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陰謀篇
第48話 課題──利権と派閥
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魔鉱石の鉱脈発見が私の功績として公表されてから数日。私は課題の計画を立てるのに加え、毎日のように届く茶会の招待への返事や大量の謁見願いや媚を売っていた者たちの横暴に対する陳情、魔鉱石に関する利権を騙し取ろうとする輩への対処などで、それまでにない忙しさに追われていた。
「王女殿下、そろそろ会議の時間になります」
メフィアが私の前に紅茶を置いて言った。私は目の前に所狭しと積み上げられた木簡に目を通しながらメフィアに聞く。
「今日の議題は?」
「魔鉱石の鉱脈の利権分配についてです」
「利権分配? それなら私が三割、王家が七割で決まったはずでしょう?」
「それが、鉱脈が発見された山を所有していた伯爵が自分にも利権が分配されて然るべきだと主張し始めたようで……。それに、他の貴族からも幼い王女殿下に利権を与えるのは早すぎると……」
「ハァ……百歩譲って私の年齢が幼いから管理能力がないと言いたいのは理解出来るけど、あの伯爵には賠償金と爵位を与えたでしょう? 何故、今頃になって……」
「恐らく、この度の鉱脈が想像以上に大きかったことで莫大な利益が得られると考えたのでしょう」
面倒な話だ。既に賠償金は支払われ、土地は王家直轄地として登録し直している。一度、承諾した以上はそんな馬鹿げた主張が通るはずもないのに時間の無駄だろう。
「まぁ良いわ。一度完全に白黒させたほうが痕が楽だもの。フィー、会議の間にこの書類を魔塔の方に渡して」
私は農業改革に欠かせない魔道具の製作に関する協力要請の詳細が書かれた木簡をメフィアに手渡す。メフィアはそれを受け取ると、すぐに私の身支度を始めた。
「王女殿下、ご機嫌麗しく……」
会議室に向かう途中に声をかけてきたのは、利権の分配がどうのと騒いでいる伯爵本人だった。
「まぁ、伯爵様」
「本日は王女殿下も会議へ?」
「えぇ、お母様が後学のためにと」
「では王女殿下からも口添え願えませんか?」
「口添え? 何のことでしょう?」
私が恍けると、流石の伯爵でも発見者とされている私に対して「利権は自分にもあって然るべき」とは言わなかった。多少は自分が無理なことを言っている自覚があるようで良かった。これで私に妙な論法で捲したてて丸め込もうとしてきたら、適当な理由をつけて爵位を没収しようかと思っていたが、そこまで馬鹿ではなかったらしい。杞憂に済んで何よりだ。
「では先を急ぎますので」
私は伯爵を一緒に会議室に入るところを見られて妙な勘ぐりをされたくないので、メフィアとルーシーを連れ会議室へ急いだ。内容が内容なのでルーシーとメフィアの同席は許されず、私は一人で入室する。ルーシーとメフィアは会議室の前で待機だ。
会議室には王家全員と数人の貴族たちが揃っていた。一瞬、何故兄様たちまで居るのかと疑問に思い視線を向けると、兄様たちの近くに座る貴族たちから鋭い視線を返された。
「失礼致します」
少しして伯爵も会議室に入ってきた。すると貴族たちの鋭い視線は私から伯爵に移る。伯爵は一瞬だけ表情を引き攣らせた。ゴクリと唾を飲む音が聞こえてきそうな表情だ。
「さて、全員揃ったようですし始めましょう。まずは伯爵からの訴えについてですが、当人から話して頂きましょう」
「はい。この度の魔鉱石の鉱脈が発見された山は、私の領地にあった山です。王家に譲渡する際に賠償金を頂きましたが、鉱脈の規模に釣り合っていないように感じられました。故に追加の賠償金を求めます」
「国庫が逼迫しているのを理解しての主張ですか?」
「理解しています。ですので現金ではなく利権の一部をお譲り頂きたい」
「なるほど。国庫の逼迫を理由に与えるべき物を与えないのは王家の恥……というわけですか」
「あ、それは……」
お祖母様の言葉に一瞬で会議室の雰囲気が凍りつく。伯爵はまさに顔面蒼白と表現するに相応しい表情を浮かべている。
