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第四章 嘘が誠となる時
2:エリザベスの命令
しおりを挟む「あら、どこに向かっているのでしたっけ?」
エリザベスは馬車の中に乗っている男に尋ねた。
馬車は今日も変わらず、エリザベスとアシュリー、男一人を同じ密室に乗せて走っている。
目的地があるのかわからないほど、食事と用たしの時間以外は、走り続けていた。
夜中は森の中に馬をとめ、馬車の中で眠る日々を過ごしている。
「シャインブレイドの所に行っているのではありませんか! ほら、シャインブレイドのある、あそこですよ! えーっと……ほら、あそこ……」
アシュリーは男の誘導尋問のうまさに何度も驚いていた。
(陛下が本当に物忘れの病を患っていたとしたら、ポロッと話しているかもしれないわね……。本当に巧みだわ……)
アシュリーが感心していると、エリザベスはいつもの調子で笑顔で返す。
「ああ、そうだったわね! 久しぶりに見ることが出来るから楽しみだわ」
「ああ、そうですね。で、どこでしたっけ?あそこ……」
「ふふっ。鼻の穴が大きくなっていますよ」
「……」
男が明らかに落胆し戦意を削がれた顔をしていると、馬車が止まった。
時間的に食事だろうか?
馬車の外にでられるのは、決まって周りに何もない森の中だった。
草むらで用を足しにエリザベスとアシュリーは二人で行くが、5mほどの距離に見張りの男がいつもいた。
あまりに徹底されていて、"会話は全て聞き逃さない"という意思を感じるほどだ。
しかしこの時は少し違った。見張り中の男に、他の男が話し掛けたのだ。
二人が話している隙をついて、エリザベスは小声でアシュリーに言った。
「アシュリー、逃げられそうなタイミングを見つけて逃げなさい」
「陛下、そんな……」
「もう一週間が過ぎたわ。いつ態度が豹変するか分からない。もしアシュリーが拷問でもされたら、私はあの世でマーズに合わす顔がないわ。私の弱点はあなたよ。弱点をそばに置いておきたくないの」
エリザベスはチラッと男達の方を見て、まだ話していることを確認する。
「私が誘拐されたことは公表されていないはずよ。だから、先にシャインブレイドを見つけて、時期騎士団統括の就任式を開いて国民に示して欲しいの」
「……」
「場所はアシュリーのノートに書いているわ。その他真実も。読んでちょうだい。あなたに読んで欲しいわ、アシュリー」
全て言いたかったことを言い終えたエリザベスは、笑みを浮かべた。
「おい、まだかー!」
話し終えた男がこちらの様子を伺う。
「あ、もう行きます!」
馬車に戻った三人は、馬車の中で手渡されたパンと水を摂る。
アシュリーは急なエリザベスの発言に混乱していた。
(陛下を置いて逃げるなんてそんな……。でも、陛下の言うこともわかるわ……。それに、逃げると言っても止まるのはいつも町から離れた森ばかり……逃げることに成功したとしても、生きていられる保証はないわ……)
これは、エリザベスもわかった上での発言だろう。
"脱走が成功したとしてもアシュリーの命の補償はない。しかし、その可能性に賭けるしかない"
アシュリーはグッと奥歯を噛み締めると、左頬に少し痛みを感じた。
鏡がないためアシュリーは自分の顔を見ていないが、見ない方が良いかもしれない。
蹴られた左頬は腫れ上がってはいたが、五日ほど経った頃から、徐々に腫れはひいていた。
色は赤紫色から紫色へ変化し、今は青色となり消退しかけている。
そして、地面で擦った大きな傷が顔面の右側には出来ている。
きちんと洗浄と消毒をしなかったせいで、一部膿んでいるのだった……
アシュリーが眉間に皺を寄せて考え込んでいると、エリザベスが巾着をゴソゴソしているのに気付き声をかける。
「どうかされましたか?」
「ええ、ちょっとハンカチを探しているの」
「ハンカチなら汚れてしまったので洗って、そこに干しております」
アシュリーが手すりに干しているハンカチを指差して言うと、エリザベスは一瞬固まった。
「えっ、ああ……。そうだったわね」
そして、そう言って笑う。
(陛下……?)
アシュリーは何か違和感を覚えた。
実はこの違和感を持つのは初めてではなかった。
城では、それほどエリザベスと一緒にいた訳ではない。
今回誘拐をされて初めて、二十四時間エリザベスと一緒にいるようになった。
すると、時折(本当に演技なのか?)と思うほどに、エリザベスは迫真の演技をするのだ。
(本当に陛下を置いて賭けに出るべきなのかしら?……けれどこのままではいずれ、二人共拷問にかけられるでしょうね……。陛下の言うようにまずは私から、きっと陛下の目の前で……)
アシュリーはふとヴィクターの笑顔が思い浮かんだ。
その笑顔は、誘拐され黙って馬車に揺られる日々の中で、時折り脳裏に思い浮かぶのだった。
(……また会いたい……)
勿論、"この国を守るために女王の命令を遂行する"それが行動を起こす理由だ。
しかしアシュリーは、そこに"ヴィクターにまた会う"という目標を付け足した。
行動を起こす勇気を、後押しをして欲しかったのだ。
そして、生き抜く強さを。
(生き抜いてみせる。そしてシャインブレイドを守り、陛下を救い出す)
アシュリーは決意を決めたのだった。
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