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ぼくのそんごくう その6
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結局、福岡には汽車では時間がかかりすぎるため飛行機で行くことになった。
雅人は飛行機に乗るのは生まれて初めてだったのでフライト中緊張しっぱなしだった。
一方、治美は未来世界で乗り慣れているようで彼の隣の席でずっと鼻歌交じりで絵物語「黄金のトランク」の挿絵を描いていた。
治美が挿絵を描きながら同時に文章を口にし、雅人はその文章を口述筆記していた。
治美たちの後ろの座席に搭乗していた新井は、二人の息のあった作業風景を感心して見ていた。
福岡県博多に着くとすぐに一行は新聞社が取ってくれていた高級旅館へと向かった。
治美と雅人は部屋に入るとすぐに画材を取り出して漫画を描く準備を始めた。
新井はその間に、旅館の電話を借りて少女クラブ編集部で待機していた先輩の丸山に電話をした。
「―――というわけで我々は今博多にいます。手塚先生は『黄金のトランク』を描いてから、次にうちの『火の鳥 ギリシャ編』を描いて下さいます。ですからそれまではヨソには居場所を内緒にしていて下さい」
「すまん!それは無理だ!」
電話の向こうから苦し気な丸山の声がした。
「えっ!?」
「K文社の桑田が東京に戻ってきて、手塚先生は今お前と一緒だとバラしちまった。よその編集員がうちに押し寄せてきてもう隠しておけなくなった」
部屋に置かれた高級な座敷机に向かって黙々と「黄金のトランク」を描いていた治美の背後に新井は正座した。
「―――というわけで、K談社の編集者たちには先生が博多にいることを伝えました」
と、治美がくるりと振り返った。
「それはいけないわ。K談社にだけ知らせるなんて不公平よ。よその社にも知らせて下さい」
「えっ!?」
「みんなが締め切りに間に合わなかったら可哀そうでしょ!」
「は、はい………」
新井は震える声で返事をすると電話を掛けるためによろめきながら部屋を出て行った。
「―――自分が逃亡した癖によくもまあ、悪びれずにあんなことが言えるな!」
雅人は呆れ声で言ったが、治美はゴソゴソと自分のハンドバッグの中を探って一冊の手帳を取り出した。
「雅人さん。まもなく怒り狂った大勢の編集者がここに押し寄せてきて修羅場になります。援軍の手配をお願いします」
治美は手帳を開いて雅人に手渡した。
「以前から文通をしていた東日本漫画研究会の九州支部のメンバーリストです。アシスタントをお願いしたいので電報を打って呼び出してください」
雅人は手帳のリストを読み上げた。
「福岡県久留米市、松本 晟。長崎県佐世保市、高井 研一郎。佐賀県、大野 豊、井上智………」
「松本さんは将来松本零士というペンネームで『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『キャプテンハーロック』といった大ヒット作を連発する巨匠になります。高井さんも将来漫画家になって『総務部総務課山口六平太』『プロゴルファー織部金次郎』といった大人向けのヒット作を描きます。そして、大野さんも井上さんも後に虫プロダクションに入社してわたしを手伝ってくれる人達ですヨ」
「そうか!福岡に来た本当の目的は、彼らに会うことだったのか!」
「その通りです!わたしは弟子を取りませんが、こうして自分の仕事を手伝ってもらって漫画の描き方を覚え、将来優れた漫画家になってもらいたいのです」
「おおっ!偉いぞ、治美!あの治美がこんなしっかりしたことを言える漫画家になるなんて!」
「えへへへ!もっと褒めて!」
「――いや、待てよ!もともとお前は銭湯に行くと言って編集者をだまして逃げ出しただけだろう。博多に来てこうして漫画を描くのも単なる思い付きじゃないのか?」
「さあーて、仕事、仕事!」
治美は雅人の問いには答えず、再び原稿用紙に向かってペンを走らせた。
やがて東京から怒り狂った編集者たちが夜行列車や飛行機に乗ってこの博多の高級旅館に集まった。
K談社の新井は強面の編集者たちに取り囲まれ、手塚を博多にまで連れて来た張本人として責め立てられた。
「えらいことをしでかしたな、新井!」
「なんで原稿取りに博多まで来なきゃならんのだ!」
「ペナルティーとしてお前のとこの原稿は一番最後だ!」
新井はその場にへなへなと崩れ落ちた。
部屋の隅で絶望のあまり足を抱えてしゃがみこんでいる新井の前で、八名の編集者たちは原稿を描いてもらう順番を決める会議を行っていた。
編集者たちは皆、締め切りが迫っていたため誰もが自分の所の原稿を先に描いてもらおうと口論になり、今にもつかみ合いの乱闘が始まりそうな険悪な雰囲気であった。
その時、部屋の入口の襖がスーと開き、詰襟姿の眼鏡を掛けた少年が現れた。
部屋にいた編集者たちが一斉に少年を睨み付けたため、その少年は一瞬ビクッと全身を震わせた。
「誰だね、君は?」
編集者の一人が尋ねるとその少年は治美に向かって深々とお辞儀をした。
「ま、松本 晟です。手塚先生に呼ばれてお手伝いにやってきました!」
「やあ!待ってましたよ、松本さん!」
治美が立ち上がると、嬉しそうに松本少年の前に立ち、両手で握手をした。
「この少年が手伝いなのか!?」
「まだ高校生じゃないか。大丈夫なのかよ?」
編集者たちは動揺の色を隠せなかった。
(へぇー。彼が将来有名な漫画家になるのか。どんな漫画なんだろうなあ……)
雅人は緊張して頬を赤らめながら治美と話をしている松本少年をじっと見つめた。
