魔王国の宰相

佐伯アルト

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I 宰相始動

2節 魔王国幹部達との出逢い

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 ドンドン、と強く扉が叩かれた。本人的にはコンコンなのかもしれないが、あの鎧である。必然だろう。

 やはりエイジの眠りは浅かったようで、すぐに起きられた。窓から外を見ると、日は既にある程度昇っている。

 寝る前に、異世界転移したということや、チート級の特殊能力を手にしたという事実を再確認し、状況を把握。そして一度寝たことで、精神が安定しリラックスできている。ただ、この世界に関することはざっくりとしか分からないから、魔王にいろいろ訊いてみたい。そんな思いが燻っていた。

__さて、ではいくか!__

「起きてますよ」

 バンッ‼︎

「では、ついてこい!」


 案内された先の部屋は、寝室と同じ階にあった。窓がなく、明かりは蝋燭の灯だけのために薄暗くて、中央には大理石製らしき円卓が。そして、只者ではないオーラを発する者が七人、席に着いていた。レイヴンもその一人。

「お前たち、彼が先程話した異邦人、いや、異世界人のエイジだ。エイジよ、彼等は我が国の幹部たちだ」

 国の幹部。大臣のようなものだろうか。そりゃ只者じゃないわけだ。あの異形の者……魔族達のトップに立つ者なのだから当然か。しかし、エイジにとっては意外なことに、魔物らしい魔族よりもほぼ人型の方が多い。

「幹部は全員で八名だ。彼らは戦闘や魔術、知識や指揮能力などが魔族の中でも一際秀でた者達であり、私と幹部達が中枢となってこの国を統治している」
「え、でも七人しか……」

 円卓の椅子は、手前と奥の席が空いていた。奥のは他と比べて特別大きく装飾も豪華なので、魔王のものだとわかる。

「一人は前線に出ているのだ。人間の軍と、戦うためにな。さて、昨日は突然のことでよく話せなかったからな、お前のことを教えてくれ。一眠りして、いくらか落ち着けたであろう? 昨夜の動転ぶりは見ていられなかったからな。それでも、ある程度落ち着いて私と交渉しようとした点は誉められるが。……ふっ、安心しろ。動転していたからといって、約束を反故にはせん。宰相として認められるかどうか、見極めさせてもらう。では改めて、自己紹介をしてもらおう」

 動転しているのは見破っていたものの、ベリアルは彼に落ち着く時間を与えてくれた上、戯言と切り捨てないでくれている。流石は魔族の長なのか、懐が深いようだ。

 さて、自己紹介。人見知りだった彼にとって、自己紹介は天敵であり、今まで苦手だった。まあここまで特殊な状況ならなんてことないだろう、無難に済ませよう。そう思うと、考えをまとめて、口を開く。

「では改めて。私の名はエイジといいます。昨晩突然、魔王様の御前に飛ばされまして、魔王様の国の宰相となる契約を致しました。貴方達の姿と私の辿った経緯を見ると、私はあなた方とは異なる世界からこちらに飛ばされたようです。そのため、この世界については疎いですが、異世界の知識を活かして、お役に立てるよう尽力しますので、どうかよろしくお願いします」

 緊張はしていたが、何とか噛まずに言い切れた。ちなみにモザイク曰く、この世界においてファミリーネームを持つ者は、王族など極めて少数派らしい。それに日本語の名字は馴染み薄いだろう。故に名乗らなかった。

「異世界、ねぇ……」

 幹部の誰かが呟いた。いかな幹部といえど、こんな突拍子のない話など考えが及ばないだろう。

「ではお前達、彼に自己紹介を」

 ベリアルは促すと、自らの席につく。

「では私から」

 声を上げたのは、左側の一番手前に座っている白衣の者。

 長身痩躯で脂ぎった藍色の髪をし、猫背で丸メガネを掛けた鉤鼻の、如何にもマッドサイエンティストといった風情の男だ。青白い顔色と尖った耳も相まって、怪しさ満点である。

「私はフォラスと申します。主に魔術や魔道具の研究をしておりますぞ。種族はヴァンパイアでございます」

 意外と言動がマトモである。人を見かけで判断してはいけない好例だ。

「あなたには、我が研究の礎として、是非とも実験台になっていただきたいですねェ、クックックック!」

__前言撤回‼︎ やっぱヤバい奴だ! 警戒しよう!__

「……冗談ですよ。これからよろしくお願いしますね」

 にこやかに笑いながら手を差し出し、恐る恐る手を伸ばしたエイジと握手をした。

「じゃあ、次はワタシねェ?」

 そんなところに女の声が聞こえ、そちらを見る。そこにいたのは、ウェーブのかかった濃いピンクのロングヘアと、扇情的な肢体を持ち、露出が多く劣情を掻き立てるようなデザインの装束を纏っている妙齢の女性。

 仕草や声音が色っぽく、側頭部にやや捻れた短い角が、腰部にはコウモリのような小さな羽、さらには先が鏃型の尻尾が生えている。どっからどう見ても夢魔、もとい女型淫魔ことサキュバスだ。

