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鉄腕アトム その4
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治美は鉛筆を手にしてちゃぶ台の上に置かれたチラシの裏をじっと見つめた。
「コミックグラスで鉄腕アトムのマンガを表示しました。今、わたしの目の前にはアトムの顔が表示されています。次にちょうど紙の上にアトムが表示されるように調整してっと……」
治美は右手に鉛筆を持ちながら、左手の人差し指を上下に移動させた。
「初期の頭身が低い頃のアトムがいいわね。これでよし!あとは アトムの絵を鉛筆でなぞって描けばいいだけです!楽勝!楽勝!」
スラスラッと治美は鉛筆を走らせた。
漫画を描けないと言っていたが、もともと器用なんだろう。
治美はあっという間に二本の黒い角をはやした少年の絵が完成した。
「これが鉄腕アトムです!」
「へぇ…、角が生えてるのか?」
「違いますよ!これは髪の毛です!手塚先生は髪質が堅いので、お風呂上がりにいつも髪の毛がピョコンと立ったのです。それがヒントになったのがこのヘアースタイルです」
「そうか。髪の毛が立っているのか」
「その証拠にこの髪の毛はどの角度から見ても必ず2本立ってます。マンガのキャラクターの髪型は、どこから見ても同じという漫画のウソですね。この後、こんな風にとんがった髪の毛の主人公が少年マンガに続々と誕生します」
「なんやの、このアトムっての!?パンツ一丁の裸の上に長靴を履いとる。変態やわ!」
「し、失礼な!!服は戦ってたらすぐに破れちゃうでしょ。だったら最初から裸の方が合理的でしょ!」
「しかし、10万馬力のロボットと言っても随分と可愛らしい姿だね」
「そうでしょ、そうでしょ!手塚キャラクターはみんな可愛いんですよ!」
治美は鉛筆で、チラシの裏に次々といろんな手塚作品の登場人物を描いていった。
「レオ、サファイア、ケンイチ、ロック、ウラン、火の鳥、マグマ、ガロン、トリトン、ポッコ、リッキー、メルモ、どろろ、百鬼丸、ユニコ、ピピ、ゼフィルス、奇子、写楽、和登さん、ミイチャン、ミッチィ、BJ……………」
「このざんばら髪の剣士は誰だい?」
「百鬼丸です!戦国時代、妖怪に自分の身体を48カ所奪われて生まれてきた百鬼丸は、医師の寿海に拾われて全身に武器を仕込み妖怪退治に出ます。盗賊団の遺児のどろろと一緒に旅をし、自分の体を取り戻しながらやがて本当の父親と対決するのです」
「この動物は?」
「ジャングル大帝の白い獅子レオは密猟者に殺された父親のパンジャの遺志を継ぎ、ジャングルの平和のために戦います。人間の言葉を覚えたレオは、やがて月光石を狙う人間たちの争いに巻き込まれ、人間と動物の間に立って奮闘する親子三代に渡る壮大な物語です」
「この女の子は?」
「メルモは亡くなったママの代わりに幼い弟たちの世話をするために赤と青のミラクルキャンディをもらいます。大人になったり子供になったり動物になったり、性教育用のアニメ版では最終回でメルモは出産シーンの後、立派なママになって天国のママとお別れします」
「このアンテナ生やした男は?」
「マグマ大使は地球侵略を狙う宇宙の帝王ゴアと戦うために地球の守り神アース様が作ったロケット人間です。奥さんと息子もいて、新聞記者の息子マモル君が笛を吹くとどこにでも飛んできます」
「この派手な帽子被った娘は?」
「リボンの騎士、サファイアは天使のチンクのイタズラで男の心と女の心を持って生まれた王女ですが、王国の法律で男しか王位継承権がないため王子として育てられました。続編の『双子の騎士』では結婚してシルバーランド国王妃となり男女の双子のママになります」
「この禿げ頭の子供は?」
「『三つ目がとおる』の写楽保介は三つ目族最後の生き残りで、お寺の娘和登さんと共に古代文明の謎を解き明かします。写楽は普段は幼稚園児並みのオツムですが、オデコの絆創膏がはがれると超能力と天才的頭脳を発揮し、悪魔のプリンスとなるのです。ちなみに名前はシャーロック・ホームズとワトスンのもじりです」
「それじゃあ、この顔にキズがある白黒の髪の男は?」