お祖母様の言葉に頷けば、伯爵は王家を「与えるべき物を与えられない恥も外聞もない王家」と言ったにも等しい。王族侮辱罪で爵位没収の上、禁固刑になる可能性が高い。万に一つも頷いてはならない状況だ。しかし、頷かないということは利権を求めることを放棄するも同然。伯爵は一族の利益と栄誉という苦渋の選択を迫れた。
「お祖母様、発言しても?」
「えぇ」
「伯爵は損失に相応しい賠償が欲しいと言うことでしょう? では、賠償金の金額を決めて分割にすれば良いのでは?」
「分割……なるほど、如何ですか? 伯爵」
伯爵は私の提案に九死に一生を得たような表情を浮かべて同意した。そして私に軽く会釈をして会議室を退出する。ここまでの全てがお祖母様の計算通りなのだろう。私が解決案を切り出していなければお祖母様が自分で切り出していたはずだ。私に切り出させたのは少しでも私の味方を多くするためだろうか。
「次に一部の貴族から、第一王女は幼いので魔鉱石の管理、運用はまだ早いと直訴がありました。代表者は発言を」
兄様たちの隣に座っていた貴族が立ち上がり私を見据えながら言う。
「今、王太后陛下が仰ったように、王女殿下は幼く管理能力があるとは思えません。魔鉱石に関する全権を信用に足る者に今しばらく預けるほうが宜しいかと」
「これについて王女から何か発言はありますか?」
「私が幼いのは事実であり、管理能力を疑われるのは至極当然のことと思います。私も彼らの立場であったなら、右も左もわからないような子供に管理を任せるのは不安がありますから」
私が賛同の色を示すと私が利権を持つのは早いと主張した貴族たちは「ほぅ……」と感心したような声を出した。これが普通の王女なら賛同することはまず有り得ない。利権を持つということは権力を持つということに他ならず、権力は自身の活動の場を広げるのにはこれ以上ない道具だ。きっと彼らは「幼いのに状況判断に長けている」とでも考えているのだろう。
「では信用に足る者に全ての管理、運用を任せると?」
お祖母様の言葉に、私は少し考えて頭を横に振る。すると貴族たちから批判の声があがった。
「王女殿下! 先ほどと仰っていることが違うではありませんか! 王女殿下は右も左もわからない子供に管理を任せるのは不安だと仰っていたはずです」
「それは、私が右も左もわからない子供だと仰りたいのですか?」
そう言うと貴族たちは押し黙る。これは先程のお祖母様の真似をしただけだが、王族という肩書はなかなかに便利であることを体験できた。
しばらく沈黙が続く。雰囲気が重苦しくなってきた頃、私は沈黙を破るように溜息を吐いた。貴族たちが私の溜息に肩を震わせる。大の大人が子供の一挙一動にビクビクとしている様子は何とも言えない異様な情景だ。
「…………フフフッ」
あまりに怯えているので、つい笑みが溢れてしまった。すると貴族たちも少し肩の力を抜き、先程より雰囲気が和らぐ。
「皆さんもご存知かとは思いますが、私は少女式を迎えた後の一年で功績を挙げなければなりません。既にその功績を挙げるための課題をお母様から課されています。正直なところ、魔鉱石の管理や運用にまで口を出している暇はありません」
「功績……此度の魔鉱石の鉱脈発見で十分ではありませんか?」
周囲の貴族がざわめく。貴族社会が「王女の功績がお祖母様から譲られた物であるか否か」で二分化している状況の中で、その言葉はあまりにも核心に迫る意味を持っていた。
「私は功績とは実力で積み上げるものだと思っています。確かに此の度の魔鉱石の鉱脈発見は王国に莫大な利益と繁栄を齎すでしょう。大きいと言っても問題ない功績です。しかし、私がこの功績を手に入れたのは偶然に過ぎません」
少女式後の一年で功績を上げるのは、別に大きな功績で人心を集められれば良いと言うわけではない。あれは人を惹きつけることが出来る実力を身に付けさせるための第一歩なのだ。
この返答なら彼らの返答に対して濁すことが出来る上に私の意思も伝えられる。そんな私の返答に貴族たちは何とも言えないといった表情で黙り込んだ。私はそんな彼らを無視して言葉を続ける。
