復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第52話 学園──新たな側近

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 ゴードンが教室を出ていくと、生徒たちは知り合いと共にその後の予定を話した。多くは学校の中を見て回ろうと言っている。最初の講義で学園の構造を把握していなくて遅刻なんて笑えないので正しい選択だ。


「王女殿下、一緒に校内を巡りませんか?」


 鈴を転がしたような声をかけてきたのは、私の側近候補のレイネー・ディ・フェルシス子爵令嬢────少女式で私に声をかけてきた子爵夫人のご令嬢だった。


「フェルシス様。私、エヴィランセ様を誘おうと思っているのですが、構いませんか?」

「はい」


 レイネーは笑顔で快諾した。周囲は私がユダーナの名前を出したことでざわついていた。当の本人はというと、突然自分の名前が出て、何が何だかわからない様子だ。その呆然とした姿はまるで、突然知らない人に引っ叩かれて呆然としているようで、可愛くて笑ってしまいそうになる。


「エヴィランセ様、一緒に行きませんか?」

「喜んでご一緒させて頂きます」


 呆然としているユダーナに聞くと、すぐに承諾された。本人も気づかない間に承諾していたようで、返事をしたあとに「あれ?」と声に出して首を掲げていた。


「えっと……では、どうぞ」


 ユダーナが腕を差し出す。エスコートしてくれるようだ。私は礼を言うとそっとユダーナの腕を掴んだ。





 学園の中を巡り始めて半辰刻一時間。私はルーシー、メフィア、レイネー、ユダーナと共に食堂に居た。学園内を巡っている間、多くの貴族令息令嬢からいぶかしげな視線を向けられた。当然といえば当然だ。全員が違う身分、違う経歴を持つ集団なのだから。

 私は実績が多い王女で紛うことなく高貴な血統。ルーシーは元平民の侯爵令嬢で王女の護衛騎士。メフィアは重犯罪で処刑された男爵家の娘でありながら自力で準男爵家当主になった実力者。レイネーは極普通の子爵令嬢。ユダーナは元孤児の辺境伯令息。

 私が普通の貴族だったとしても二度見してしまうほどキャラクター豊富な集団だ。しかし私は普通の貴族ではなく、その恐ろしく目立つ集団の中心に居る人物だ。周囲の視線も気にせず会話を続ける。


「ここで最後ですか?」

「はい。図書室、音楽室、美術室、保健室、講義室、魔法訓練場、武術訓練場の順番に回ってきましたから最後のはずです」

「ちょうど昼時ですし、食事にしませんか?」


 一緒に校内を回っている間は校内の構造の話ばかりでユダーナに伝えておきたいこと────私の好みの意匠デザインについて伝えられなかった。特に大した話ではないが、今後も善意で同じような意匠の物を用意されたら扱いに困る。それに私の精神衛生的にも伝えておいたほうが良いと思ったのだ。

 私がユダーナにファンシーな意匠よりもシックなデザインが好きなこと、派手な色より落ち着いた色が好きなことを伝えた。ユダーナはそれを聞いて驚いた顔をした後に、焦って謝った。


「申し訳ありません」

「いえ、謝るようなことではありません。ただ私の好みと違っていただけで、私の為にわざわざ席を飾り付けてくれたのは嬉しかったです」


 私が素直に礼を伝えると、ユダーナは照れたのか頬を仄かに染めた。


「あの、名前で呼んでも?」

「え? あ、勿論です」

「ありがとう。ユダーナ様」


 私が笑顔で言うとユダーナはまた頬を染めて顔を逸らす。その様子が可愛くて、つい笑ってしまった。その声につられたのかルーシーやメフィア、レイネーも一緒に笑う。食堂に四人の少女の笑い声が響いた。





 翌日、学園ではある噂が流れていた。教室の中でも噂以外の話題がないほどだった。その噂とは────私の側近候補についてだった。


「聞きました? 王女殿下が孤児だったエヴィランセ辺境伯家の養子を側近候補にしたとか」

「王女殿下が能力至上主義であることは以前から聞いておりましたが、孤児などを側近候補になさるなんて……」

「元孤児が王女殿下の側近になれるのなら、能力さえあれば下級貴族の俺たちも側近になれると言うことか?」

「元孤児とは言え、今は辺境伯家の一人息子だ。上位貴族だから選ばれたに過ぎないだろ」


 昨日、私がユダーナを誘ったことで、私がユダーナを側近候補にしたと考えたようだ。今の私の側近は護衛騎士のルーシーと侍女に召し上げたメフィアだけだ。王女の側近としては少なすぎる。だから私は学園生活の中で側近を増やす必要がある。それは他の生徒たちもわかっているので、そのような噂が広まったのだろう。