「『ブラック・ジャック』間 黒男は無免許の天才外科医で、依頼を受けて世界中で難手術を成功し、高額な報酬を貰う一話完結式の物語です。その質の高さに加え、手塚先生の漫画家生活30周年記念作品のため過去の手塚作品のキャラクターが総出演するという夢のような漫画です」
雅人がランダムに治美の描いたキャラクターを指さしたが、彼女は間髪入れず嬉々として物語の説明を続けた。
「この単純な線の組み合わせだけで、一目でアトムだ、ケンイチだ、ブラック・ジャックだと見分けられるってスゴイと思いません!手塚キャラクターは、まだまだ星の数ほどいます。このキャラクターたちがいろんな役に扮して、いろんな作品に登場するスターシステムも手塚先生が始めたんですよ。キャラクター達は映画俳優のように扱われ、初期の頃は所属事務所やギャラまで決まっていたのですよ」
「あっ!もう、それぐらいでいいよ!」
黙っていたら延々と描き続けそうなので、雅人は堪らず制止した。
「これだけ毛色の違った登場人物や物語をいきなり創作できないだろう。やっぱり、手塚治虫という漫画家は未来世界に存在するんだ」
「そうやろか?どれもこれも丸っこくって、なんかディズニーのマネしたみたいな絵柄やね!」
エリザはフンと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「我慢よ!我慢するのよ、治美!」
治美は悔しそうに拳を握りしめた。
(確かにディズニーの影響はあるけどさあ………。ディズニーだってライオンキングでジャングル大帝をパクったくせに!)
と、口の先まで出かけたが、よけいに信じてもらえなくなるので治美は言葉を飲み込んだ。
「この世界とわたしのいた世界では、かなり歴史がずれているみたいですねぇ………」
治美は遠いところを見るような目で考え込んだ。
「まあ突然過去に来たのだから、また突然元の世界に戻れるでしょう。それまでこの昭和ライフを満喫したいのでよろしくお願いしますよ」
治美は雅人の肩をポンと気安く叩いた。
「やっぱり警察に突き出そう…」
「孫娘が可愛くないの、おじいちゃん!」
「おじいちゃん言うな!」
雅人が苛立って怒鳴ったが、治美は全く平気な様子だった。
「あなたは手塚雅人でしょ」
治美は雅人を指さした。
「あなたはエリザ・ホフマンですよね」
治美はエリザを指さした。
「二人は将来結婚して、昭和45年にわたしのパパ、手塚雅之が生まれるのよ。だからわたしはあなたたちと血のつながった可愛い孫娘。丁重に扱ってよね」
その時、茶の間の柱時計がボーンボーンと鐘を鳴らし始めた。
「何や、もうこんな時間か。そしたらうち、もう帰るわ」
エリザがよっこらしょとばかりに立ち上がった。
「お、おい!逃げるのかよ?」
慌てて雅人がエリザを呼び止めたが、彼女はバイバイと手を振った。
「こんなアホといつまでも付き合っておられへんわ!」
「おばあちゃんは昔からケチで冷たいのよね」
治美がポツリと小声でつぶやくと、エリザは振り返ってちゃぶ台を両の手でパーンと叩いた。
「誰がおばあちゃんや!ふざけるのもいい加減にしいや!」
すると、治美はフフンと鼻で笑った。
「おばあちゃんがおじいちゃんと初めてキスしたのは小学校5年の夏。場所はおばあちゃんの部屋…」
治美がそう呟くと、雅人とエリザの二人は同時にびっくりして目を大きく見開いた。
「明けの星幼稚園で同じバラ組だったおばあちゃんは赤毛のせいで男の子たちに苛められていました。それを毎回助けてくれたおじいちゃんにいつしか恋心を抱くのでした。おばあちゃんは自分のことを心の中で赤毛のアンと呼び、おじいちゃんのことを恋人のギルバートと呼び、妄想を膨らませるのでした」
「あ、あんた、なんでそんなこと知っとるんや!?ありえへん!?」
「子供の頃、おばあちゃんにはよく昔の話を教えてもらっていたからね。マッチで遊んでいて火事になりかけたこととか、親のサイフからお金をくすねて屋根裏部屋にとじこめられたこととか、おじいちゃんの気を引くためにドイツから大人の下着を輸入したこととか…」
「もうやめてぇ!!」
エリザは顔を赤く染めて、治美に飛び掛かると口を手で塞いだ。
ハアハアと息を荒げながらエリザは治美の顔を改めてじっくりと見つめた。
