魔王国の宰相

佐伯アルト

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I 宰相始動

3節 異世界での初日 ①

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 ベリアルから伝えられた予定では、一週間目の午前はこの世界について学び、午後は戦闘訓練をする。二、三週目は午前が魔術を練習し、午後はやはり戦闘訓練だ。

 ついでにこの合間に、天界で決心したように、与えられたチート級能力の制御も、自室など人目に付かないところでこっそり行うつもり。


「では、この世界についての講義を始めようか」

 魔王達が大量の書物を抱えてやってきた。ここは先程とは異なる部屋だ。部屋の真ん中には、長方形の大きな木製の机がある。講義をするには、円卓部屋はやや手狭だそう。

 さっきの幹部達も物珍しいのか、全員がついて来ては面白そうに見ている。

「では、まずはどこから話そうか?」

 ベリアルは卓に手をついて、寄りかかりながらエイジを見る。ちなみに、寄り掛かった途端に卓がミシミシッと嫌な音を立てたので、彼は直ぐに手を離したが。

「それじゃあ……この世界の地図はありますか?」
「地図だな。よしレイヴン、ここに広げろ」
「はっ、かしこまりました」

 レイヴンが持っていた、羊皮紙製の地図が机いっぱいに広げられる。

「これが、今判っているこの大陸の全容だ。まあ、不明な点や測量の技術が発展していないこともあって、空を飛べる者の目視と、人間から手に入れた地図を合わせ、なんとなくの形を再現したにすぎないがな」

「魔王様、この地図の縮尺は?」
「分からん」

 エイジの質問は、スパッとにべもなく切り捨てられる。

「この世界の長さの単位は?」
「単位? 単位とは何だ?」

 本当に何も知らない人間しかできないような、興味津々な目をするベリアル。

「えっ……まさか単位無いの? ……ある一定の大きさを基準にした記号と数値ですが……。物の長さや重さ、体積に力にエネルギーの大きさを表す算術記号です。ちなみに私の世界では、全世界共通のものもあります」

「ほう、そんなものがあるのか! もしかすれば、人間たち、または国の民達にはあるかもしれないが、少なくともそのようなものは我々は知らない。あってせいぜい個数や時間の数え方などだ。我が国の学者が使っているものもあるのかもしれないが、一般的ではなく統一など以ての外。なるほど、それはかなり便利なのだろうな」

「魔王様、もし私が宰相になりましたら、なるべく私の世界の基準にできる限り近い単位を作り出して見せましょう」
「ほう、それは楽しみが一つ増えたな」

 期待の眼差しを向けるベリアル。しかし正直、地球の単位が一つも持ち込めていないので、全く正確に同じものを作るのは難しいどころか、不可能であることはエイジも察していたが。

 それでもエイジは、この異世界オリジナルの単位を作る気満々である。魔王の期待を満たしつつ、自分も快適に生活できるのだから。

 再びエイジは地図に目を落とす。

__この大陸は、ぱっと見でよく似ているのは、中華人民共和国か?__

「ところで、魔王国はどのあたりですか?」
「そうだな、この辺りだ」

 魔王が示したのは、大陸北東部の半島のド真ん中、から少し南南西の辺り。

「ふ~ん……緯度が分からないから何とも言えないけど……あ、そうだ。質問です、この辺り夏と冬の気温の差が大きいですか?」
「ああ、そんな気がする」

「じゃあ……例えば、夏は植物が育つほど暖かいが、冬は水が凍るほど?」
「うむ、その通りだ。夏はやや汗ばむ暑さで植物も育つが、冬は非常に厳しい寒さで、飢え死んでしまう者が多い」

 エイジの質問攻めが始まるが、ベリアルはそれを嫌がらずスラスラと答えていく。まるで、なぜなぜ期の子供とパパのようである。尤も、その子供は頭が結構良いのだが。

「では、この辺りに針葉樹、葉っぱが針状の木からなる、非常に広い森があるはずなんですが」
「その通りだ」

「夏によく雨が降り、冬は雪が降らず乾燥しますか?」
「いや、冬も雪が降ることがしばしばあるぞ。まあ、夏に比べれば降水は少ないが」

「なるほど。ここの気候は微妙だけど、ケッペンの気候区分でいえばDfかな。ふふっ、これは良いかも……! 魔王様、確認ですが、南の方には葉が広いタイプの木もありますか?」
「ああ、確かにあるぞ。しかし、何故分かった?」

