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鉄腕アトム その3
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突然、畳の上に散乱している児童雑誌を治美が拾い上げた。
「こ、これってあの有名なマンガ雑誌、『少年』じゃないですか!」
治美は瞳を輝かせ、声を震わせながら、今朝がたエリザが煎餅を食いながら見ていた児童雑誌の一冊を押しいただいた。
「あんた、その雑誌、知っとるん?」
「もちろんです!『少年』は1946年、昭和21年11月創刊の月刊少年漫画雑誌です。手塚治虫先生の『鉄腕アトム』をはじめ、横山光輝の『鉄人28号』、堀江卓の『矢車剣之助』、白土三平の『サスケ』、関谷ひさしの『ストップ!にいちゃん』、藤子不二雄の『忍者ハットリくん』といった名作を掲載します」
治美は手塚治虫以外は呼び捨てだった。
彼女は手塚治虫以外の漫画家にはあまり興味がないようだ。
「こんなヴィンテージ本、元の時代に持って帰れたら一体いくらするのかしら?」
治美は涎を垂らさんばかりに「少年」を手で撫ぜ回した。
「この頃ってもう鉄腕アトムが連載してるんですよね。最初の頃だから『火星隊長』か『コバルト』のエピソードかしら?こんな何もないレトロな時代に、あんな夢のある未来社会の物語を描いていたのね。やっぱりすごいなあ!
「そうだ!来月号のアトムのストーリーを言い当ててご覧に入れましょう。このメガネには、手塚治虫先生の全作品が完全網羅されてるんです。来月号のストーリーが当たったら、わたしが未来から来たって立派な証拠になりますよね」
治美はすっかり興奮して、ペラペラと喋りながらパラパラとページをめくった。
「あら?アトム、載ってませんねぇ……?手塚先生、原稿、落としたのかなあ」
「君!少し落ち着けよ!」
「は、はい?」
「いくら『少年』が児童雑誌だと言っても、漫画みたいな幼稚なものは載っていないよ。今は児童雑誌の主流は絵物語だよ」
「――絵物語って何ですか?」
「紙芝居に文章を付けたような小説だよ。挿絵の多い小説と言った方がいいかな」
「ああ!ラノベのご先祖様ですね!」
「あんた、なんも知らへんのやね!山川惣治の『少年ケニヤ』、小松崎茂の『地球SOS』、福島鉄次の『沙漠の魔王』。どれもこれも、ワクワクして読んだわ。本当に聞いたことあらへんの?」
「ですから、わたしはこの時代の人間じゃありませんから……」
「また、それかいな。あんた、ただの物知らずのアホなんとちゃうの」
エリザのきつい一言に、治美はすっかり意気消沈してしまった。
さっきまで興奮して手塚治虫のことを語っていたのが嘘のようだった。
「どうしてアトム、載ってないのかしら?おかしいなあ。もしかして時代を間違えたのかなあ。ちょっと、調べてみますね」
治美は必死に空中を縦に横にと人差し指でかき回し始めた。
「やっぱり手塚先生、1954年なら『少年』に『鉄腕アトム』、『少女クラブ』に『リボンの騎士』、『少年画報』に『サボテンくん』、『漫画王』に『ぼくのそんごくう』、『おもしろブック』に『ワンダーくん』、『漫画少年』に『火の鳥 黎明編』を連載しています」
「何アホなことゆうてんの!そないに仰山、一人の人間がお話し書けるわけあらへんわ!」
「そう言われても、この頃、手塚先生がほとんどすべての雑誌に連載していたのは歴史的事実です」
治美はまた人差し指を動かしながら、何もない空間の1点をじっと見つめた。
きっと、治美の目にはそこに記事が浮かんでいるのだろう。
「――関西の税務局が1954年に発表した長者番付、画家の部の一位が年収二百十七万円の手塚治虫先生になっています。この時代でも手塚先生は超売れっ子漫画家ですよ!」
「違うよ!この前、新聞に載ってたから憶えてるけど、画家の長者番付一位は和田三造先生だったよ」
「和田三造……?」