「あんた…よう見たらうちと似とるなあ…。目鼻立ちがくっきりとして色白の美人なところなんてそっくりやな」
「わたしが孫娘だと認めてくれる?」
エルザは苦虫をかみ潰したよう顔しながら小さくうなずいた。
「コミックグラスで鉄腕アトムのマンガを表示しました。今、わたしの目の前にはアトムの顔が表示されています。次にちょうど紙の上にアトムが表示されるように調整してっと……」
治美は右手に鉛筆を持ちながら、左手の人差し指を上下に移動させた。
「初期の頭身が低い頃のアトムがいいわね。これでよし!あとは アトムの絵を鉛筆でなぞって描けばいいだけです!楽勝!楽勝!」
スラスラッと治美は鉛筆を走らせた。
漫画を描けないと言っていたが、もともと器用なんだろう。
治美はあっという間に二本の黒い角をはやした少年の絵が完成した。
「これが鉄腕アトムです!」
「へぇ…、角が生えてるのか?」
「違いますよ!これは髪の毛です!手塚先生は髪質が堅いので、お風呂上がりにいつも髪の毛がピョコンと立ったのです。それがヒントになったのがこのヘアースタイルです」
「そうか。髪の毛が立っているのか」
「その証拠にこの髪の毛はどの角度から見ても必ず2本立ってます。マンガのキャラクターの髪型は、どこから見ても同じという漫画のウソですね。この後、こんな風にとんがった髪の毛の主人公が少年マンガに続々と誕生します」
「なんやの、このアトムっての!?パンツ一丁の裸の上に長靴を履いとる。変態やわ!」
「し、失礼な!!服は戦ってたらすぐに破れちゃうでしょ。だったら最初から裸の方が合理的でしょ!」
「しかし、10万馬力のロボットと言っても随分と可愛らしい姿だね」
「そうでしょ、そうでしょ!手塚キャラクターはみんな可愛いんですよ!」
治美は鉛筆で、チラシの裏に次々といろんな手塚作品の登場人物を描いていった。
「レオ、サファイア、ケンイチ、ロック、ウラン、火の鳥、マグマ、ガロン、トリトン、ポッコ、リッキー、メルモ、どろろ、百鬼丸、ユニコ、ピピ、ゼフィルス、奇子、写楽、和登さん、ミイチャン、ミッチィ、BJ……………」
「このざんばら髪の剣士は誰だい?」
「百鬼丸です!戦国時代、妖怪に自分の身体を48カ所奪われて生まれてきた百鬼丸は、医師の寿海に拾われて全身に武器を仕込み妖怪退治に出ます。盗賊団の遺児のどろろと一緒に旅をし、自分の体を取り戻しながらやがて本当の父親と対決するのです」
「この動物は?」
「ジャングル大帝の白い獅子レオは密猟者に殺された父親のパンジャの遺志を継ぎ、ジャングルの平和のために戦います。人間の言葉を覚えたレオは、やがて月光石を狙う人間たちの争いに巻き込まれ、人間と動物の間に立って奮闘する親子三代に渡る壮大な物語です」
「この女の子は?」
「メルモは亡くなったママの代わりに幼い弟たちの世話をするために赤と青のミラクルキャンディをもらいます。大人になったり子供になったり動物になったり、性教育用のアニメ版では最終回でメルモは出産シーンの後、立派なママになって天国のママとお別れします」
「このアンテナ生やした男は?」
「マグマ大使は地球侵略を狙う宇宙の帝王ゴアと戦うために地球の守り神アース様が作ったロケット人間です。奥さんと息子もいて、新聞記者の息子マモル君が笛を吹くとどこにでも飛んできます」
「この派手な帽子被った娘は?」
「リボンの騎士、サファイアは天使のチンクのイタズラで男の心と女の心を持って生まれた王女ですが、王国の法律で男しか王位継承権がないため王子として育てられました。続編の『双子の騎士』では結婚してシルバーランド国王妃となり男女の双子のママになります」
「この禿げ頭の子供は?」
「『三つ目がとおる』の写楽保介は三つ目族最後の生き残りで、お寺の娘和登さんと共に古代文明の謎を解き明かします。写楽は普段は幼稚園児並みのオツムですが、オデコの絆創膏がはがれると超能力と天才的頭脳を発揮し、悪魔のプリンスとなるのです。ちなみに名前はシャーロック・ホームズとワトスンのもじりです」
「それじゃあ、この顔にキズがある白黒の髪の男は?」
「『ブラック・ジャック』間 黒男は無免許の天才外科医で、依頼を受けて世界中で難手術を成功し、高額な報酬を貰う一話完結式の物語です。その質の高さに加え、手塚先生の漫画家生活30周年記念作品のため過去の手塚作品のキャラクターが総出演するという夢のような漫画です」