「何の話をなさっていらっしゃるの?」


 私が声をかけると生徒はビクッとして振り返る。声をかけられた生徒以外は蜘蛛の子を散らすように離れていった。


「お、王女殿下。あの、エヴィランセ辺境伯令息を側近候補にしたと聞いて……」

「まだ側近候補にしたわけではありません。能力が見極められて居ませんから」

「あの! 私を側近候補にして頂けませんか?」


 一人の令嬢が願い出る。誰も居ないと思っていただけに、突然声をかけられて驚いた。その目は


「貴女、名前は?」

「マリアンヌ・ディ・カタストロフと申します」

「ユダーナ様ですら能力を見極められていないのに、すぐに貴女の能力を見極めることなど出来ません。私の側近候補に選ばれたいのなら、それだけの結果を示して下さい。ただ、私に面と向かって側近候補にして欲しいと言った度胸は認めましょう。マリアンヌ様」


 マリアンヌは私に名前を呼ばれたことで涙を浮かべた。周囲の生徒は羨ましそうにマリアンヌを見ていたが、それでもマリアンヌに続いて私に側近候補にして欲しいと言う者は居なかった。私の印象に残るのは最初のマリアンヌだけだとわかっているからだろう。しかし、他の人が話しかけてきそうな様子もないので自分の席に座ろうとすると、一人の男子生徒が話しかけてきた。


「王女殿下、側近候補は我々平民でも宜しいのでしょうか?」


 視線の先には学年主席の男子生徒。平民でありながら入試をトップで合格した猛者だ。入試の問題の殆どは貴族にとっての常識問題。しかし平民とっては勉強しなければ知る由もない知識。王国は救済措置として正しく努力できる者に知識を与えるために無料の国営塾を設立した。入塾のための条件は低いが、定期的に行われる試験に合格できなければ退塾を余儀なくされる超難関塾。彼はその塾でもトップの成績だったらしい。


「口を慎め。平民が王女殿下に声をかけるなど烏滸がましい。本来ならば御目通りを許されるだけでも幸運なのだ。己の分を超えるな、痴れ者が」


 学年主席の男子生徒から庇うように私の前に立ったのは茶会で何度か見かけたことがある伯爵家の令息だった。


「王女殿下、ご機嫌麗しいようで何よりです。私は────」

「存じています。ルメート伯爵家次男のジルベルトでしょう? 使用人にも紳士的な行動をし、教会へ頻繁に通っているとか。実は私、貴方のことは高く評価してのですよ」

「それは光栄です」


 ジルベルトは私が過去形で話していることにも気付かずに誇らしげに笑う。遠巻きに見ている生徒の中には気づいている生徒と気づいていない生徒が半分ずつの割合で居た。


「貴方、学年主席のルイスですね?」

「は、はい!」


 私が名前を呼ぶと緊張した様子で答える。


「私は能力至上主義者。身分に関係なく能力のみを評価します。貴方に私の側近になれるだけの実力があれば、いずれ私の側に控えることになるでしょう」


 そう言って席につく。ジルベルトが無視されて会話が続けられたことで、自分の評価が過去形だったことに気づいたようだ。ルイスや他の平民の生徒を睨むと、教室から走り去った。


コンコンコン


 開け放たれた扉をノックされ、全員が入り口に視線を集める。入り口には女性教師が羊皮紙の束を持って立っていた。


「今日は実験があってゴードンは来ないわ。講義申込みの書類を渡すから書き込んで提出するように。提出された講義の申込みは正式な書類として学園で厳重に保管されるわ。知っているだろうけど、羊皮紙は高いから汚れたり破けたり紛失しても代わりはないわよ」


 そう言って女性教師は生徒たちの間を縫うように歩いて全員に羊皮紙を渡し、瞬く間に教室を後にする。自己紹介もなく、ただ生徒たちは呆然と女性教師が出ていった扉を見つめた。


「…………そうだ、講義を選ばないと」


 風のように現れ去っていった女性教師の速さに暫くぼーっとしていたが、手元の羊皮紙が目に入って我に返る。周囲を見回すと、他の生徒たちはまだ呆けていた。私はルーシーとメフィア、レイネー、ユダーナを連れて教室を出た。


