上 下
20 / 128

マァチャンの日記帳 その2

しおりを挟む
「あっ!そうそう!毎日小学生新聞といえば……」

 治美がまたコミックグラスを操作して何かを調べだした。

「――わたしのいた世界では、1951年12月16日に、『あびこもとお』と『ふじもとひろし』って二人の高校生が『毎日小学生新聞』で漫画家デビューするんですよ。聞いたことありません?」

「いやあ……、知らないなあ」

「そうですか………。この二人は手塚先生の大ファンで、手塚先生がデビューした『毎日小学生新聞』に勝手に原稿を送りつけたら載せてもらったんです。やっぱり手塚先生がいないからこの二人も漫画家にならなかったのね」

「その二人は有名な漫画家になるのかい?」

「もちろん!世界中に大ヒットした作品を何作も描いてます」

「日本人の描いた漫画が世界中でヒットするのか!?想像もつかない!日本が漫画大国になるというのは本当なんだな。その二人はこの世界では今頃は何をしているんだろう?」

「漫画家になっていないのなら、多分故郷の富山の新聞社で似顔絵描いたり、工場でキャラメル作ってるんじゃないでしょうかね」

「その二人はもう大人になっているから、これから治美の漫画が毎日小学生新聞に掲載されても読むわけないしなあ」

「となるとこの世界では手塚先生だけではなく藤子不二雄も誕生しないのかあ。日本がマンガ大国になるっては相当難しいですよ。急に不安になってきました……」

 治美が目を伏せ落ち込んだ表情をした。

「―――俺は英語の勉強も兼ねてよく海外の空想科学小説を読むんだ」

「はあ……。自慢ですか?頭いいんですねぇ、雅人さん」

 治美は意気消沈してすっかり不貞腐れていた。

「時間旅行をする話をいくつか読んだが、歴史は自己修復するって書いてあったぞ」

「自己修復……?」

「そうだ!たとえ、その二人の高校生が漫画家にならなくても、治美の漫画を読んだ別の誰かが漫画家になるんだ。そして、世界的にヒットする作品が誕生するんだ」

「だったらわたしだって何もしなくてもいいんじゃないの?このまま放っておいても将来、日本は漫画大国になるでしょ」

「しかし、それだと時間が掛かりすぎてしまう。治美の両親が出会う1991年8月までに日本がマンガ大国になっていないと治美が生まれてこないことになるぞ」

「そっか!やっぱりわたしが自分でマンガ家になって、どんどんマンガをヒットさせないとダメなんですね……」

 治美は落胆のため息をついた。

「そもそも毎日小学生新聞はわたしが模写した4コママンガなんか採用してくれるのかしら?いくら手塚先生の作品でも9年も前のマンガですよ!」

「いけると思うよ。『マァチャンの日記帳』は面白いし、今は漫画描く人間なんてほとんどいないからな」

「でもですねぇ…」

 治美がまたコミックグラスを操作して年表を調べだした。

「面白い4コママンガ描ける人なら他にもいっぱいいますよ。今が1954年ってことは、朝日新聞で長谷川町子の『サザエさん』、読売新聞で西川辰美の『おトラさん』、毎日新聞で横山隆一の『フクちゃん』とか連載してるでしょ。でもサザエさんてもうこの頃から連載していたのね。さすが国民的マンガだわ」

 治美の言葉を聞いて雅人は顔が青ざめ血の気が引いていった。

「どうかしました?」

「いや!何でもない……………」

「ちょっとごまかさないで下さい!正直に話して!」

「しかし…………」

「お願いします!」

「――サザエさんなんて漫画、聞いたこともない!」

「えっ?」

「長谷川町子も西川辰美も横山隆一も聞いたことがない!そんな漫画家、この世界には存在しないんだ!そもそも大人向けの普通の新聞に4コマ漫画なんか載ってはいないんだ!」

