんの料理食べてみたいんだって」
何かフォローを、と思って言ってみると、田辺さんは顔を赤くして「余計なこと言うなって」と僕の背中を叩いてきた。慣れないことはするもんじゃないと反省する。
「本当ですか? じゃあ今度作ってきますよ。何かリクエストありますか?」
「えっと、梨花ちゃんが作ってくれるならなんでも。あ、なんでもって一番困るやつか。じゃあ、肉じゃが食べたい」
「わかりました。楽しみにしててくださいね。それじゃ、今日もお仕事頑張ってください」
梨花さんは僕らに手を振って事務所を出ていった。扉が閉まった途端、また田辺さんに背中をばしんと叩かれる。怒っているのかと思っていたけれど、その顔はなんだか嬉しそうだった。
「工藤、ナイス」
「え、あれで大丈夫でしたか?」
「結果的に最高だからオッケー。やっぱり梨花ちゃん可愛いよなあ。でも結婚したら熊谷さんがお父さんになるのかあ。それはちょっと緊張しちゃうよなあ」
「応援します。頑張ってください」
表情が緩みっぱなしの田辺さんを見ていたら、羨ましくなった。好きだから結婚したいとか、単純にそう思えるのがすごく幸せなことに思えた。僕と鈴音も普通に出会っていたら、そんな未来を夢見たのだろうか。でも、普通に出会っていたとしたら、僕は鈴音のことを好きになっていないかもしれない。……なんて、考えても意味のないことだ。
「工藤と鈴音ちゃんは幼馴染なんだっけ。そしたら向こうの親とも仲良かったりするの?」
「いや、特には……普通だと思いますよ」
そういう設定だったことを思い出し、無難に返答する。鈴音の親はやはり猫なのだろうか。あの路地で見かけたとき、鈴音の他に猫はいなかった気がする。いつまで経っても大事なことは何ひとつ教えてくれない鈴音に、無性に腹が立った。
「あ、工藤。これ、試験直前に俺が使ってたやつ、やるよ。古いから役に立つかはわかんないけど。いらなかったら捨てちゃって」
「いいんですか。助かります。ありがとうございます」
手渡された問題集は、付箋がたくさん貼ってあって、中もマーカーだらけだった。だいぶ使い込んであるようだ。試験直前に大事なところを見返すのにも使えそうだ。もう一度礼を言って、鞄の中にしまった。
着替え終わって事務所に顔を出すと、梨花さんが来ていた。田辺さんは嬉しそうに彼女と話している。
「工藤君、おはよう」
「おはよう。今日、突然ごめん。鈴音のことよろしく」
「気にしないで。わたしも鈴音ちゃんに会えるの嬉しいから」
梨花さんの後ろで、田辺さんが不満そうに口を尖らせているのが目に入った。せっかくいい雰囲気だったのに、僕が邪魔してしまったのだろう。
「そうだ、田辺さんも梨花さんの料理食べてみたいんだって」
何かフォローを、と思って言ってみると、田辺さんは顔を赤くして「余計なこと言うなって」と僕の背中を叩いてきた。慣れないことはするもんじゃないと反省する。
「本当ですか? じゃあ今度作ってきますよ。何かリクエストありますか?」
「えっと、梨花ちゃんが作ってくれるならなんでも。あ、なんでもって一番困るやつか。じゃあ、肉じゃが食べたい」
「わかりました。楽しみにしててくださいね。それじゃ、今日もお仕事頑張ってください」
梨花さんは僕らに手を振って事務所を出ていった。扉が閉まった途端、また田辺さんに背中をばしんと叩かれる。怒っているのかと思っていたけれど、その顔はなんだか嬉しそうだった。
「工藤、ナイス」
「え、あれで大丈夫でしたか?」
「結果的に最高だからオッケー。やっぱり梨花ちゃん可愛いよなあ。でも結婚したら熊谷さんがお父さんになるのかあ。それはちょっと緊張しちゃうよなあ」
「応援します。頑張ってください」
表情が緩みっぱなしの田辺さんを見ていたら、羨ましくなった。好きだから結婚したいとか、単純にそう思えるのがすごく幸せなことに思えた。僕と鈴音も普通に出会っていたら、そんな未来を夢見たのだろうか。でも、普通に出会っていたとしたら、僕は鈴音のことを好きになっていないかもしれない。……なんて、考えても意味のないことだ。
「工藤と鈴音ちゃんは幼馴染なんだっけ。そしたら向こうの親とも仲良かったりするの?」
「いや、特には……普通だと思いますよ」
そういう設定だったことを思い出し、無難に返答する。鈴音の親はやはり猫なのだろうか。あの路地で見かけたとき、鈴音の他に猫はいなかった気がする。いつまで経っても大事なことは何ひとつ教えてくれない鈴音に、無性に腹が立った。
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