人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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39.小話:役得の実験台 2

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「もしもリオーシュが“人形”になってしまったら……、本体から追い出された精神のリオーシュは、何処に入るのかしら?」
「それは勿論、入るとしたらアレですよ、アレ。陛下が作った薄紫色の――」
「あぁっ! リオーシュ特製猫(?)ぬいぐるみね! えっ、どうしよう! 私、その子が動く所をすごく見てみたいんだけど!」
「ふっ……くくっ、そうですね……。あのブサイク猫に陛下が入ってチョコチョコ動くのを見てみたいですね……くはっ!」
「ゼベク、お前……。ロアまで! 人の気も知らないで……」


 はしゃぐエウロペアと、必死に笑いを堪えているゼベクに、リオーシュは恨みがましく半目の視線を送る。


「あっ、ごめんなさいリオーシュ! けど、もしもあの子の中にリオーシュが入ってチョコチョコ動いたら、私、あの子をずっと抱きしめてるわ。可愛過ぎて」
「…………」
「今、『それなら“人形”になってもいいな』と思ったでしょ、陛下? 分かり易過ぎますね」
「おっ、おお思ってないぞっ!?」


 ――結果、六時間経っても何も変化は起こらなかったので、次の実験に移る事にした。


「握手は流石に大丈夫だったわね。次は――『抱擁』よ」
「ほ、抱擁っ!?」
「あぁ、他国の“挨拶”にありますね。早速やってみますか。――陛下、見ていて不快な気持ちになるんだったら、とっとと向こう行ってて下さい」
「……いや、見守る。お前が変な気を起こさないか監視する為にも」
「いやだなぁ、そんな気ある訳ないじゃないですか。はははっ」
「……ワザとらしい笑い方は止めろ」
「じゃあ……いくわよ」
「はい、いつでもどうぞ?」


 ゼベクはフッと微笑い、軽く両手を広げる。
 エウロペアは真剣な顔つきになりコクリと喉を鳴らすと、ゼベクの元にタタッと駆け寄り、彼の胸の中に飛び込んだ。
 そして、その広い背中に両手を回して、ギュッと抱きしめる。

 彼女の身体は、手とは反対に温かくて……柔らかい。匂いも、『幻』の時よりも遥かに良い匂いがフワリと鼻腔を掠めて。

「……っ」

 ゼベクは思わず理性を手離しそうになったが、瞬時に我に返り、それをすぐに取り戻した。
 気を鎮める為にふーっと長い息を吐くと、エウロペアの背中と腰に腕を回し、抱きしめ返す。
 彼女の頭頂部に顔を埋め、二人に気付かれないようそっと唇を落とした。


「……もうそろそろいいかしら?」
「ん、もう少し……」


 ゼベクの口から、つい甘えるような本音が出てしまった。無意識に彼女を抱く力が強まる。


「お・わ・り・だっ!!」


 我慢の限界だったリオーシュが、怒鳴り声を上げ二人をベリッと引き剥がしたのだった。



 ――そして、その翌日。
 またもやリオーシュに変化は見られなかったので、結構危ういと思っていた『抱擁』は問題なかったようだ。


「これまで順調ね。神様も他国の“挨拶”には寛容のようで良かったわ。次もそうだといいんだけど……。――えっと、これで一応最後よ。……ほ、『頬に口付け』……」
「くっ、口付けっっ!?」
「あぁ、他国でありますね。大胆な“挨拶”ですよね。この国では考えられませんよ」
「本当にね……。これ、流石にするのは恥ずかしいわ……。口は駄目だったから、頬も危険な気もするけれど……」
「何にせよ、してみないと実験になりませんよ? “人形”になるのは陛下だし、問題ありませんよ」
「問題ないって、お前……。他人事だと思って……」
「俺はいつでもいいですよ?」


 リオーシュにジト目で見られながらも微笑むゼベクは、エウロペアがやり易いように上半身を少し屈ませる。
 エウロペアは、恥じらいながらもゼベクにゆっくりと近付き――睨むようにこちらをジッと凝視しているリオーシュに目を向けた。