雅人がランダムに治美の描いたキャラクターを指さしたが、彼女は間髪入れず嬉々として物語の説明を続けた。
「この単純な線の組み合わせだけで、一目でアトムだ、ケンイチだ、ブラック・ジャックだと見分けられるってスゴイと思いません!手塚キャラクターは、まだまだ星の数ほどいます。このキャラクターたちがいろんな役に扮して、いろんな作品に登場するスターシステムも手塚先生が始めたんですよ。キャラクター達は映画俳優のように扱われ、初期の頃は所属事務所やギャラまで決まっていたのですよ」
「あっ!もう、それぐらいでいいよ!」
黙っていたら延々と描き続けそうなので、雅人は堪らず制止した。
「これだけ毛色の違った登場人物や物語をいきなり創作できないだろう。やっぱり、手塚治虫という漫画家は未来世界に存在するんだ」
「そうやろか?どれもこれも丸っこくって、なんかディズニーのマネしたみたいな絵柄やね!」
エリザはフンと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「我慢よ!我慢するのよ、治美!」
治美は悔しそうに拳を握りしめた。
(確かにディズニーの影響はあるけどさあ………。ディズニーだってライオンキングでジャングル大帝をパクったくせに!)
と、口の先まで出かけたが、よけいに信じてもらえなくなるので治美は言葉を飲み込んだ。
「この世界とわたしのいた世界では、かなり歴史がずれているみたいですねぇ………」
治美は遠いところを見るような目で考え込んだ。
「まあ突然過去に来たのだから、また突然元の世界に戻れるでしょう。それまでこの昭和ライフを満喫したいのでよろしくお願いしますよ」
治美は雅人の肩をポンと気安く叩いた。
「やっぱり警察に突き出そう…」
「孫娘が可愛くないの、おじいちゃん!」
「おじいちゃん言うな!」
雅人が苛立って怒鳴ったが、治美は全く平気な様子だった。
「あなたは手塚雅人でしょ」
治美は雅人を指さした。
「あなたはエリザ・ホフマンですよね」
治美はエリザを指さした。
「二人は将来結婚して、昭和45年にわたしのパパ、手塚雅之が生まれるのよ。だからわたしはあなたたちと血のつながった可愛い孫娘。丁重に扱ってよね」
その時、茶の間の柱時計がボーンボーンと鐘を鳴らし始めた。
「何や、もうこんな時間か。そしたらうち、もう帰るわ」
エリザがよっこらしょとばかりに立ち上がった。
「お、おい!逃げるのかよ?」
慌てて雅人がエリザを呼び止めたが、彼女はバイバイと手を振った。
「こんなアホといつまでも付き合っておられへんわ!」
「おばあちゃんは昔からケチで冷たいのよね」
治美がポツリと小声でつぶやくと、エリザは振り返ってちゃぶ台を両の手でパーンと叩いた。
「誰がおばあちゃんや!ふざけるのもいい加減にしいや!」
すると、治美はフフンと鼻で笑った。
「おばあちゃんがおじいちゃんと初めてキスしたのは小学校5年の夏。場所はおばあちゃんの部屋…」
治美がそう呟くと、雅人とエリザの二人は同時にびっくりして目を大きく見開いた。
「明けの星幼稚園で同じバラ組だったおばあちゃんは赤毛のせいで男の子たちに苛められていました。それを毎回助けてくれたおじいちゃんにいつしか恋心を抱くのでした。おばあちゃんは自分のことを心の中で赤毛のアンと呼び、おじいちゃんのことを恋人のギルバートと呼び、妄想を膨らませるのでした」
「あ、あんた、なんでそんなこと知っとるんや!?ありえへん!?」
「子供の頃、おばあちゃんにはよく昔の話を教えてもらっていたからね。マッチで遊んでいて火事になりかけたこととか、親のサイフからお金をくすねて屋根裏部屋にとじこめられたこととか、おじいちゃんの気を引くためにドイツから大人の下着を輸入したこととか…」
「もうやめてぇ!!」
エリザは顔を赤く染めて、治美に飛び掛かると口を手で塞いだ。
ハアハアと息を荒げながらエリザは治美の顔を改めてじっくりと見つめた。
「あんた…よう見たらうちと似とるなあ…。目鼻立ちがくっきりとして色白の美人なところなんてそっくりやな」
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