上 下
70 / 128

トキワ荘物語 その2

しおりを挟む
 雅人が東京の出版社に原稿を持ち込んでからすぐに、何人もの編集者が治美に会いに神戸にやって来た。

 編集者たちは皆、異人館に住んでいる金髪の美少女を見て、その漫画のイメージとはまったくかけ離れた容貌に驚いた。

 浮世離れした治美の立ち振る舞いにまるで別の世界から来た人間のようだと言う者もいた。

 所詮金持ちの外国人のお嬢様のお遊びに過ぎないと揶揄する者もいた。

 治美は編集者と色々と打ち合わせをしたが、結局持ち込みした原稿は予定通りすべて採用され、手塚治虫は月刊誌に同時に9作品連載を持つことになった。

 
 そして昭和30年4月24日、日曜日。

 明日はいよいよ治美は東京に出発する日となった。

 虫プロ内にエリザ、アシスタントの安村、藤木、赤城、横山、望月、小森、パートの主婦たち、家政婦の田中、そして雅人の両親も呼んで盛大な壮行会が開かれた。

 安村、藤木、赤城の3名はまだ高校生なので卒業するまでそれぞれ神戸で漫画を描くことにした。

 望月玲奈と小森章子は翌朝、治美と一緒に東京行きの汽車に乗る。

 横山だけはもともとエリザの父親に雇われた使用人なので勝手に辞めるわけにはいかない。

 エリザの父親が帰国したら退職を願い出て、ちゃんと許しを得てから上京することになった。 

 客たちのおしゃべりと笑い声とレコードのBGMが混じり合ったざわめきの中、治美はエリザと二人っきりで話をしていた。

「治美、あんたらは明日は朝早いんやろ。パーティーは早めに切り上げるんやで」

「締め切りがあるので今夜も漫画描かないと間に合わないの」

「まだ仕事するんか。大変やな」

「この部屋で仕事するのも今夜が最後だしね」

「あんたが出て言ったらこのバラックはつぶして元の庭にもどすから。もうすぐパパとママが帰ってくるからな。あんたら未来人がいた痕跡はきれいさっぱり消しとかんとな」

「エリザさんのパパとママに会いたかったな。何といってもわたしのご先祖様だからね」

「そう言えばなんであんたは雅人と一緒に上京せんかったんや?なんでわざわざ今日、パーティーにしたんや?」

「えっ!?気づいていないの、エリザさん?ちょうど一年前の昭和29年4月24日にわたしはこの世界にきたのよ。だから今日はタイムスリップ記念日なのよ」

「そうか、あんたが転がり込んでもう一年もたったんか?大変やったわ…」

「そ、それほどでもないでしょ」

「東京行っても雅人がおるから助けてもらうんやで。しっかりとがんばりや!」

「うん!」

 治美はコクッと首を縦に振った。

「エリザさんには本当にお世話になりました。ウルウル…」 

 治美は指で涙を拭うふりをした。

「なんや?ウルウルってのは?」

「涙が出てくる時の擬音よ。ウルウル…」

「あほらし!」

 エリザはこの一年でしっかりと学習したスルー能力を発揮して話を続けた。

「夏になったらうちも東京に遊びにいくから案内してや。銀座や。銀座で買い物するからな。もちろん、あんたが支払いするんやからしっかり稼ぐんやで」

「孫娘にどれだけたかる気よ!」

 エリザは急に治美の顔を両手で挟んで真顔で言った。

「ほんま、将来あんたがうちらの孫娘として生まれてこれたらええんやけどな」

「――うん!」

「頑張って日本中に漫画とアニメを流行らせるんやで!」

「はい!」 

 治美も真剣な表情で頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学園ぶいちゅー部~エルフと過ごした放課後

櫃間 武士
ライト文芸
 編集部からの原稿依頼と思ってカフェに呼び出された加賀宮一樹(かがみやかずき)の前に現れたのは同級生の美少女転校生、森山カリンだった。 「あなたがイッキ先生ね。破廉恥な漫画を描いている…」  そう言ってカリンが差し出した薄い本は、一樹が隠れて描いている十八禁の同人誌だった。 「このことを学園にリークされたくなければ私に協力しなさい」  生徒不足で廃校になる学園を救うため、カリンは流行りのVチューバーになりたいと言う。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

旧・革命(『文芸部』シリーズ)

Aoi
ライト文芸
「マシロは私が殺したんだ。」マシロの元バンドメンバー苅谷緑はこの言葉を残してライブハウスを去っていった。マシロ自殺の真相を知るため、ヒマリたち文芸部は大阪に向かう。マシロが残した『最期のメッセージ』とは? 『透明少女』の続編。『文芸部』シリーズ第2弾!

三限目の国語

理科準備室
BL
昭和の4年生の男の子の「ぼく」は学校で授業中にうんこしたくなります。学校の授業中にこれまで入学以来これまで無事に家までガマンできたのですが、今回ばかりはまだ4限目の国語の授業で、給食もあるのでもう家までガマンできそうもなく、「ぼく」は授業をこっそり抜け出して初めての学校のトイレでうんこすることを決意します。でも初めての学校でのうんこは不安がいっぱい・・・それを一つ一つ乗り越えていてうんこするまでの姿を描いていきます。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

よしき君の発見

理科準備室
BL
平成の初めごろの小3の男の子のよしき君は和式でのうんちが苦手で、和式しかない小学校のトイレでのうんちで入学以来二回失敗しています。ある日大好きなおばあちゃんと一緒にデパートに行ったとき、そこの食堂で食事をしている最中にうんちがしたくなりました。仕方なくよしき君はデパートのトイレに行ったのですが、和式は開いていてももう一つの洋式のはいつまでも使用中のままでした・・・。

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

処理中です...