復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第49話 課題──施行地の視察

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 会議から二ヶ月。季節は晩秋。魔塔との連携により遠距離連絡を可能とする魔道具が完成し、次の段階────魔道具の試運転と共に農業改革に着手する段階に至った。

 魔道具は前世のスマホを目標にしたが、魔法式の省略が難しく、一昔前のブラウン管テレビのように大きくて持ち運びが難しい物になってしまった。さらに連絡するときは莫大な魔力を要するので、魔鉱石以外にも魔力供給を支えるバッテリー装置を作り、それも一緒に試運転するつもりだ。バッテリーは名前の通り、日頃から魔力を充填して蓄積する物だ。


「ようこそ、王女殿下。お越し頂き光栄です。今回の視察では魔道具の設置と農業の方法に助言をして下さるとか……」

「はい。私の実験にお付き合い頂けると有り難いです」


 私はメフィアと共に王家直轄の化粧領の中から選んだ農業改革の施行地へ出向いていた。私が施行地に選んだのは三箇所。干魃かんばつが続いて作物の実りが悪い地域。適度に雨が降り、収穫量が安定している地域。適度に雨が降っているのに収穫量が少ない地域。今日出向いているのは干魃が続いて作物の実りが悪い地域だ。


「まずは農耕地の様子を見させて頂いても?」

「すぐに用意致します」


 代官が急いで馬車の用意を指示する。化粧領を運営するのは王太后や王妃、王女の仕事だ。しかし国王が不在の今では王太后と王妃が国王の政務を代行していて、王女の私はまだ幼いので運営を任されていない。

 王家直轄地を野放しにして他の領に食い荒らされるわけにもいかないので、現在は代官を立てて運営している。その多くは食糧問題に頭を抱えていて経営も火の車だ。私の施行地に選ばれた領は、成果が出なかった場合には私の生活費から補填金が支給されるので、施行が成功しても失敗しても利益があり、代官たちも快く受け入れてくれた。

 馬車に揺られること一刻十五分。周囲は大麦畑だらけだった。しかし、よく見ると麦の実は従来の大きさに比べて小さい。


「この地域の大麦は元からあの大きさなのですか?」

「いいえ、数年前に大麦の栽培を始めた頃は従来の大麦と同じ大きさでした」

「そうですか……」


 これも連作障害の一つだろう。作物が根から土壌中の栄養素として塩基類を吸収すると水素イオン濃度が高まる。土壌は徐々に酸性に傾いてくるのだ。別に酸性であることが悪いわけではない。酸性の土壌に合う作物も多く存在する。しかし大麦は酸性の土壌では上手く育たない。場合によっては発芽障害を起こす可能性もある。

 これは牛糞などの肥料を撒いて土壌の養分を調整すれば解決するはずだ。不謹慎ではあるが今回の農業改革に丁度良い状況と言える。


「王女殿下、如何でしょう。どうにかなりますか?」

「はい。これなら計画通りに進めれば解決すると思います」


 不安げな代官に対して私が自信満々に言うと、代官は心底嬉しそうな表情を浮かべた。彼らとて国が良くなることを願っている臣民の一人だ。食糧問題が解決すれば王国の財政は立て直せる。それに実験が成功すれば他領を出し抜いて卸し市場の大部分を取れる。それを考えれば嬉しいのは当然だろう。


「あの、この領には小さな森があると聞いたのですが、拳三つほどの大きさの非常に苦い実が採れる木や、小さくて真っ赤な実を大量に採れる木などはありませんか?」

「確かに小さいですが森はあります。ですが、そのような特徴の木は見たことも聞いたこともありませんね」

「そうですか……」


 カカオの木や珈琲の木があれば良いと思っていたが、流石にそこまで思い通りに進むことはないようだ。カカオはその類を見ない苦さで多くの人間に忌避され価格が低迷していたが、栄養価が高く、貧民にとっては栄養失調のときの命綱だ。

 しかし私が少女式でチョコレートを出したことで価値が上がりつつある。まだ製法が漏れていないが、目端の利く貴族は製法こそわからないが原料がカカオであることには気づいているはずだ。今は製法が漏れていないので高騰はしていないが、情報はいずれ漏れるものだ。カカオが高騰するのも時間の問題だろう。それまでに食糧難問題を解決し、貧民たちの救済策を考え出さなければならない。それはカカオの価値を釣り上げてしまった私の義務であり責任だ。


「森は主にモリンガの木が群生しています」


 代官はあからさまにがっかりした私を慰めるかのように話題を振ってきた。


モリンガ……?