「私と王家の利権配分は私が三割、王家が七割になっています。私は自分の利権のうちの一割を功績を挙げるために活用しようと考えています」
「ふむ……既に運用方法は決めていらっしゃるのですか?」
私の発言に反応したのは初老の男性だった。いかにも知的な雰囲気を醸し出す彼は、少し胡散臭い笑みを浮かべながら私に聞く。
「はい。残りの二割の利権は皆さんが仰ったように、信用に足る者に管理を任せようと考えています」
私がそう言うと、貴族たちは兄様たちを推薦してきた。ここで団結していたはずの貴族たちが二つに分裂した。第一王子派と第二王子派だ。利権は全てで三割。そのうちの二割をどちらかに預ければ、預けられた王子は王位継承争いで一歩先に出る。貴族たちは意地でも自分たちが支持する王子に譲らせたいようで色々な理由で私を説得する。
「静かに!」
あまりに騒がしいのでお祖母様が一喝すると、一瞬で貴族たちが口を閉ざした。
「王女、誰にどれだけの利権を預けるつもりですか?」
お祖母様の問いかけに貴族たちは緊張した様子で私を見つめる。その姿はまさに固唾を呑んで待つと言うに相応しい情景だった。
「兄様たちには一人一割ずつ預けたいと考えています。マテオ兄様もセオドア兄様も魔鉱石を有効的に活用できると思いますから」
そう言うと、両派閥の貴族は安心したような落胆したような溜息を吐いた。自分が支持していない方の王子に利権が渡ることは阻止できたが、自分の支持している王子が優位に立てたわけではないので当然だ。しかし、この答えこそが正解なのだろう。一人の王子に利権を譲れば、もう一人の王子を支持する貴族たちに今後の活動を邪魔されるかもしれない。
「お祖母様、この議題はこれで解決で良いのでは?」
「そうですね。王子たちは魔鉱石の運用方法の方針を決めていますか?」
「「はい」」
兄様たちはキリッとした表情で答える。
「王子たちに既に考えがあるなら他の貴族たちの口出しは必要ありませんね。貴族の皆さんは退出して下さい」
貴族たちは少し不満げではあったが静かに会議室を退出する。引き際を弁えているのは、流石は大人と言ったところだろうか。
「さて、次の議題が最後ですね。次は魔鉱石の運用方法についてです。運用方法が重複すると効率が悪くなりますから。まずは第一王子のマテオから」
「王国騎士団の戦闘力強化のために魔の森での演習を増やしたいと考えています。今までは魔力量の問題で神官を大量に必要としていたので一度の遠征で大量の費用が必要とされましたが、魔鉱石があるのであれば雇用する神官が少なくて済みます」
「なるほど。次は第二王子のセオドア」
「僕は魔法薬の開発に利用しようかと考えています。現段階では大量の魔力がなければ運用できない魔道具が大量にあります。それらの必要魔力量を減らすには、一度魔道具を動かして使用方法などを詳細に調べなければならないのです」
「では、必要魔力量を減らした魔道具が完成したときは王国に提出して下さい」
「心得ています」
「最後に第一王女のフレイア」
「まだ確約は得ていませんが、魔塔と連携して遠距離連絡を可能にする魔道具を作成しようと考えています。魔塔は利に聡いので協力して頂けると考えています」
「「遠距離連絡の?」」
お祖母様とセオドア兄様の呟きが被った。魔法に関してはセオドア兄様の管轄だ。
「お母様からの課題を達成するには、農業改革を施行する土地を頻繁に確認出来なければなりません。なので映像と音声を届けることが出来る魔道具を制作しようと考えています」
「どれだけの期間があれば可能なの?」
「魔鉱石を利用すれば魔力量の問題は解決しますので、完成後すぐに農業改革の施行地に運ばせて試験的な運用をしようと考えています。農業改革を進めると同時に魔道具の運用の改善点などを洗い出そうと考えているので少し時間がかかると思いますが、三年ほどあれば提出が出来るかと……」
「三年……では全力で取り組みなさい。必要であれば王国に配分された利権七割のうちの一割を支援に回します」
「ありがとうございます。必要であれば申請させて頂きます」
