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Ⅴ ソロモン革命
3節 中央集権 ④
しおりを挟む「うん……?」
「あら、お気づきになりましたのね」
エイジが目を覚ます。その視界にまず飛び込んできたのは、ダッキの覗き込む顔。
「膝枕……オレ、どのくらい寝てた」
「一時間も経ってませんわ」
胸の上に乗っていた尻尾をゆっくり除けると、エイジは上体を起こす。
「足、痺れてないか?」
「まず心配をしてくださるのは嬉しいですけれど、少しくらい動じてくれたっていいじゃないですの」
「もう慣れた」
「む……足は心配いりませんわ。もう一人と交代でしたので」
もう一人。考えるまでもない。
「そうかい。他のみんなは?」
「エリゴス様とフォラス様は、鉱山に向かわれましたわ。テミス様とレイエルピナ様は、あちらで設計図を描いておられます」
「了解だ。さて、オレの仕事は……」
顎に手を当て、暫く考え込んだエイジ。すると突然立ち上がっては翼を広げ、
「ダッキ、ノクトを。奴の手が空いてたらでいいから連れてきてくれ。採掘後は、あいつの錬金術が必要になる」
「承知いたしましたわ。あなた様は?」
「オレは採掘の手伝いだ、行ってくる」
命を告げるや否や、飛び立った。
「さあ、現場はどこかな⁉︎」
飛び上がったが、アテはない。それでも飛んでいれば何かは見えるはず。そう思っていると、やはり、その視界に何かが映る。
「あの影は……飛竜か? で、この高度となると……あの人だ」
その正体を推察すると、その目標に向かい一直線に飛んでいく。エイジの接近に気づいた影は一瞬身構えたが、あちらも気づいたようだ。構えを解き、近づいてくる。
「相対速度同調……やあエレンさん」
「ヤハリ、宰相カ」
ギリギリまで近づくために、エイジはエレンの真上を飛竜とほぼ同速で飛んでいる。
「ヨク、ソノヨウナ芸当ガデキルモノダナ……」
「採掘組はどちらに?」
「アソコダ」
漆黒の籠手が指差す先。そこは山の麓だが、小さな点がいくつも動いていた。エレンに近いたことで、あちらからでは見えなかったところが視界に収められるようになったのだろう。
「了解、ありがとうございまーす。では、先行する」
少し速度を上げて距離を離すと、一気に加速。墜落でもするように、ポイントまで飛翔する。
「速イ……ッ!」
飛竜のような、一般的な魔物の枠に収まる生物では出せない速度に、竜騎士は息を呑む。まるで空の主は自分でもあるかのような姿に、憧れと嫉妬を覚えた。
「負ケテラレヌ、飛ベ!」
鞍を蹴り、手綱を引いて、負けじと追いかける。
しかし、彼はそのような対抗心など取り合うまでもないとばかりに、悠々と、赴くがままに空を駆けた。
「ようし、ようやく着いたぞ。待たせたな」
採掘ポイントへとやってきたエイジ。やはりというか今回も、着地スレスレで急ブレーキをかけたわけだが。爆音で接近に気付いていたために、皆早めに退避していた。それでも風圧は強く、踏ん張らないと転んでしまいそうなほどであった。
「まったく、荒っぽいですねあなたという人は!」
その風圧で眼鏡が吹っ飛んでいったフォラスは怒り心頭である。
「すまない。飛んでいると、どうにもテンションが上がって雑っぽくなる。車は安全運転なんだけどね、遮るものがないと速度出したくなっちまうもんなのさ」
片手を上げて詫びると、顔を引き締める。
「で、今どんな作業を?」
「こちらの洞窟は、拠点より程近く良い場所だったので、ここを掘り進めることにいたしました。確認してみたところ、魔晶石も豊富にあるようでしたので」
「そうかい。ところで、有用な鉱石のあるポイントと魔晶石の生えるポイントは全く違うようなんだが」
二人の話している横に、何かが降り立ってくる。エレンと、その飛竜だ。その表情はバテ気味。
「ええ。ですから、あちら側に少し離れたところに、鉱石用の坑道も掘っているところですよ」
「ほう。石炭は」
「目下探査中です」
「わかった。ところで、気付いたか? 印に」
「エリゴスとエレンが言っていたやつですね。これでしょう」
彼の指差したところには、Σのような文字が彫ってあった。
「一つ確認を。フォラスさん、アンタは金属の特性の把握や見分け方は知ってるか?」
