魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅴ ソロモン革命

3節 中央集権 ⑤

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 その二日後。

「間ーに合ったー! っと」
「はぁ、慌ただしいわね」
「ギリギリですわ」
「はい。五分前です」

 エイジの駆け込んだ先は、魔王城下町広場正面に設置された演説台、その後ろ横である。

「どうしたんですかエイジさん⁉︎」
「はぁ…はぁ……さっきまで仕事してた。滑り込みセーフ……」

 セーフにしても限度があるだろ、の目が突き刺さり、疲労に相まって滅入る。

「出張の仕事、無理言って巻きに巻いてなんとか……」

 座ってしばらく。息が整い、落ち着いてくる。そこで初めて、じっくりと周囲を見渡す。

 少し目線を横に逸らすと、大きな広場が目に入る。そこには、城内でさえ見かけることがないほどの多種大勢の魔族が集っていた。さらに魔族のみならず、妖精やほぼ魔獣のような者までもが、その場にひしめいていた。

「そろそろのようです」

 腕をつつかれ、エイジははっとして姿勢を正す。その耳には、喧騒に紛れて聞き慣れた金属音が入ってきていた。

 ベリアルは、厳かに階段を登る。そして、その姿が台上に露わとなったその瞬間、喧騒はピークとなる。

 魔王は、その喧騒に特段反応することもなく、歩を進める。そのまま拡声器の前まで行き、片手を上げる。途端、今までの騒々しさが嘘のように、しんと静まり返る。

「我が民たちよ。今この場に集ってもらったこと、嬉しく思う」

 静寂を貫くように、魔王ベリアルの重い声が響く。傾聴しているエイジの耳に、少し遅れて別方向から同じ声が届く。この町のあらゆる箇所に、スピーカーが設置されているのだろう。

「さて、皆知っての通り、我々魔王国は苦しい状況にある。痩せた土地、冬の凍て刺す寒さ……人間から迫害され、この地以外に居場所もなく……優れた技術も持たないまま、細々とその日暮らしをしていた」

 静かに、ゆっくりと、沁み入るように語り始める。

「そんな我々の下に、新たなる一陣の風が吹いた。そう、噂に聞いているだろうが……新たに我ら魔王国の宰相に就任した、エイジという男だ」

 自分の名前が出たことで、ピクリと震える。周りの人からの視線も集まって、むず痒い。

「彼の所業、知らぬ者も多かろう。未だ、生活が変わったという実感を持つ者も、そういないだろう」

 元首の声は、徐々に小さく、なっていく。

「しかし! 聞いたであろうか、我ら魔王国はかの帝国との戦いにおいて勝利した‼︎ これもひとえに、彼の力あってこそだ‼︎ されど彼はこうも言った、我らには力があるのだと‼︎」

 不意に、ビリビリと街全体を揺るがすように声が響き渡る。

「諸君等は、食を豊かにする料理というものを知っているだろうか。冬を快適にする暖房を知っているだろうか。暮らしを便利にする家具を、人生に彩りを与える娯楽を! はたして、知っているだろうか。否、であろう?」

 多くの者は、まるで分からぬ様子。されど興味が惹きつけられる。

「私たち王城の者は、一足早く、それを享受した。そしてその利便と、甘美なる喜楽を味わった……そして今こそ、皆にも与えられる時が来たのだ!」

 手を大仰に広げ、広場中の魔族たちを見渡し、ベリアルは続ける。

「さあ、立ち上がれ市民たち! 今より魔王国は生まれ変わる! 私魔王ベリアルと、宰相エイジ、そして諸君ら魔族の下に、この国は大きな成長を遂げる‼︎ この私が確約しよう。この国は、この大陸で最も豊かな国となるのだ‼︎」

 拳を強く握り締め、天高く突き上げる。

「私に、その力を貸してくれ! 全ては、魔族の為に‼︎」

 しん……と静まり返る空間。その異様に長く感じる数秒が過ぎ去った瞬間、世界から音が消えた。


 否。あまりの声量に、音を聞くことさえできなかったのだ。

「「「魔王様万歳!!!」」」
「「「魔王国に栄光あれ!!!」」」
「「「魔王国に恵みあれ!!!」」」

 魔族たちは思い思いに拳を掲げたり、雄叫びをあげたりしていた。その様子にエイジは、魔王ベリアルのカリスマ性はやはりすごいと思うと同時に、その騒音による苦痛に顔を顰めながら耐え続ける羽目になるのだった。


 魔王スピーチより、一時間弱経過後。

「参ったね……まさかこれほどとは」

 城下町から魔王城まで続く一本道。その道路上は、黒い点でびっしりと埋め尽くされていた。集団恐怖症卒倒必至。

「ワタシ……これ捌けるかしら……」

 魔王国の為に尽くし、働くことを望むならば城に来い。魔王の最後の言葉を受け、国中の者が集まっていた。

「しかし、オレは感心したよ」
「ベリアル様のことですか?」
「それもそうだが……彼ら、列を乱すことなく、暴動が起こることもなく、しっかりと並んでる。種族もバラバラだってのに」

 その姿に、どこか懐かしさと親近感と、畏怖すら覚える。

「おおっと、感心している場合ではないな。やる気があるのはいいことだ。さあ、皆休み返上で手続処理を始めよう」
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