その後は他の国家運営に関する会議で、まだ魔鉱石の鉱脈以外の国政には関わることのない私は会議室を退出し、魔塔に向かっていた。魔塔の所長なら私の提案に乗ってくるはずだ。可能な限り、実験に関する詳細を詰めて、農業改革の計画を立ててしまった方が今後の作業効率は高いだろう。
「王女殿下、そろそろ会議の時間になります」
メフィアが私の前に紅茶を置いて言った。私は目の前に所狭しと積み上げられた木簡に目を通しながらメフィアに聞く。
「今日の議題は?」
「魔鉱石の鉱脈の利権分配についてです」
「利権分配? それなら私が三割、王家が七割で決まったはずでしょう?」
「それが、鉱脈が発見された山を所有していた伯爵が自分にも利権が分配されて然るべきだと主張し始めたようで……。それに、他の貴族からも幼い王女殿下に利権を与えるのは早すぎると……」
「ハァ……百歩譲って私の年齢が幼いから管理能力がないと言いたいのは理解出来るけど、あの伯爵には賠償金と爵位を与えたでしょう? 何故、今頃になって……」
「恐らく、この度の鉱脈が想像以上に大きかったことで莫大な利益が得られると考えたのでしょう」
面倒な話だ。既に賠償金は支払われ、土地は王家直轄地として登録し直している。一度、承諾した以上はそんな馬鹿げた主張が通るはずもないのに時間の無駄だろう。
「まぁ良いわ。一度完全に白黒させたほうが痕が楽だもの。フィー、会議の間にこの書類を魔塔の方に渡して」
私は農業改革に欠かせない魔道具の製作に関する協力要請の詳細が書かれた木簡をメフィアに手渡す。メフィアはそれを受け取ると、すぐに私の身支度を始めた。
「王女殿下、ご機嫌麗しく……」
会議室に向かう途中に声をかけてきたのは、利権の分配がどうのと騒いでいる伯爵本人だった。
「まぁ、伯爵様」
「本日は王女殿下も会議へ?」
「えぇ、お母様が後学のためにと」
「では王女殿下からも口添え願えませんか?」
「口添え? 何のことでしょう?」
私が恍けると、流石の伯爵でも発見者とされている私に対して「利権は自分にもあって然るべき」とは言わなかった。多少は自分が無理なことを言っている自覚があるようで良かった。これで私に妙な論法で捲したてて丸め込もうとしてきたら、適当な理由をつけて爵位を没収しようかと思っていたが、そこまで馬鹿ではなかったらしい。杞憂に済んで何よりだ。
「では先を急ぎますので」
私は伯爵を一緒に会議室に入るところを見られて妙な勘ぐりをされたくないので、メフィアとルーシーを連れ会議室へ急いだ。内容が内容なのでルーシーとメフィアの同席は許されず、私は一人で入室する。ルーシーとメフィアは会議室の前で待機だ。
会議室には王家全員と数人の貴族たちが揃っていた。一瞬、何故兄様たちまで居るのかと疑問に思い視線を向けると、兄様たちの近くに座る貴族たちから鋭い視線を返された。
「失礼致します」
少しして伯爵も会議室に入ってきた。すると貴族たちの鋭い視線は私から伯爵に移る。伯爵は一瞬だけ表情を引き攣らせた。ゴクリと唾を飲む音が聞こえてきそうな表情だ。
「さて、全員揃ったようですし始めましょう。まずは伯爵からの訴えについてですが、当人から話して頂きましょう」
「はい。この度の魔鉱石の鉱脈が発見された山は、私の領地にあった山です。王家に譲渡する際に賠償金を頂きましたが、鉱脈の規模に釣り合っていないように感じられました。故に追加の賠償金を求めます」
「国庫が逼迫しているのを理解しての主張ですか?」
「理解しています。ですので現金ではなく利権の一部をお譲り頂きたい」
「なるほど。国庫の逼迫を理由に与えるべき物を与えないのは王家の恥……というわけですか」
「あ、それは……」
お祖母様の言葉に一瞬で会議室の雰囲気が凍りつく。伯爵はまさに顔面蒼白と表現するに相応しい表情を浮かべている。
お祖母様の言葉に頷けば、伯爵は王家を「与えるべき物を与えられない恥も外聞もない王家」と言ったにも等しい。王族侮辱罪で爵位没収の上、禁固刑になる可能性が高い。万に一つも頷いてはならない状況だ。しかし、頷かないということは利権を求めることを放棄するも同然。伯爵は一族の利益と栄誉という苦渋の選択を迫れた。