「……ちょっと、リオーシュ。そんなに見られるとすっごくやり辛いんだけど」
「気にしないでくれ。ゼベクが変な気を起こさない為の監視だからな」
「少しは俺を信用して下さいよ、陛下」
お前は信用ならない。お前、いつもより気持ちが高揚しているだろう? 理性が飛んだら、私がすぐに殴り飛ばしてやるから安心しろ」
「ははっ、怖い怖い。お手柔らかに頼みますよ」
「…………」


(リオの眼差しの圧が凄いし、とってもやり辛いわ……。何とか注意を逸らして、その隙に終わらせましょう……)


 エウロペアは視線を宙に漂わせて考え――突然、明後日の方向をビシッと指差した。


「あっ! あんな所でリオーシュ特製猫ぬいぐるみがチョコチョコ動いてるわっ!」
「えっ!?」
「は?」


 リオーシュはエウロペアが指差した方を思い切り振り返り、ゼベクも釣られて顔を向けてしまった。
 不意にクイッと腕の袖を引っ張られ、ゼベクはそちらを振り向く。
 ――普段から気配に気を付けている彼の振り向きは早かった。

 それと同時に、ゼベクの唇の端に柔らかく温かいものが触れる。それは、エウロペアの唇で。
 頬の真ん中を狙っていた彼女は、想定外の場所に口付けをしてしまい、目を見開いて至近距離のゼベクを見た。
 彼も目を瞠って、目と鼻の先の彼女を見つめて。

 ――そして、二人同時に頬が赤く染まった。


「……ロア、あのぬいぐるみどこにもいないぞ。――って、何で二人共顔が赤いんだっ!? ま……まさか私が見ていない隙に、べ、別の場所に――」
「……い、いえっ! そんな訳ないじゃないっ! ちゃんと頬にしたわ! あっ、あそこは確かに頬よ!? ねぇゼベク!?」
「あ……はい。確かに頬でしたね、あれは。はい、えぇ」


 真っ赤になってアタフタしているエウロペアと、頬を微かに朱に染めて動揺し、今まで見た事のない姿を見せているゼベクに、リオーシュは我慢の限界を超えた。


「もう全部終わっただろう!? これで実験は完全に終了だ! ロア、行くぞっ!」
「え? 行くって何処に――」
「いいからっ!」


 怒り顔のリオーシュはロアの手を引っ張り、王の部屋を出て行ってしまった。


「…………」


 一人残されたゼベクは、エウロペアが口付けした場所を指でそっと触る。
 そこは、本当に唇ギリギリの所で。もう少し振り向くのが早かったら、自分の唇に彼女の唇が――


「……ふはっ」


 そこまで考えて、ゼベクは吹き出すように笑った。


「あーあ、役得だったな。俺、役得の実験台。――くはっ」


 ゼベクは笑うと、天井に向かってグーッと腕を伸ばす。


「今回のが大丈夫だったら、俺から彼女に“挨拶”しようか。『他国の真似ですよ』とか言って。アイツの目の前で。――ふはっ、いいな。面白れぇ」



 ゼベクはエウロペアに恋慕をしていた。――いや、『愛慕』と言ってもいいだろう。
 彼の大切な親友であり、忠誠を誓った主君リオーシュを夫に持つ彼女に。

 いつの間にか、彼の中で彼女の存在が大きくなっていて。

 自分の気持ちに完全に気付いたのは、『七色の月光花』の“惑わす力”でエウロペアが出てきた時だった。
 月光花の“惑わす力”は、自分が心の中で一番に想ったり考えている事を具現化するものだからだ。


 最初は自分の感情に非常に戸惑った彼だったが、今ではその気持ちを素直に認めていた。そして、その状況を楽しんでいた。

 ゼベクは、リオーシュからエウロペアを奪おうとは微塵にも考えていない。二人には仲良く幸せに過ごして欲しいと、心から思っているのだ。
 この先二人の間に何人子供が産まれても、その気持ちが変わる事は決して無い。