 聞いたことのある名前だ。確か葉、花、根、種、全てを何かに活用できる木だったはずだ。この世界のモリンガと前世のモリンガが同一の物であるとは言い切れないが、私は一縷の望みを賭けて森へ向かった。





「こちらがモリンガです」


 代官が示した先に生えているのは、見覚えのあるモリンガだった。前世のモリンガと寸分違わぬ造形の植物に、気分の高揚を覚える。

 モリンガは地球上に存在する植物の中で最も栄養価が高いと言われていて、『奇跡の木』や『天国の木』と呼ばれていた。乾燥に強く成長が速いのでアフリカなどで重用されていた。ビタミン、カルシウム、タンパク質、カリウムなど多くの栄養素が含まれ、抗酸化作用のあるポリフェノールやギャバなどの含有量がんゆうりょうが多いのが特徴だ。

 更にモリンガの活用方法は多岐に渡る。前世でもモリンガは様々な用途で使用されていた。葉はお茶としてはもちろん、ハーブとしてサラダに入れたり、すり潰してソースとして食すことが出来る。花は花茶として、根は漢方薬として、種からはオイルが採れ、捨てる部分がないとも言われていた。極めつけは種や根に浄化作用があり、汚濁水を浄化するのに利用できることだ。

 清浄な水が増えることは即ち、飲水が増えるということだ。汚れた水には泥や細菌、動物の糞尿などが混じっている。それらを飲めば抵抗力の弱い子供は下痢を起こすし、乳幼児ともなれば命すら落とす。更に身体や生活環境を清潔に保てなくなり、肺炎などの病気に感染しやすくなる。しかしモリンガがあれば、それらを改善することが出来るのだ。

 更に植物の育成において、水は重要な役割を担う。農業改革で苦労して土壌の栄養を整えたのに、汚濁水で育てたことで病気が伝染して全滅……なんて笑えない。


「この森は保護しましょう」

「え? ですがモリンガは利用価値が低いので開拓して農業地にする計画が立っています」

「中止して下さい。モリンガは農業改革には必要な資源です」


 代官は訝しげな表情を浮かべた。利用価値が低いと言っているのは、まだ用途がわかっていないからだろう。私はモリンガの利点を余すことなく伝えた。すると代官は神の啓示でも受けたかのように涙を浮かべた。


「素晴らしいです! この植物を他国に売れば、国庫を立て直すことも出来ます!」

「いいえ、モリンガはまだ売りません。まずは領内でモリンガを量産します」


 興奮気味の代官に言うと、代官は絶望したように顔に影を落とす。

 モリンガを量産して王国内で普及させれば干魃かんばつの対策になる。栽培方法が確立していない状況で他国に売ってしまえば、確かに国庫は立て直せるだろうが、二度とモリンガが手に入らなくなるかもしれない。干魃を回復させるモリンガが手に入らなくなれば、国庫はすぐに逼迫した状態に戻るだろう。

 まずはモリンガの栽培方法を確立させて王国内で普及させ、干魃問題を解決するのが先決だ。


「領内の状況は大体把握しました。次は魔道具の設置をしましょう。農耕地の近くに建物はありますか?」

「はい。農耕地に近い場所が良いとのことでしたので、小さな建物を新たに建設しました。急造なので荘厳さはありませんが、頑丈さは十分だと思います」

「ありがとうございます。雨や風が防げれば問題ありません」


 代官に案内されたのは少し小さなやしろだった。まるで前世の神社にも似た造形に懐かしさを覚える。


「魔塔の皆さん、お願いします」


 私の合図とともに魔塔の人間たちが魔道具を設置していく。数刻ほどして魔道具の設置が終わると早速、試運転してみる。通信先は王城の私の部屋だ。部屋にはルーシーが待機している。