「お祖母様、発言しても?」
「えぇ」
「伯爵は損失に相応しい賠償が欲しいと言うことでしょう? では、賠償金の金額を決めて分割にすれば良いのでは?」
「分割……なるほど、如何ですか? 伯爵」
伯爵は私の提案に九死に一生を得たような表情を浮かべて同意した。そして私に軽く会釈をして会議室を退出する。ここまでの全てがお祖母様の計算通りなのだろう。私が解決案を切り出していなければお祖母様が自分で切り出していたはずだ。私に切り出させたのは少しでも私の味方を多くするためだろうか。
「次に一部の貴族から、第一王女は幼いので魔鉱石の管理、運用はまだ早いと直訴がありました。代表者は発言を」
兄様たちの隣に座っていた貴族が立ち上がり私を見据えながら言う。
「今、王太后陛下が仰ったように、王女殿下は幼く管理能力があるとは思えません。魔鉱石に関する全権を信用に足る者に今しばらく預けるほうが宜しいかと」
「これについて王女から何か発言はありますか?」
「私が幼いのは事実であり、管理能力を疑われるのは至極当然のことと思います。私も彼らの立場であったなら、右も左もわからないような子供に管理を任せるのは不安がありますから」
私が賛同の色を示すと私が利権を持つのは早いと主張した貴族たちは「ほぅ……」と感心したような声を出した。これが普通の王女なら賛同することはまず有り得ない。利権を持つということは権力を持つということに他ならず、権力は自身の活動の場を広げるのにはこれ以上ない道具だ。きっと彼らは「幼いのに状況判断に長けている」とでも考えているのだろう。
「では信用に足る者に全ての管理、運用を任せると?」
お祖母様の言葉に、私は少し考えて頭を横に振る。すると貴族たちから批判の声があがった。
「王女殿下! 先ほどと仰っていることが違うではありませんか! 王女殿下は右も左もわからない子供に管理を任せるのは不安だと仰っていたはずです」
「それは、私が右も左もわからない子供だと仰りたいのですか?」
そう言うと貴族たちは押し黙る。これは先程のお祖母様の真似をしただけだが、王族という肩書はなかなかに便利であることを体験できた。
しばらく沈黙が続く。雰囲気が重苦しくなってきた頃、私は沈黙を破るように溜息を吐いた。貴族たちが私の溜息に肩を震わせる。大の大人が子供の一挙一動にビクビクとしている様子は何とも言えない異様な情景だ。
「…………フフフッ」
あまりに怯えているので、つい笑みが溢れてしまった。すると貴族たちも少し肩の力を抜き、先程より雰囲気が和らぐ。
「皆さんもご存知かとは思いますが、私は少女式を迎えた後の一年で功績を挙げなければなりません。既にその功績を挙げるための課題をお母様から課されています。正直なところ、魔鉱石の管理や運用にまで口を出している暇はありません」
「功績……此度の魔鉱石の鉱脈発見で十分ではありませんか?」
周囲の貴族がざわめく。貴族社会が「王女の功績がお祖母様から譲られた物であるか否か」で二分化している状況の中で、その言葉はあまりにも核心に迫る意味を持っていた。
「私は功績とは実力で積み上げるものだと思っています。確かに此の度の魔鉱石の鉱脈発見は王国に莫大な利益と繁栄を齎すでしょう。大きいと言っても問題ない功績です。しかし、私がこの功績を手に入れたのは偶然に過ぎません」
少女式後の一年で功績を上げるのは、別に大きな功績で人心を集められれば良いと言うわけではない。あれは人を惹きつけることが出来る実力を身に付けさせるための第一歩なのだ。
この返答なら彼らの返答に対して濁すことが出来る上に私の意思も伝えられる。そんな私の返答に貴族たちは何とも言えないといった表情で黙り込んだ。私はそんな彼らを無視して言葉を続ける。
「私と王家の利権配分は私が三割、王家が七割になっています。私は自分の利権のうちの一割を功績を挙げるために活用しようと考えています」
「ふむ……既に運用方法は決めていらっしゃるのですか?」
私の発言に反応したのは初老の男性だった。いかにも知的な雰囲気を醸し出す彼は、少し胡散臭い笑みを浮かべながら私に聞く。