 だけど、もしもリオーシュが先に天に昇ってしまったら……。その時は遠慮なくエウロペアを手に入れるつもりだ。

 何十歳年を取っても、彼女は身も心も変わらず美しいままに決まっているのだから。


 その事は、実はリオーシュにはもう話してある。彼に黙って彼の“最愛の人”を奪う事はしたくなかったからだ。



『リオーシュ、悪い。俺、エウロペア様の事を好きになっちまった。これはもう死んでも好きだわ』


 王の部屋にてゼベクに突然そう告げられ、リオーシュは両目を見開き、全然悪いと思ってなさそうな親友を見た。
 そして、瞼を閉じ大きく息を吐く。


『お前がロアの入ったリーエと行動を共にしていたと彼女から聞いた時から、薄々予感はしていたが……直球で来たな。お前の好みはロアと反対じゃなかったか?』
『跳ねっ返りでお転婆でじゃじゃ馬で気の強い女が、俺の本当の好みだったらしい』
『ロアはそこまでじゃないぞ……。しかし、お前から女性を好きになるなんて初めてじゃないか? いつも女性の方から寄ってきていたしな』
『あぁ、確かにそうだな。しかもマジで好きときた。俺ってこんなに情熱的だったんだな』


 真面目に頷くゼベクに、リオーシュは呆れた顔を向けた。


『自分で言うなよ……。しかもその彼女の夫に向かって……。けど、お前なら分かってるよな? 私はいくらお前でもロアは渡さない』
『あぁ、ちゃんと分かってるさ。俺は、お前と彼女が互いに深く想い合ってるのを知ってるし、お前達の幸せを強く願っている。だから、馬鹿な真似は絶対にしねぇよ。約束する。ただ、お前が死んだら彼女を貰う事を許して欲しい。いいよな?』


 “お願い”ではなく“強制”な事に、リオーシュは思わず苦笑してしまった。


『私がロアより長生きしたらどうするんだ?』
『そん時は潔く諦めるさ。今でもこの関係に十分満足してるからな。けどもし俺達が生まれ変わったら、今度はお前より早く彼女を貰う。覚悟しておけよ』
『ははっ、お前の本気は怖いからな。生まれ変わった私も気が抜けないな』
『隙を少しでも見せたら、お前は敗北決定だからな』


 不敵な笑みを見せるゼベクにリオーシュはフッと笑うと、頷いた。


『分かったよ。私が死んだら、ロアの事を任せた。その代わり、絶対に彼女を護ってくれ。約束だぞ』
『お? 意外にあっさり許可が貰えたな。もっとゴネるかと思ったんだが』
『その時にはもう、彼女の心の片隅には常に私が消えずにいるだろうからな』
『――はっ、以前と比べて結構な自信だな? けど、いい傾向だ。約束したからな? 彼女が俺にベタ惚れになってお前の事を忘れても、あの世でブーブー文句言うんじゃねぇぞ』
『ははっ、それは絶対に無いな。彼女が天に召され私のもとに来たら、再び彼女を貰うぞ。それこそ文句は言わせない』
『誰を選ぶか決めるのは彼女だ。恨みっこナシな。あと、ヨボヨボのジイさんになるまで長生きしろよ』
『……お前、矛盾してないか? それ』


 リオーシュの突っ込みに、二人は声を立てて笑い合った。



 ――そんな親友との“約束”を胸に秘め、ゼベクは今日も明日もこれからも反応が面白い二人をからかい、最愛の二人を全力で支えていくのであった――







End.








※※※※※



小話、おしまいです。ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
ちなみに、エウロペアとゼベクが結ばれるIFエンドも構想にあるのですが、恐らくR18な内容になりまして……。
こちら、書き上げましたら、こっそりとあげておきますね^^;
読んでいいという方がいらっしゃいましたら、覗いてみてやって下さい。

恋愛小説大賞も、投票して下さった方がいらっしゃいましたら、最大級の感謝を込めて……ありがとうございます!
引き続き、どうぞよろしくお願い致します。


改めまして……最後までお読み下さり、心からありがとうございました!




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