「で、でも、この人たちは手塚先生が現れる前からマンガを描いてるはずですよ!雅人さんがマンガ読まないから知らないだけですよ!」

「俺だって『のらくろ』、『タンクタンクロー』、『冒険ダン吉』なんて子供向けの漫画なら読んでたぞ。でも、最近は絵物語が主流で漫画はほとんど見ないなあ」

「そうだ!前に『ふしぎな国のプッチャー』ってSFを読んだって言ってましたね?鉄腕アトムに影響を与えたという。この作者は今、何を描いています?」

「作者の横井福次郎はだいぶ前に肺結核で亡くなってるよ。第一あれは漫画というより絵物語だ」

「ええっ!?」


「―――もしかしたら名のある漫画家は、手塚治虫と同じように戦争中に亡くなってるんじゃないのか」

「そんなバカな……!?」

「こと漫画に関しては、この世界と治美の世界とでは想像以上に歴史が違っているようだな。まるで何者かが意図的に歴史に手を加えたような………」

 雅人と治美は二人して暗い顔でいろいろと考えを巡らせていた。

(漫画を描く人間が意図的に消されている…………。ということは、これから漫画を描こうとしている治美にも危険が迫る可能性が…………)

 雅人は自分の考えに恐怖した。

「――ということは…………」

 ようやく治美が口を開いた。

「この世界では日曜の夕方に『サザエさん』とジャンケンできないということですね。わたし、あれ楽しみにしていたのに!」

「――やっぱり未来人の考えにはついてゆけん!」

 こうして第一回「手塚治美を手塚治虫にして、日本を漫画と漫画映画の世界一の大国にする計画」のための会議は 混沌こんとんのうちに終了した。

 ともかく治美は三日後の祝日、天皇誕生日までにできるだけ『マァチャンの日記帳』を描くことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学園ぶいちゅー部~エルフと過ごした放課後

櫃間 武士
ライト文芸
 編集部からの原稿依頼と思ってカフェに呼び出された加賀宮一樹(かがみやかずき)の前に現れたのは同級生の美少女転校生、森山カリンだった。 「あなたがイッキ先生ね。破廉恥な漫画を描いている…」  そう言ってカリンが差し出した薄い本は、一樹が隠れて描いている十八禁の同人誌だった。 「このことを学園にリークされたくなければ私に協力しなさい」  生徒不足で廃校になる学園を救うため、カリンは流行りのVチューバーになりたいと言う。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

旧・革命(『文芸部』シリーズ)

Aoi
ライト文芸
「マシロは私が殺したんだ。」マシロの元バンドメンバー苅谷緑はこの言葉を残してライブハウスを去っていった。マシロ自殺の真相を知るため、ヒマリたち文芸部は大阪に向かう。マシロが残した『最期のメッセージ』とは? 『透明少女』の続編。『文芸部』シリーズ第2弾!

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

三限目の国語

理科準備室
BL
昭和の4年生の男の子の「ぼく」は学校で授業中にうんこしたくなります。学校の授業中にこれまで入学以来これまで無事に家までガマンできたのですが、今回ばかりはまだ4限目の国語の授業で、給食もあるのでもう家までガマンできそうもなく、「ぼく」は授業をこっそり抜け出して初めての学校のトイレでうんこすることを決意します。でも初めての学校でのうんこは不安がいっぱい・・・それを一つ一つ乗り越えていてうんこするまでの姿を描いていきます。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

よしき君の発見

理科準備室
BL
平成の初めごろの小3の男の子のよしき君は和式でのうんちが苦手で、和式しかない小学校のトイレでのうんちで入学以来二回失敗しています。ある日大好きなおばあちゃんと一緒にデパートに行ったとき、そこの食堂で食事をしている最中にうんちがしたくなりました。仕方なくよしき君はデパートのトイレに行ったのですが、和式は開いていてももう一つの洋式のはいつまでも使用中のままでした・・・。

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

処理中です...