「はい。残りの二割の利権は皆さんが仰ったように、信用に足る者に管理を任せようと考えています」
私がそう言うと、貴族たちは兄様たちを推薦してきた。ここで団結していたはずの貴族たちが二つに分裂した。第一王子派と第二王子派だ。利権は全てで三割。そのうちの二割をどちらかに預ければ、預けられた王子は王位継承争いで一歩先に出る。貴族たちは意地でも自分たちが支持する王子に譲らせたいようで色々な理由で私を説得する。
「静かに!」
あまりに騒がしいのでお祖母様が一喝すると、一瞬で貴族たちが口を閉ざした。
「王女、誰にどれだけの利権を預けるつもりですか?」
お祖母様の問いかけに貴族たちは緊張した様子で私を見つめる。その姿はまさに固唾を呑んで待つと言うに相応しい情景だった。
「兄様たちには一人一割ずつ預けたいと考えています。マテオ兄様もセオドア兄様も魔鉱石を有効的に活用できると思いますから」
そう言うと、両派閥の貴族は安心したような落胆したような溜息を吐いた。自分が支持していない方の王子に利権が渡ることは阻止できたが、自分の支持している王子が優位に立てたわけではないので当然だ。しかし、この答えこそが正解なのだろう。一人の王子に利権を譲れば、もう一人の王子を支持する貴族たちに今後の活動を邪魔されるかもしれない。
「お祖母様、この議題はこれで解決で良いのでは?」
「そうですね。王子たちは魔鉱石の運用方法の方針を決めていますか?」
「「はい」」
兄様たちはキリッとした表情で答える。
「王子たちに既に考えがあるなら他の貴族たちの口出しは必要ありませんね。貴族の皆さんは退出して下さい」
貴族たちは少し不満げではあったが静かに会議室を退出する。引き際を弁えているのは、流石は大人と言ったところだろうか。
「さて、次の議題が最後ですね。次は魔鉱石の運用方法についてです。運用方法が重複すると効率が悪くなりますから。まずは第一王子のマテオから」
「王国騎士団の戦闘力強化のために魔の森での演習を増やしたいと考えています。今までは魔力量の問題で神官を大量に必要としていたので一度の遠征で大量の費用が必要とされましたが、魔鉱石があるのであれば雇用する神官が少なくて済みます」
「なるほど。次は第二王子のセオドア」
「僕は魔法薬の開発に利用しようかと考えています。現段階では大量の魔力がなければ運用できない魔道具が大量にあります。それらの必要魔力量を減らすには、一度魔道具を動かして使用方法などを詳細に調べなければならないのです」
「では、必要魔力量を減らした魔道具が完成したときは王国に提出して下さい」
「心得ています」
「最後に第一王女のフレイア」
「まだ確約は得ていませんが、魔塔と連携して遠距離連絡を可能にする魔道具を作成しようと考えています。魔塔は利に聡いので協力して頂けると考えています」
「「遠距離連絡の?」」
お祖母様とセオドア兄様の呟きが被った。魔法に関してはセオドア兄様の管轄だ。
「お母様からの課題を達成するには、農業改革を施行する土地を頻繁に確認出来なければなりません。なので映像と音声を届けることが出来る魔道具を制作しようと考えています」
「どれだけの期間があれば可能なの?」
「魔鉱石を利用すれば魔力量の問題は解決しますので、完成後すぐに農業改革の施行地に運ばせて試験的な運用をしようと考えています。農業改革を進めると同時に魔道具の運用の改善点などを洗い出そうと考えているので少し時間がかかると思いますが、三年ほどあれば提出が出来るかと……」
「三年……では全力で取り組みなさい。必要であれば王国に配分された利権七割のうちの一割を支援に回します」
「ありがとうございます。必要であれば申請させて頂きます」
その後は他の国家運営に関する会議で、まだ魔鉱石の鉱脈以外の国政には関わることのない私は会議室を退出し、魔塔に向かっていた。魔塔の所長なら私の提案に乗ってくるはずだ。可能な限り、実験に関する詳細を詰めて、農業改革の計画を立ててしまった方が今後の作業効率は高いだろう。
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