「タイガは存在し、混合林があるからDfでほぼ確定……土壌はポドソルかな? いや失礼、土は灰色で植物が育ちにくい。違いますか?」
「おお、これだけの情報でそんなこともわかるのか!」

 質問で得た情報から、地理の知識を用いて分析する。結果は正解だったらしい。

__どうやら、なぜかはわからんが、この異世界は地球と似ている。重力は同じだし空気が薄いわけでもなく、それどころか気候帯も似ていて四季まである。人間はいるし、動物も類似。この謎、いつかは解き明かしたいもんだ__

 そんな探究欲が、彼の中で膨れ上がっていく。最早彼は生き抜くための情報収集ではなく、勉強として楽しみ始めていた。仕事では頭を使いたくなくて鈍っていたが、楽しい事であればこうも動くのかと、彼自身少し感動していた。

「ええ、私の世界では、世界のほぼ全ての気候と、その傾向が判明しています。どうやら、その知識は異世界でも適用できるようなので安心しました。……ところで皆さん、世界は丸くて、空が回っているのではなく、地面が動いているって知っていますか?」
「「「ッ!!?」」」

 この場が驚きに包まれ、あり得ないものを見るかのような視線がエイジに集まる。この反応は彼の予想通り。人間の国はどうか分からないが、魔王国はあまり文明が発達していないとみた。近世ヨーロッパよりは確実に劣っているだろう。

「そんなことがあってたまるか‼︎」

 レイヴンが叫び、その他の幹部も同調する様に頷いている。メディアだけは、どうやら驚いてはいないようだったが。

「やはりこうなるか。仕方ない、解説しましょう。いいですか? この世界は、惑星という球体で出来ています。夜空に輝く星々と同じように。そして、この球は回転しています。故に、この球上にいる我々は、夜空が回っていると錯覚する。そうでないと、天体を観測した時に矛盾が生じますし」
「この星が球体なら、我々は滑り落ちてしまうではないか!」

「では、その球の真ん中に向かって引っ張っている力が働いているとしたら? それがこそが重力ですよ。万有引力と言って、質量を持つ物は全て、周りの物を引きつける力を持つ。この球、惑星は途方もなく重いですからね、万有引力 F=GMm/r^2 の大きさも途轍もない」

 そこまで言われてもわからない者は、流石にいないようだ。

「では、その球が物を引っ張るなら、月が夜空が落ちてくるのではないか?」
「そう思うのも当然ですね。では、桶と水を用意してくれますか? 証明して差し上げます」

 この星にも衛星、月があるのだな。などというふうに思いながら暫く待っていると、ノクトがバケツを持ってくる。

「このバケツを縦にグルグル回すと……あら不思議、水は溢れません。このように、回転しているものは見かけ上外側に引っ張られる。この見かけの力によって起こる現象を、遠心力と言います。だから月は落ちてきません。私達が住んでいるこの星、球体も太陽を中心に回転している。この宇宙には、この星よりもよっぽど大きな質量を持つ天体が無数に存在していますから。因みに私の世界では、この重力の大きさや遠心力の大きさも、速さやエネルギーなどの単位で表されています」

 エイジも試すまで疑心暗鬼だったが、どうやら物理法則も基本は地球の存在する宇宙と同じようだ。ならこの異世界も球形の天体なのだろう、と結論づけられる。

 そして持ち込まれたバケツに入っていたから、水があることも知れた。存在する原子や元素、物質も恐らく同じなのだろう。

「お、お前の住んでいた世界は、一体何なんだ……」

 彼らの視線が面白さ、疑わしさから驚き、そして尊敬に変わったように見える。

「ほう、其方を生かしておいてよかった。このような我々が知りえもしない知識を、まだまだ持っているのだろう? 安心しろ、お前はもう我々魔王国の宰相の座がほぼ確定したぞ。そうでなくとも、学者として十分やっていけるであろう」

