復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第39話 少女式──準備

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「フレイア様、ご起床のお時間です」


 カーテンが静かに開けられ、暗い部屋に光が取り込まれる。


「ん……眩しい……」


 私は寝返りをして光が差し込んでくる方向に背を向けた。


「フレイア様」


 少し不機嫌な声が聞こえ、気配が徐々に近づいてくる。


バサッ


 勢いよく布団を剥かれ、涼しい空気が肌を撫でる。ノソッと起き上がり顔を上げるとボザっとした髪が左右に別れて視界が鮮明になった。


「おはよ…………」

「おはようございます。先にお水をどうぞ」


 寝起きで声が少し枯れているのを予想していたのか水が差し出すメフィア。


「ありがとう」


 私が水を飲んで喉を潤している間にメフィアは手際よく紅茶を淹れている。


「どうぞ」


 渡された紅茶の芳しい香りが鼻を燻る。そっと一口含むと優しい甘みと仄かな苦味が広がり、爽やかな夏風が吹き抜けたような爽快感を覚えた。


「今日の紅茶も美味しいわね」

「ありがとうございます」


 メフィアは頬を染めて心底嬉しそうに言う。メフィアを私の侍女にしてから十ヶ月。働き始めた当初は『犯罪者の身内』という色眼鏡で見られていたが、飛び抜けた実力と天性の社交力で貴賤問わず多くのコネクションを築き、メイドや使用人たちから頼りにされている。


「今日の予定は?」

「午後から少女式の準備が始まります。本日は開催する会場、会場装飾の意匠デザインの方向性、少女式の料理の方向性を話し合うそうです」


 少女式の開催日は私の五歳の誕生日。今までは茶会にも夜会にも出られなかったが、少女式を迎えれば茶会や昼間に行われる式典に出席できるようになる。夜会や夜に行われる式典に出席できるようになるのは成人を迎えてからだ。つまり少女式は非公式の社交界デビューなのだ。

 正式な社交界デビューは王城で開催される成人式なので格差はないが、少女式は各家庭で準備をするので必然的に格差が生じ、権力や財力、人脈を測られる。それだけ重要な式の準備が始まるとなると授業も暫く休みになり、少女式の準備に全ての時間を費やすことになるのだ。


「王太后陛下と王妃陛下、王子殿下方は既に朝食を済ませておいでです」

「そう。なら朝食は部屋に運んで」

「畏まりました。すぐにお持ちいたしますので少々お待ち下さい」


 数分してメフィアが朝食を乗せた台車を持ってきた。まだ温かい料理の良い香りが鼻を燻る。お母様たちが食事を終えたということは、食事が終わってから時間が経っているということだ。それなのに冷めているはずのスープが温かいのは、メフィアが温め直してくれたからだろう。スープを一口含むと、ふんわりした上品な香りが広がり頬が緩む。

 私はスーツを一口、また一口と運びながら午前中の予定を考えた。


…………会場装飾のデザインでもしようかな?


 流石にデザイン案を書くのに高価な羊皮紙を使うのは怖いので捨てる予定の布を用意してもらった。


「さて、書きますか!」





 午後、中央庭園の東屋で私はメトリック伯爵と合っていた。彼は王国貴族には珍しい黒髪黒目で、顔は前の世界基準で言えば平凡な日本人顔だが、こちらの世界では神秘的で人の目を引く容姿だ。彼は私の少女式が成功するように細かい部分を調整する役割を担う。私が主導して企画し、彼が必要に応じて細かい部分を修正する形になるらしい。


「どうぞ、お座り下さい」

「失礼致します」


 向かい合うように座るとメイドに紅茶を用意させる。私が紅茶を飲むとメトリック伯爵も紅茶に口をつけた。少し頬が緩んでいるので気に入って貰えたと思っておこう。


「この度はメトリック伯爵が私の少女式の補助をして下さるとか……」

「はい。微力ながら力添えをさせて頂きます」

「よろしくお願いします」


 そう言って互いに軽く会釈して話し合いを始める。


「今日は開催会場、会場装飾の方向性、料理の方向性を決めるとのことでしたが……」

「はい、王子殿下方の少年式の資料をお持ち致しましたので参考に御覧ください」


 メトリック伯爵は私に数枚の羊皮紙を渡した。王家にとっても羊皮紙で記録されるほど重要な式なのだと再認識させられる。資料には兄様たちが使った会場、会場装飾や演出のコンセプト、出された料理などが細かく記されていた。


「あの……不躾な質問ですが、予算は……?」

「王太后陛下からは白金貨三枚までと聞いております」

「兄様たちも白金貨三枚だったのでしょうか?」

「いえ、王子殿下方の予算は白金貨二枚と金貨五枚でしたが……」


 白金貨二枚と金貨五枚。メトリック伯爵はそう言ったが、セオドア兄様はともかくマテオ兄様の少年式に関しては資料を見る限りでは到底足りていたようには見えない。

 マテオ兄様は少年式の余興として武道大会を開催した。会場は王城で最も大きなホール。優勝者には自分の側近になる権利を与えると公言し、貴賤問わず参加者を募ったことで多くの人間が参加した。謳い文句は『英雄は貴賤を問わない』だ。

 しかし、予選を勝ち抜いた平民に対して身分を強調する言動をする貴族が多く、最終的には乱闘騒ぎに発展して武道大会は中止。平民と貴族の溝は深まり、武道大会が開催されたホールは傷がない場所を探すのが困難なほど損傷した。その修繕費も予算から出ているはずだ。