「和田三造先生はアカデミー賞で衣裳デザイン賞を貰ったりして大活躍だったからなあ。そして、二位はここのすぐ近所、中山手通り生まれの世界的洋画家、小磯 良平先生だ。名前ぐらいは知ってるだろ?」
「えーと、知ってるような、知らないような、知らないような………」
「こんな世界的に有名な偉い画家さんより、ポンチ絵描いてる人間の方が稼ぎがいいはずないやろ!」
「あのう………」
おずおずと治美を右手を挙げた。
「なんやの?文句あるの?」
「『ポンチ絵』って何ですか?」
「なんや、そっちかいな!」
「漫画絵のことだよ。イギリスの風刺漫画雑誌『パンチ』ってのがあって、それを江戸時代末期、日本に来ていたチャールズ・ワーグマンって画家がマネして日本最初の漫画雑誌『ジャパン・パンチ』を創刊したんだ。そこから滑稽な漫画絵のことをパンチとかポンチとか呼ぶようになったそうだ」
「はあ…!随分と絵のこと、詳しいですねぇ」
「そら、そうや!雅人は昔は画家志望やったんやで。才能ないから、すぐにあきらめたんやけどな」
「エリザ!余計なこと言うな!」
雅人は古傷に触れられ、ついムキになって声を荒げた。
しかし、エリザは平気な顔でそっぽを向いた。
まったく、オシメをしていた頃からの幼馴染の女の子ってのはろくなもんじゃない。
「そんなことより『鉄腕アトム』ってどんな話なんだい?」
「わたしの話、信じてくれるの?」
「まあな。嘘を言ってるようには見えない………」
エリザがジロリと雅人を睨みつけたが、彼は無視を決め込んだ。
「おじいちゃんだけは、いつもわたしの味方だわ!」
雅人の言葉に治美は喜々として答えた。
「鉄腕アトムは、21世紀の未来世界で7つの能力を持った10万馬力のロボット少年が大活躍する物語です!」
「21世紀ってことは、君のいた世界にはそんな人造人間がいるんだ!」
「い、いえ……。残念ながら、実際にはそこまで凄いロボットはいません」
「なんだ、そうなんだ……」
「すみませんねぇ!あんまり21世紀に過度な期待はしない方がいいですよ」
「しかし、10万馬力のロボット少年………?子供の頃に読んだ絵物語にそんな話があったなあ?」
「えっ!?な、なんですと……!?」
「そうだ!横井福次郎の『ふしぎな国のプッチャー』に10万馬力のロボット少年ペリーってのが出てくる」
「あっ?そうなんですか?」
「確か交通事故で息子をなくした婦人のために、プッチャーのおとうさんが人間そっくりの人造人間を作るんだ」
「へ、へぇ……。交通事故で息子をなくすところまで同じだわ……。きっとインスパイアされたのね」
治美は小さな声でつぶやいた。
一方、雅人はアトムの話に興味が湧いてきたようだった。
「アトムってどんな格好してるんだい?描ける?」
「いえ!わたし、読み専なので……」
「読み専……?」
「読むだけなので自分では描けません」
「そのメガネの中に手塚治虫の漫画が記憶されていると言っただろう。だったらそれを見ながら描いてみなよ」
「なるほど!おじいちゃん、あったまいいー!」
「こ、これってあの有名なマンガ雑誌、『少年』じゃないですか!」
治美は瞳を輝かせ、声を震わせながら、今朝がたエリザが煎餅を食いながら見ていた児童雑誌の一冊を押しいただいた。
「あんた、その雑誌、知っとるん?」
「もちろんです!『少年』は1946年、昭和21年11月創刊の月刊少年漫画雑誌です。手塚治虫先生の『鉄腕アトム』をはじめ、横山光輝の『鉄人28号』、堀江卓の『矢車剣之助』、白土三平の『サスケ』、関谷ひさしの『ストップ!にいちゃん』、藤子不二雄の『忍者ハットリくん』といった名作を掲載します」
治美は手塚治虫以外は呼び捨てだった。
彼女は手塚治虫以外の漫画家にはあまり興味がないようだ。
「こんなヴィンテージ本、元の時代に持って帰れたら一体いくらするのかしら?」
治美は涎を垂らさんばかりに「少年」を手で撫ぜ回した。
「この頃ってもう鉄腕アトムが連載してるんですよね。最初の頃だから『火星隊長』か『コバルト』のエピソードかしら?こんな何もないレトロな時代に、あんな夢のある未来社会の物語を描いていたのね。やっぱりすごいなあ!