「ワタシはモルガンよォ。ワタシは大体魔術の研究をしたりィ、遊んだりしてるわァ。よろしくね、エイジクン?」

 彼女の挨拶はウインクしながらの投げキッスだ。際どい格好と妖艶な仕草が相まって、女性経験の無いエイジには刺激が強過ぎる。静かに深呼吸し、必死に理性で抑え込んだが。

「私ハ、エレン。魔王国竜騎士団ノ、団長ダ。ヨロシク頼ム」

 どうやら、彼らは時計回りに自己紹介していくらしい。次は、全身をくすんだ黒色のプレートアーマーで覆った、正に黒騎士といった感じの人物。その体躯は魔王ベリアルよりは小柄だが、声がくぐもっていて男女の判断もできない。

__ていうか団名そのまんますぎてダセェな!__

 エイジは声には出さなかったが、ツッコミしたそうにしていた。

「予はエリゴスと申す者。見ての通りリッチーであり、魔王軍の兵士長でもある。これからよろしくな若人よ、フハハハハ!」

 骸骨というおどろおどろしい外見に反して、気の良い人のようだ。ただ纏っている戦士としてのオーラは、格別なものを感じられる。

 2mを超す巨漢であり、その重厚な装備も相まって、とてつもない重圧を放っている。もし敵として凄まれたら、動けなくなってしまっていたかもしれない。

「知っての通り、魔王国軍将軍のレイヴンだ。以上」

 たった二言。味気ないにも程がある。

「気になったんですけど魔王様、彼の種族はなんですか?」
「堕天使族だ」

「あれ? 翼や輪っかは?」
「おや、種族の特徴を知っているようだな? うむ、だが今は話を戻そう。魔族にもよるが、自在にサイズを変え、仕舞うこともできるらしい」

「へえ、それは興味深いですね。完全に物理法則から逸脱している……」
「黙れ、煩わしい」

 怒られた。彼にとって、エイジは反りが合わないらしい。エイジはなんとなく仲良くなれそうな感じがしているのだが。

「………私? ……私は……メディアよ……」

 その隣に居るのは黒いローブを纏い、フードを目深にかぶった小柄な、如何にも魔法使い風の女性。声がめっちゃか細く、聴き取りにくい。

 分かることは、髪が明るめのピンク色なのと、耳が尖っていることくらい。どうやら彼女からは、あまり好ましく思われてないらしい。しくは、人見知りである可能性も否定できないが。

「おや、僕が最後のようですねぇ。僕の名前はノクトというんです。お願いしますね、エイジクン」

 そう言ったのは、糸目でにこやかながら、どこかにニヒルで軽薄そうな態度の、金髪を中分けにした、生まれ変わったエイジ以上に長身の青年。

 いかにも神などクソ食らえなどと思ってそうなのに、神父服のようなローブを着ているところが胡散臭さを増幅させている。レイヴンと同じように、外見からは何の種族か見当もつかない。

「あと一人は、先ほど言ったように前線に出撃している。ゴグといって、種族は大鬼オーガだ。これで幹部は全員。何か、質問はあるかな?」

 エイジは幹部の顔を再び見渡す。見られたことに気づいた彼らは、微笑んだり手を振ったり、あるいは無反応。少なくとも、嫌悪感を露わにしている者はほぼいない。

__なるほど。この人らが幹部。全員クセも我も強そうだ。でもこの人らが忠誠を誓っているということは、この魔王ベリアル、相当なカリスマ性を持っているようだ。さらに、どことも知れぬ馬の骨であるオレの提案を受け止め、宰相に相応しいかを測る度量も持つ。まさに魔族の主君というべき風格だ。さて、質問は今のところは……__

 そこまで考えると、ベリアルに向き合う。

「いえ、特には。ところで魔王様、私にはやりたいことがあるのですが」
「ふむ、言ってみろ」

 指を組んで、次の言葉にご期待なさっている様子。

「私は異世界から来たので、この世界には疎いのです。だから、その……まずは勉強がしたいですね、この世界について。あとは魔術とかについても。そして、武術の鍛錬を!」

「ほう、やる気だな。だが、お前はそれでいいのか?」
「と、言いますと?」

「異世界で暮らすことになるのだ。お前は元の世界に未練は__」
「ありません。友人や恋人もいなければ、親からも独り立ちしていますから。毎日も変わりなくつまらなかったですし。それどころか、仕事が辛いくらいでした。未練があるとすれば娯楽程度ですよ。それに、私は進んで異世界転移を受け入れました。転移してしまったのです、第二の生として、もう割り切りました。むしろ、楽しみで仕方ないくらいです」

 彼の目に、最早動揺や迷いというものはなかった。

「……そうか、覚悟はできていたか。良いだろう。この世界に関しては、この私が直々に教えてやろう。魔術については私に加え、モルガンとフォラス、メディアに補佐を。戦闘については主にエリゴス、エレン、レイヴン、ノクトが相手をしてくれるだろう」
「なっ……いきなり幹部が相手をしてくれるんですか?」

 それは、あまりにも高待遇過ぎて畏れ多い。

「その、な。言い難いのだが、幹部以外に人にものを教えられる程頭が良かったり、人間について詳しい者がいないのだ……」
「あ~……納得、してしまいました。そんな感じは薄々……」

「では、早速今から始めさせよう。頼んだぞ、お前達!」

 こうして彼、エイジの異世界生活が始まったのだった。もっとも、最初に始めたのは辛く苦しい鍛練だったが。
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