やがて、高井、大野、井上の三名の高校生も到着し、治美は四名の素人アシスタントと共にわずか五日で十社の連載漫画を描くことになったのだ。
雅人は飛行機に乗るのは生まれて初めてだったのでフライト中緊張しっぱなしだった。
一方、治美は未来世界で乗り慣れているようで彼の隣の席でずっと鼻歌交じりで絵物語「黄金のトランク」の挿絵を描いていた。
治美が挿絵を描きながら同時に文章を口にし、雅人はその文章を口述筆記していた。
治美たちの後ろの座席に搭乗していた新井は、二人の息のあった作業風景を感心して見ていた。
福岡県博多に着くとすぐに一行は新聞社が取ってくれていた高級旅館へと向かった。
治美と雅人は部屋に入るとすぐに画材を取り出して漫画を描く準備を始めた。
新井はその間に、旅館の電話を借りて少女クラブ編集部で待機していた先輩の丸山に電話をした。
「―――というわけで我々は今博多にいます。手塚先生は『黄金のトランク』を描いてから、次にうちの『火の鳥 ギリシャ編』を描いて下さいます。ですからそれまではヨソには居場所を内緒にしていて下さい」
「すまん!それは無理だ!」
電話の向こうから苦し気な丸山の声がした。
「えっ!?」
「K文社の桑田が東京に戻ってきて、手塚先生は今お前と一緒だとバラしちまった。よその編集員がうちに押し寄せてきてもう隠しておけなくなった」
部屋に置かれた高級な座敷机に向かって黙々と「黄金のトランク」を描いていた治美の背後に新井は正座した。
「―――というわけで、K談社の編集者たちには先生が博多にいることを伝えました」
と、治美がくるりと振り返った。
「それはいけないわ。K談社にだけ知らせるなんて不公平よ。よその社にも知らせて下さい」
「えっ!?」
「みんなが締め切りに間に合わなかったら可哀そうでしょ!」
「は、はい………」
新井は震える声で返事をすると電話を掛けるためによろめきながら部屋を出て行った。
「―――自分が逃亡した癖によくもまあ、悪びれずにあんなことが言えるな!」
雅人は呆れ声で言ったが、治美はゴソゴソと自分のハンドバッグの中を探って一冊の手帳を取り出した。
「雅人さん。まもなく怒り狂った大勢の編集者がここに押し寄せてきて修羅場になります。援軍の手配をお願いします」
治美は手帳を開いて雅人に手渡した。
「以前から文通をしていた東日本漫画研究会の九州支部のメンバーリストです。アシスタントをお願いしたいので電報を打って呼び出してください」
雅人は手帳のリストを読み上げた。
「福岡県久留米市、松本 晟。長崎県佐世保市、高井 研一郎。佐賀県、大野 豊、井上智………」
「松本さんは将来松本零士というペンネームで『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『キャプテンハーロック』といった大ヒット作を連発する巨匠になります。高井さんも将来漫画家になって『総務部総務課山口六平太』『プロゴルファー織部金次郎』といった大人向けのヒット作を描きます。そして、大野さんも井上さんも後に虫プロダクションに入社してわたしを手伝ってくれる人達ですヨ」
「そうか!福岡に来た本当の目的は、彼らに会うことだったのか!」
「その通りです!わたしは弟子を取りませんが、こうして自分の仕事を手伝ってもらって漫画の描き方を覚え、将来優れた漫画家になってもらいたいのです」
「おおっ!偉いぞ、治美!あの治美がこんなしっかりしたことを言える漫画家になるなんて!」
「えへへへ!もっと褒めて!」
「――いや、待てよ!もともとお前は銭湯に行くと言って編集者をだまして逃げ出しただけだろう。博多に来てこうして漫画を描くのも単なる思い付きじゃないのか?」
「さあーて、仕事、仕事!」
治美は雅人の問いには答えず、再び原稿用紙に向かってペンを走らせた。
やがて東京から怒り狂った編集者たちが夜行列車や飛行機に乗ってこの博多の高級旅館に集まった。
K談社の新井は強面の編集者たちに取り囲まれ、手塚を博多にまで連れて来た張本人として責め立てられた。
「えらいことをしでかしたな、新井!」
「なんで原稿取りに博多まで来なきゃならんのだ!」
「ペナルティーとしてお前のとこの原稿は一番最後だ!」
新井はその場にへなへなと崩れ落ちた。
部屋の隅で絶望のあまり足を抱えてしゃがみこんでいる新井の前で、八名の編集者たちは原稿を描いてもらう順番を決める会議を行っていた。
編集者たちは皆、締め切りが迫っていたため誰もが自分の所の原稿を先に描いてもらおうと口論になり、今にもつかみ合いの乱闘が始まりそうな険悪な雰囲気であった。
その時、部屋の入口の襖がスーと開き、詰襟姿の眼鏡を掛けた少年が現れた。
部屋にいた編集者たちが一斉に少年を睨み付けたため、その少年は一瞬ビクッと全身を震わせた。
「誰だね、君は?」
編集者の一人が尋ねるとその少年は治美に向かって深々とお辞儀をした。
「ま、松本 晟です。手塚先生に呼ばれてお手伝いにやってきました!」
「やあ!待ってましたよ、松本さん!」
治美が立ち上がると、嬉しそうに松本少年の前に立ち、両手で握手をした。
「この少年が手伝いなのか!?」
「まだ高校生じゃないか。大丈夫なのかよ?」
編集者たちは動揺の色を隠せなかった。
(へぇー。彼が将来有名な漫画家になるのか。どんな漫画なんだろうなあ……)
雅人は緊張して頬を赤らめながら治美と話をしている松本少年をじっと見つめた。
やがて、高井、大野、井上の三名の高校生も到着し、治美は四名の素人アシスタントと共にわずか五日で十社の連載漫画を描くことになったのだ。
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