「あなたの寄越したサンプルとメモで、幹部らと勉強しておきました。抜かりはありません。資料の複製も撒きました」
それを聞くと、エイジは満足そうに頷く。
「なら大丈夫そうだな。それで、エリゴスさんは?」
「あちらの坑道の奥ですよ」
訊きたいだけ訊くと、他には何も構わずにスタスタと次の目的地へ向かう。
「いたいた、エリゴスさん」
「む、もう動いて大丈夫なのか?」
「ええ、大したことでもないので。にしても、暗いですね」
「だな。どうしたものか」
エイジは言いたいことがありそうだ。もう対応には慣れたもの。エリゴスは話を振る。
「坑内作業は危険ですから。照明の魔導具を用意しましょう。壁にかけます。火は酸素が減って危険ですし、漏れ出たガスに引火し爆発する危険もありますので」
「ふむ、そうか」
エリゴスは手元に用意しておいたメモに、書き込みを始める。
「有毒ガス発生の危険の他、深くに行くほど酸素が減って危険なので、換気用の魔導具も設置するべきです」
「ほうほう……」
「また、坑道内に水が溜まることもあるそうなので、排水用のポンプを設置することを検討してください」
「水とな? そんなこともあるのだな」
感心した様子で相槌を打ちつつ、淀みなく書き留めていった。多少崩してこそあるものの、存外に字が綺麗である。
「そして、作業員の装備の話ですが。ふと動いた時や落下物、他人との接触など、怪我をする恐れが非常に高いです。手指を保護する軍手、頭部を守るためのヘルメット、肘膝などを守るプロテクターを用意してください。加えて、粉塵が体内に入り込むと、呼吸器系や目の病気を引き起こす恐れがあります。魔族でも命の危険があるでしょう。ですから、ゴーグルやマスクが必要になるかと」
「戦闘用の防具ではダメか?」
「やめた方がいいと思います。重くて疲れたり、動きにくかったり、機能性がよろしくない」
「しかし、そのような道具は恐らく無いだろうな……」
「でしたら、これから作りましょう。あとで、おおよそ必要な数を教えてください。それから、作業後に使用感などを教えてください。それを元に改良します」
「承知した」
「それから、崩落防止に支柱を立てましょう。坑道は広く掘って、鉱石を運びやすくするため、レールを引いてトロッコを通すつもりなので、掘る時はできる限り水平に。下に掘り進めたい場合は真下に、階段にするように掘っていきましょうか」
「うむ……高低差があると、鉱石の運搬が少し大変になるな」
「確かに、そうですね」
坂にせよ、階段にせよ、鉱石を運ぶのは大変である。現場での仕事でも、什器を運搬するのは大変。
「そうだ! エレベーターも作ればいい! エレベーターは滑車と錘さえあればできるし」
「エレベーターとな?」
エイジは紙を借り、籠と錘と滑車を描いて、軽く説明する。
「なるほど……これは画期的なものだ」
「魔王城も増築して階層増えたら、導入を検討するかね……さて、と。エリゴスさん。魔晶石の採取はともかく、鉱石を鶴嘴(ツルハシ)で掘っていくのは効率が悪いです。労働力の無駄づかい」
「では、どうする」
「爆破します。そしてその破片を運ばせます。術師を連れてくるか、あるいは爆発性の魔道具を使いましょう。と言っても爆破は最も危険な作業なので、精通した者を連れてくる必要はありますが」
「楽ではあるが、事故が怖いと。承知した」
二枚目、三枚目とかなりの速さで書き込んでいる。骨だけだと疲れ知らずなのだ。
「今回は、本格始動に向けての下準備や調査が主なので、あまり張り切らなくていいです。道具を設置するとしたら何処に、設置するための広さはどのくらいに、掘り方をどうするか。そのくらいで」
「承知。では、今回得られたデータを、フォラス殿と共に吟味するとしよう」
彼はそれからエイジに二つほど質問をすると、背を向け奥へ進んでいった。暫くすると、低く重い声が聞こえる。洞窟の中だ、よく響く。掘り方を説明でもしているのだろう。何も知らなかったら心霊スポットにしか思えないが。
「んじゃオレは、軽く採掘手伝ったら切り上げますかね。ノクトが来たら、錬金での還元について説明してやらねば」
手を頭の後ろで組んで、彼は洞窟入り口に向けて歩いていった。時折魔術をブッパしながら。
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