満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

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4.君と繋いだ手を離したくなかった

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「鈴音ちゃん、サイズは?」
「タクミ、サイズってなんだ」
「いや、僕に聞かれても知らないよ」
「え! もしかして鈴音ちゃん……つけてないの?」

 梨花さんの言葉に、周囲の客からの視線が集まる。すぐに店から逃げ出したかった。だけど、いまだに鈴音は僕の服を掴んだままで、逃げることは叶わなかった。

「じゃ、鈴音ちゃん。測ってもらおうか。工藤君は好きなの選んでていいよ」
「選ばないって。僕は外で待ってるから。終わったら声かけて」
「しょうがないなあ。じゃあ、これだけ教えて。工藤君何色が好き?」
「は? 色? 黒……かな」

 鈴音の黒い毛並みを思い出して、そう答えたのだが、梨花さんは口元に手を当てて楽しそうに笑う。『工藤君ってそういうのが好みなんだ』という言葉に、今の問いは下着の色の好みについてだったのかと理解し、赤面した。

「いや、ちがくて」
「任せて。楽しみに待ってて」

 梨花さんは鈴音の腕を取って、店の奥へと消えていった。僕はそそくさと店の外へ逃走した。まだ何もしていないのに、ひどく疲れた気がする。いつまでもランジェリーショップの前に居続けたくもなくて、その場を離れることにした。

 こういう賑やかな場所は苦手だ。自分だけがそこに馴染めていない気がするから。人が少ないほうへと歩いていくと、静かで開けた場所に着いた。手芸用品店のようだった。時間つぶしにちょうどいいと入店する。

 ちまちまとした裁縫用品しかないのかと思っていたけれど、やる気次第では立派な鞄までも作れてしまいそうなくらい様々なパーツや工具が並んでいた。興味はある。だけど、今は試験も近いし、趣味に費やす時間は取れなそうだとじっくりと見ることはやめた。

 店内を歩いていると、色とりどりの円筒が並んでいるのが目に入り、近寄って眺める。様々な種類のリボンがロール状になっていて、近くには『十センチ単位から販売可能です』と書いてあった。鈴音に首輪の代わりになるものを買ってあげると約束したことを思い出し、つるりとしたサテン地のリボンを手に取った。

「必要な長さでカットしますから、決まったら声かけてくださいね」

 いつの間にか店員が横に立っていた。驚いた拍子にリボンを落としてしまう。円筒はころころと店内の床を転がった。

「ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ突然話しかけて、驚かせてしまってごめんなさいね」
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