「そうだ!来月号のアトムのストーリーを言い当ててご覧に入れましょう。このメガネには、手塚治虫先生の全作品が完全網羅されてるんです。来月号のストーリーが当たったら、わたしが未来から来たって立派な証拠になりますよね」
治美はすっかり興奮して、ペラペラと喋りながらパラパラとページをめくった。
「あら?アトム、載ってませんねぇ……?手塚先生、原稿、落としたのかなあ」
「君!少し落ち着けよ!」
「は、はい?」
「いくら『少年』が児童雑誌だと言っても、漫画みたいな幼稚なものは載っていないよ。今は児童雑誌の主流は絵物語だよ」
「――絵物語って何ですか?」
「紙芝居に文章を付けたような小説だよ。挿絵の多い小説と言った方がいいかな」
「ああ!ラノベのご先祖様ですね!」
「あんた、なんも知らへんのやね!山川惣治の『少年ケニヤ』、小松崎茂の『地球SOS』、福島鉄次の『沙漠の魔王』。どれもこれも、ワクワクして読んだわ。本当に聞いたことあらへんの?」
「ですから、わたしはこの時代の人間じゃありませんから……」
「また、それかいな。あんた、ただの物知らずのアホなんとちゃうの」
エリザのきつい一言に、治美はすっかり意気消沈してしまった。
さっきまで興奮して手塚治虫のことを語っていたのが嘘のようだった。
「どうしてアトム、載ってないのかしら?おかしいなあ。もしかして時代を間違えたのかなあ。ちょっと、調べてみますね」
治美は必死に空中を縦に横にと人差し指でかき回し始めた。
「やっぱり手塚先生、1954年なら『少年』に『鉄腕アトム』、『少女クラブ』に『リボンの騎士』、『少年画報』に『サボテンくん』、『漫画王』に『ぼくのそんごくう』、『おもしろブック』に『ワンダーくん』、『漫画少年』に『火の鳥 黎明編』を連載しています」
「何アホなことゆうてんの!そないに仰山、一人の人間がお話し書けるわけあらへんわ!」
「そう言われても、この頃、手塚先生がほとんどすべての雑誌に連載していたのは歴史的事実です」
治美はまた人差し指を動かしながら、何もない空間の1点をじっと見つめた。
きっと、治美の目にはそこに記事が浮かんでいるのだろう。
「――関西の税務局が1954年に発表した長者番付、画家の部の一位が年収二百十七万円の手塚治虫先生になっています。この時代でも手塚先生は超売れっ子漫画家ですよ!」
「違うよ!この前、新聞に載ってたから憶えてるけど、画家の長者番付一位は和田三造先生だったよ」
「和田三造……?」
「和田三造先生はアカデミー賞で衣裳デザイン賞を貰ったりして大活躍だったからなあ。そして、二位はここのすぐ近所、中山手通り生まれの世界的洋画家、小磯 良平先生だ。名前ぐらいは知ってるだろ?」
「えーと、知ってるような、知らないような、知らないような………」
「こんな世界的に有名な偉い画家さんより、ポンチ絵描いてる人間の方が稼ぎがいいはずないやろ!」
「あのう………」
おずおずと治美を右手を挙げた。
「なんやの?文句あるの?」
「『ポンチ絵』って何ですか?」
「なんや、そっちかいな!」
「漫画絵のことだよ。イギリスの風刺漫画雑誌『パンチ』ってのがあって、それを江戸時代末期、日本に来ていたチャールズ・ワーグマンって画家がマネして日本最初の漫画雑誌『ジャパン・パンチ』を創刊したんだ。そこから滑稽な漫画絵のことをパンチとかポンチとか呼ぶようになったそうだ」
「はあ…!随分と絵のこと、詳しいですねぇ」
「そら、そうや!雅人は昔は画家志望やったんやで。才能ないから、すぐにあきらめたんやけどな」
「エリザ!余計なこと言うな!」
雅人は古傷に触れられ、ついムキになって声を荒げた。
しかし、エリザは平気な顔でそっぽを向いた。
まったく、オシメをしていた頃からの幼馴染の女の子ってのはろくなもんじゃない。
「そんなことより『鉄腕アトム』ってどんな話なんだい?」
「わたしの話、信じてくれるの?」
「まあな。嘘を言ってるようには見えない………」
エリザがジロリと雅人を睨みつけたが、彼は無視を決め込んだ。
「おじいちゃんだけは、いつもわたしの味方だわ!」
雅人の言葉に治美は喜々として答えた。
「鉄腕アトムは、21世紀の未来世界で7つの能力を持った10万馬力のロボット少年が大活躍する物語です!」
「21世紀ってことは、君のいた世界にはそんな人造人間がいるんだ!」
「い、いえ……。残念ながら、実際にはそこまで凄いロボットはいません」
「なんだ、そうなんだ……」
「すみませんねぇ!あんまり21世紀に過度な期待はしない方がいいですよ」
「しかし、10万馬力のロボット少年………?子供の頃に読んだ絵物語にそんな話があったなあ?」
「えっ!?な、なんですと……!?」
「そうだ!横井福次郎の『ふしぎな国のプッチャー』に10万馬力のロボット少年ペリーってのが出てくる」
「あっ?そうなんですか?」
「確か交通事故で息子をなくした婦人のために、プッチャーのおとうさんが人間そっくりの人造人間を作るんだ」
「へ、へぇ……。交通事故で息子をなくすところまで同じだわ……。きっとインスパイアされたのね」
治美は小さな声でつぶやいた。
一方、雅人はアトムの話に興味が湧いてきたようだった。
「アトムってどんな格好してるんだい?描ける?」
「いえ!わたし、読み専なので……」
「読み専……?」
「読むだけなので自分では描けません」
「そのメガネの中に手塚治虫の漫画が記憶されていると言っただろう。だったらそれを見ながら描いてみなよ」
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