 しかし資料には修繕費の項目はない。つまり誰かが肩代わりしたということだ。


「メトリック伯爵、マテオ兄様の少年式は莫大な修繕費が必要になったと聞いていたのですが、もしや……」


 私の予想は当たっていたようで伯爵は苦笑いを浮かべた。


伯爵が肩代わりしたんだ……


「兄がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」


 マテオ兄様がメトリック伯爵を覚えていないだろうことは容易に想像できる。それではメトリック伯爵は余りに報われない。修繕費だけで白金貨三枚は飛んだはずだ。私が軽く頭を下げると伯爵は焦って頭を上げるように言う。


「本来は私が阻止するべき騒ぎだったのです。私が補填するのは当然のことです」

「いえ、王族は人の上に立つ者。私たちの行動には責任が生じます。当然、その結果にも責任を持たなければなりません。伯爵が被った不利益は兄がもたらしたもので、王族たる私が謝罪するのは当然のことです」


 伯爵は焦って「許します」と連呼した。中央庭園は許可された者以外は進入禁止だが、別に周りから中が見えないという訳ではない。今は私の少女式の打ち合わせがあるので人払いをしているが、万が一というものがある。王女が伯爵に頭を下げている状況など、絶対に人に見られてはならない。

 少し卑怯な気もしたが、一度謝罪して許すと言われてしまえば修繕費の肩代わりを今後の駆け引きに使われることはなくなる。伯爵はそんな事しないだろうが念の為だ。


「王女殿下はどの会場に致しますか?」

「室内は西の庭園に一番近いホール、屋外は西の庭園にしようかと思っています」

「西の庭園ですか?」


 西の庭園には小さな舞台がある。大きな劇などを発表するには少し狭いが、舞を披露するには丁度良い程度だ。


「剣舞を披露しようと思っています。貴族の方々とお話するときは平民の雑技団を雇えば良いかと」


 平民を雇用するという言葉に目を見開く伯爵。マテオ兄様の惨状が思い浮かんだのか顔が青ざめている。


「あの、そうする意図をお聞きしても?」

「最近は国庫が圧迫されて国家で事業を起こせずにいます。その影響で国民の経済状況も停滞しがちになり国庫は更に圧迫されています。良心的な貴族たちは自主的に事業を起こしていますが、それでも経済は回復していません。なので少女式で雇用を生んで少しでも経済が回ればと思って……」

「そ、そうでしたか。ですが貴族たちの反発はどうするおつもりですか? 王女殿下は第一王子殿下のようには認められないでしょう」


 私には元平民で現侯爵令嬢のルーシーと犯罪者の身内で身分を剥奪された元男爵令嬢で現平民のメフィアを侍女にしている。マテオ兄様なら平民を雇っても気まぐれの遊びで済まされるが、私が雇えば新しい侍女を選んでいると思われかねない。


「それで良いのです。貴族たちの反応を見て、私の側近を決める際の指標にしようと思っているので」


 私の側近は差別意識が強い者には務まらない。丁度良いから選別してしまおう。


「王女殿下にお考えがあるのならば反対は致しませんが……」


それほど反対されずに済んで良かった。


「次に会場の装飾ですが……」

「これを」


 私が伯爵に午前中に書き上げた意匠デザイン画だを手渡した。費用を抑えつつも上品に見えるように素材を工夫し、全体的にロココ調で纏めているので調和は取れているはずだ。庭園は花々で彩られているので装飾は必要ない。


「良いですね。王女殿下ご自身で意匠デザインされたとなれば貴族たちとの話の話題にはなります。費用も従来よりかなり抑えられそうです」


 意外にも賛成されて驚いた。中途半端な前世での記憶を元に自分でアレンジしてデザインした装飾だったので、当然ながら反対されるものだと思っていたのだ。


「料理の方向性は如何致しますか?」

「そうですね。ガーデンパーティーのような少女式にしたいので軽食を多めにして、誰も食べたことのない物を出したいですね」

「誰も食べたことのない物…………ですか」


 伯爵は困った表情を浮かべる。


「軽食を多めにするのは可能だとは思いますが、誰も食べたことがないというのは難しいかと……」


 貴族の中には食に重きを置く者が少なくない。外交などでこの国にはない食べ物を知っている者もいる。多くの貴族を招待する少女式で誰も食べたことがない料理を出すのは難しいのだ。それこそ誰も知らない新しい製法で作られた新しい料理でもない限り不可能だ。がない限りは


「レシピがあれば可能ですか?」

「え? まぁ、あれば可能ですが……」


 私の言葉に間の抜けた返事をするメトリック伯爵。


「今いくつかのレシピを考えています。完成したら料理長に渡して頂けますか?」


 この世界には前世で言うスイーツやスナックがない。軽食を多めにすることが可能であるなら手などいくらでもある。

 今のところはポテチ、チョコレート、ケーキ、ゼリーを出す予定でいる。中でもチョコレートは力を入れたい物だ。この世界ではカカオは苦くて不人気の食べ物で、主に貧民の間で取引される。苦味は強いが滋養が高く、気付けや精力剤として重宝される。


「では今日はこれくらいで」

「はい。王女殿下が事前に考えていて下さったおかげで時間が短縮できました」


 メトリック伯爵は嬉しそうに言った。


「私の少女式ですから」

「では、王女殿下のご希望に沿うように尽力させて頂きます」

「よろしくお願いします」


 無事に話し合いが終わり部屋に戻って一息つく。掛け布団の上からベッドに横たわると身体がゆっくりと沈み込む。たった少し話しただけなのに随分と疲れたような気がする。伯爵相手に疲れたと言うよりはマテオ兄様の後始末を伯爵がしていたことが驚きだった。 


「舞は一人だと味気ないし、ルーシーとフィーと一緒に剣舞でも舞おうかな……」


 何となく発した言葉が一人きりの部屋に吸い込まれるように消える。私はそのまま静かに目を閉じた。




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