「そうだ。私が勝手に連れてきていたけど、お互いに紹介していなかったわね。昨日一緒に校内を回ったから名前は知っていると思うけど、改めて紹介するわ」


 私はルーシーやメフィア、レイネーにユダーナを紹介した。


「ユダーナ様。突然ですが、私の側近になるつもりはありませんか?」

「私が王女殿下の側近……ですか?」

「えぇ」


 昨日、王城に戻ってからすぐにユダーナについて調べさせた。半日しかなかったがユダーナの調査はすぐに終わった。問題は見当たらず、方法さえ学べば人心掌握が得意そうなタイプだ。是非とも私の側に置いておきたい。更に元孤児というのが良い。他の人間を見下したり蔑んだりしない。エヴィランセ辺境伯の養子なら差別的な教育は受けないだろうとは思うが、元孤児という出自はエヴィランセ辺境伯の養子である以上の信用がある。


「駄目……かしら?」

「いえ、謹んでお受け致します」

「……良いの? 本当に?」

「はい。王女殿下は権力を使って私を側近にすることも可能ですが、に選択の余地を下さいました。側近を人として尊重する主は、貴族社会には多くありません」


 その時、ユダーナは初めて一人称を『私』から『僕』に変えた。それは少しなりとも心を開いてくれたということだろう。勿論、心を開いたからと言って何処まで踏み込んで良いのかわからないが、それでも確かに心を開いてくれたのを感じた。


「なら早速だけど、して欲しいことがあるの」

「何でしょうか?」

「新入生歓迎会へのエスコートをお願いしたいの。良いかしら?」

「ぼ、僕で良いのですか?」

「えぇ、貴方が良いの」

「……喜んで!」


 その瞬間、窓から吹き込んだ風がユダーナの前髪を揺らし、彼の屈託のない微笑みを晒け出した。その顔立ちは整っていて、普段から兄様たちで見慣れている私ですら、その顔が晒された刹那、その美しさに見惚れてしまった。


「…………ユダーナは……笑うと綺麗ね」

「えッ? それは…………ありがとうございます?」

「何故疑問形なのでしょうか?」


 メフィアの切れの良いツッコミに笑いが生じ、和気藹々とした雰囲気に包まれる。


「とりあえず図書室で講義の概要を確認しましょう。私は領主コースにしますが、皆さんはどうします?」

「私は騎士コースにします。自由に鍛錬が出来ますので」


 確かに既に護衛騎士に任命されているルーシーに必要なのは自由に鍛錬できる時間と施設。武術訓練場を自由に使用できる騎士コースが最適だろう。


「私は文官コースにします」


 メフィアは法衣貴族で領地を持たないので領主コースで学ぶことは殆どないと言って良い。私の侍女になってからは武術の訓練もしているが、その一撃必殺の性質は武術と言うより暗殺で、騎士コースには向かない。それに私の手伝いや施行地の管理をしているので文官コースで書類仕事の勉強をしてくれると助かる。


「私は領主コースです」

「僕も領主コースにしようと思っています」


 そう言ったのはユダーナとレイネーだった。ユダーナは現状では唯一の跡取りなので当然だろう。レイネーは親の仕事の手伝いができるように勉強するのだそうだ。


「それなら、今後はフェルシス嬢とユダーナ様と一緒に行動することになりそうですね」

「そうですね。領主コースは必修講義が多いですから」

「大丈夫です、王女殿下。必修の講義が終われば私もルーシーさんも王女殿下の元に集まりますから」


 メフィアは当然のように言うが、私は出来れば必修以外の講義も受けて欲しい。何故なら、何を奪われても知識だけは奪われることがないからだ。命と知識さえあれば生き残ることが出来る。そして二人は必ず知識が必要となる未来が来る。

 イベントが多すぎて忘れがちだが、私の最終目標は腐れ女神との賭けに勝って、顔面に拳を一発お見舞いしてやることだ。女神は私が賭けに勝つためのヒントは世界の統一だと言った。それはつまり世界を統一しなければならないような時代────戦乱の時代に突入するということだろう。それも世界を終焉に導くことが出来るほどの有史上最大と言える大規模で残忍な戦乱の時代が。

 勿論、止められる物なら止めたいが、残念なことに今の私には戦乱の世に突入するきっかけも、どうすれば阻止できるのかもわからない。わからないことばかりだ。これが小説の登場人物に転生したならストーリーがわかっているので対策も取れるのだが、私は前世とは全く関わりのない異世界に転生させられ、ただこの世界の人間として生きているだけだ。今後何が起きるかなどわからない。

 今までは前世の知識で上手くやって来たが、これからも通用する確証はない。この世界の常識や知識が圧倒的に足りない状況では勝てるはずの賭けも勝てない。ルーシーもメフィアも私も、知識をつけなければならないのだ。


「とりあえず、図書室に向かいましょうか」

「そうですね」


 私たちは五人は図書室へ向かった。




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