「いえ、宰相という重大な役職ですから、きちんとした手順を踏んでからにさせて戴きます」
「律儀だな。だがそれがいい。うむ、期待させてもらおう」

 どうやら皆、自分を認めてくれたようだ。これでかなり安心して過ごせる、と彼は胸を撫で下ろした。


 だが何より、エイジは驚いていた。やりやすいのだ。ほんの少し前に初めて会ったとは思えないほどに。

 まるで、これこそが在るべき形であるような。どこか波長が合うのだろう。

 加えて、彼らは幹部にも抜擢されるほどだ、頭も良いのだろう。話が通じる。


「話がかなり脱線してしまいましたね、すみません。ところで何故、魔王様は人間と敵対していらっしゃるのですか?」

「ああ、先程言ったように、この魔王国のある周辺は過酷な環境でな。暮らしにくく、農業もできぬし、特に冬の厳しさに耐えられず、死んでしまう者が後を絶たない。そのために安定した環境を求めて南下したいが、南には人間達の国がある。人間達はどうやら我々を恐れているようで、進出を妨害してくる。だから仕方なく、な」

 実際にはロボのような金属の顔なので動くはずもないのだが、苦そうな顔をしていることが察せられる。何より、目の色が青く変わっている。興奮していた先程はピンクに発光していたから、目の色で感情の判別ができそうだ。

「人間を嫌っている、というわけではないんですね?」

「そうだ。むしろ、幹部の中にも元人間がいるほどである。もちろん魔族の方が種族として優れていると主張し、人間を見下す者も一定数いるが、嫌悪している者はそういない。私はただ、自らを慕い、付いてきてくれる者たちを救いたいだけなのだが……人間にとって、我々は一人ひとりが強大であり、互いに未知である。彼らにとっても我らは恐ろしいのであろう。話し合いを試みたことはあるが、今までまともにさせてもらえていないのだ」

 その話を聞いて、エイジは昨夜ベリアルがただの悪人ではない、と下した判断が間違っていなかったことに安堵しつつ、これからのことを考えていた。

__なるほど、大義名分を持った特撮の怪獣みたいで同情するな。いや、同情している場合じゃないだろ! オレは宰相になる予定の人間だ。魔王国の一員として、宰相として、その問題は早急に解決する必要がある。仮にも数多の者を背負う為政者たる宰相になると言い、魔王様達から期待されているのだから、それに相応しい責任と覚悟を持って望まなければならない__

「そういえば魔王様、この世界の暦は、どのようになっていますか? 時間が分からないと不便です」
「おお、そうか。メディア、カレンダーと時計を持って来い」

 命じられた、影の薄い女魔術師がひっそりと部屋を出て行き、暫くして何かを両手に抱えて戻ってきた。

「これがこの世界の暦だ。今まで数十年間、天体観測をしてきていた者たちが作り出したもので、かなり正確。今はメディアが代表してこれを管理している。区分は、日が昇って沈み、再び昇るのを一日として、それが三六〇回程で一周する。これが一年。それを十二分したものを月という。夜空に出る月が満ち欠けする周期が三十日だからだ。ちなみに八日間で、週という区分もある。そして一日を二四に分けたものを時間、それをまた六十に分けたのを分、そしてその六十分の一が秒だ。……ん、どうした? そんなに驚いて」

「そりゃ驚きますよ! 違う世界、違う星なのに区分がほとんど同じなのだから」

 週が八日であることくらいしか、大きな差はない。

「む、そうなのか? ほう、不思議なこともあるものだ。ああ、そうだ、これが時計だ。後ろのつまみを回すと、秒刻みで時刻を示してくれる絡繰で__」

「これもか! 秒の間隔が体感にはなるけど、オレのいた世界とほとんど同じだ!」
「そうか、それは良かったな。時間の感覚が同じなら、暮らしやすいだろう」

__なぜだ。なぜ地球とほぼ変わらない時間間隔なんだ。分時日年の区分が同じである以上、秒間隔が同じだとしたら……かつ地球と同じ重力であるというのなら、惑星の大きさや、自転や公転の周期など同じでなければならない。……異世界だから、で片付けられるのか? 今このオレがいる天体は、地球と同じ宇宙にあるのかどうかで出る結論は全く変わる。……いや、今考えても仕方がない。調べる術が存在しないんだから。とりあえず、この疑問は後回しにしよう__

 この世界についての話を聞いてからというもの、エイジは理屈を捏ねる、こんなことばかり気になっていた。
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