ジジジッ……


 ブラウン管テレビの画面が一瞬だけ砂嵐を写して、すぐに私の部屋に切り替わる。画面の中央にはルーシーが座っていた。


『王女殿下。聞こえていますか?」

「えぇ、とりあえず問題なく動くようね。今後発生した問題はその都度解決しましょう」


 その瞬間、それまで誰もが夢見た遠距離連絡装置が完成し、周囲は熱気に包まれた。





 最初の視察から二ヶ月。私は自分の部屋で頭を抱えて唸っていた。

 最初の視察の後、すぐに他の施行地にも魔道具の設置をしに出向いた。適度に雨が降って収穫量が安定している地域では、国民の生活もそれなりに裕福に見えた。子供たちを遊ばせる余裕もあるようだった。

 問題は適度に雨が降っていても収穫量が少ない地域だ。その地域は海に近く、収穫量が少ないのは塩害が原因だった。私が思いつく塩害対策はどれも前世での科学技術がなければ実現は難しい。それに比べれば除塩の方が簡単で確実だ。しかし除塩は簡単ではあるが時間がかかる。

 お母様に出された課題の期間は二年。既に半年が経過していて、残りは一年半。除塩のための工事だけでも三ヶ月はかかるだろう。その後に除塩を開始して理想の土壌にするまでに更に三ヶ月。その時点で既に季節は夏。他の施行地では三回ほど実験が出来るのに対し、この地域では工事があるので二回しか実験ができない。最低でも三回は実験しておかなければ確実だとは言い切れない。


「どうしよう……」


 お母様から出された課題を優先してあの地域を捨てるか、あの地域で実験をして二回の実験結果を元に農業改革の号令をかけるか、別の施行地を選んで実験をしつつ同時進行であの地域の除塩作業と実験をするかの三択。

 国のためと考えるなら答えは一番最後の選択肢一択だ。しかし、最後の一択を選べば今以上に忙しい生活になるであろうことは確実。これ以上忙しくなって課題が疎かになっては元も子もない。


「如何なされたのですか?」


 私の前にコトリと紅茶を置くメフィア。隣には紅茶を淹れた後片付けをするルーシー。私は部屋の中に他の誰も居ないことを確認してから、悩みの内容を打ち明けた。


「それでしたら、誰かに任せれば良いのでは?」

「そうだよ。何でもかんでも自分で背負い込んでたら倒れちゃう」


 二人は心配そうな表情で私を見つめる。実際、ここ四ヶ月が魔道具の開発で徹夜は当たり前の生活をしていたし、魔道具が完成してすぐに施行地に出向いていたので碌に寝ていない。寝ていたとしても、私が改良したクッションが敷き詰められた馬車の中でだけだ。それも時間がなくてサスペンションなどをつけられていないので揺れが酷く、ほとんど眠れていないに等しい。


「でも、誰に任せたら良いのか……」


 他の人に任せるにも、有能な者を探さなければならない。正直、この国の状況を見ていると貴族たちが有能だと言い難い。それに加え、貴族はプライドが高く自身の能力を過信する傾向がある。そんな貴族に任せたところで、何か小さな問題が起きたときに勝手な判断を下して後々に大問題に発展するのが関の山だ。


「あの、僭越ながら私にお任せ頂けないでしょうか?」


 名乗り出たのメフィアだった。しかしメフィアには私の侍女の仕事がある。最近では私の課題の手伝いもして貰っている。そんなメフィアに任せるのは負担が大きすぎるのではないだろうか。


「でも、大変でしょう?」

「大丈夫です。上手く捌いてみせます!」


 意気込むメフィアを見て、流石に反対する気にはなれなかった。そこで私はお試しということで一時的にメフィアに除塩作業の一切の権限を与えた。




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