復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第38話 男爵家断罪──侍女

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 メフィアの回復が順調だと報告して三日。私とメフィアはお祖母様に中央庭園に呼び出されていた。


「貴女がメフィアね?」

「はい」


 お母様がメフィアに対して威圧する。私に向けられていないのに息が詰まりそうになる。正面からお祖母様の威圧を受けているメフィアはどれほど辛いか想像もつかない。私がメフィアの様子をチラッと盗み見ると、意外にも平然そうな表情を浮かべていた。


「……威圧されても怯まないのね。跪くかと思ったわ」

「私の主は王女殿下です。それ以外の方に跪くのは王女殿下のご命令に従うときのみです」


 メフィアは堂々と答えた。その物言いはまるで騎士のようだ。


「お祖母様、どのようなご用件ですか?」

「貴女の新しい侍女を品定めしようかと思ってね。侍女の仕事は多岐に渡るわ。だから多くの技術が必要になる。でも最も重要なのは主の意向を汲んで命令が出される前に動くこと。そして主を護り切ること」

「お祖母様、何を……?」

「試験よ。貴女の侍女に相応しいか、実力を測らなければならないでしょう?」

「必要ありません」


 既にメフィアの覚悟はわかっている。実力など覚悟決まっていれば後から付いてくる。しかしお祖母様は私の言葉を無視して話を続けた。この話を聞かなければ帰らせて貰えなそうで、私は仕方なく話だけでも聞くことにした。


「貴女たち二人には試験を受けてもらうわ」

「試験?」


 お祖母様から出された試験三つ。

 一つ目はメフィアが王国騎士団の攻撃から私を護ること。試験時間は一刻十五分で終了時に私が怪我をしていれば残りの試験を受けるまでもなく失格。

 二つ目は私が幻惑魔法で作り出された複数のメフィアの中から本物のメフィアを探し出すこと。幻惑魔法を使うのは魔法研究をしている魔塔の所長だ。

 そして三つ目はメフィアが火鉢に焚べられた炭を手で掴んで取り出すこと。火に焚べられた炭は八百度前後だと言われていて火傷どころの話ではないことは誰にでもわかることだ。


「お祖母様っ! 二つ目までは承諾できますが、三つ目の試験は承諾出来ません! それではメフィアが大怪我を負うではありませんか!」

「大丈夫よ。魔塔の所長は王国一の回復魔法使い。痕も残さずに治すはずよ」

「ですがメフィアへの負担が大きすぎます!」


 回復魔法は奇跡の力ではない。自然治癒力を強制的に活発化させる魔法だ。本来なら数年かけて治すはずの怪我を一瞬で直せば体力が足りずに精神力が削られる。場合によっては精神が削られすぎて廃人になることもある。


「やります。それで王女殿下に仕えることを許されるのであれば……」


 私は抗議したがメフィアは迷いのない目で承諾してしまった。


「良い覚悟です。すぐにでも始めましょう」


 お祖母様がそう言うと騎士団が庭園に入ってくる。


「逃げる範囲は庭園の中のみ。勿論、騎士への反撃は許します。では始めっ!」


 お祖母様が笑顔で軽くパチンと手を叩いた瞬間、騎士たちが襲いかかってくる。メフィアは私の腕を引っ張って避ける。


「王女殿下、こちらです!」


 私はメフィアに引っ張られるまま入り口付近まで走った。


「しっかり掴まって下さい!」


 そう言うとメフィアは私を横抱きにして入り口のアーチ状の薔薇に足を掛け、異常な速さで登る。


「えぇっ?! 何?! 何でこんなっ!」

「平民の子供と遊んでいた時に身に着けた技術です。鬼ごっこなどで重宝しました」


 メフィアは周囲の状況を確認しながら平然とした様子で答えた。


「ここならば少しは時間が稼げるでしょう。普通に考えて騎士の攻めを受けきることは不可能。まずは作戦を考えましょう」

「えぇ、でもどうするの?」

「私たちにあって騎士にないものは小柄な身体です。勝負の分かれ目はここだと思います」

「小回りの効く場所で逃げるってこと?」

「はい。幸いにも一つ目の試験なので体力切れの心配はありません。王女殿下を抱いたまま狭い道を通って走り回ります。王女殿下には傷一つ付けませんので安心して下さい」

「それではメフィアが怪我をしてしまうわ」


 庭園には薔薇の花が多い。狭い道で私を庇いながら走り回れば薔薇の棘で擦り傷だらけになるだろう。特に毒になるような薔薇は植えていないので死にはしないだろうが、風呂に入る時に沁みそうだ。


「男爵家に居た頃は周囲の目を欺くために使いませんでしたが多少の回復魔法は使えるので擦り傷程度なら治療できます」


 そう言ってメフィアは私を抱えたまま庭園を走り出した。





 一刻十五分後。騎士たちは私たちに追いつく為に擦り傷だらけになっていたが、それでも私たちに追いつくことはなかった。平民と鬼ごっこをした経験が生かされていた気がして笑ってしまう。平民との遊びの中で培った技術で貴族の子息で構成されている騎士たちから逃げ切ったのだ。逃げるのと追いかけるのでは難易度も必要とされる技能も異なるが、平民の子供でも騎士たちから逃げ切れる可能性があるとわかってしまうと笑うしかなかった。


「お見事ね。次はフレイアの試験よ」

「はい」


 私はどれが幻惑魔法で作り出されたメフィアかわからないように目隠しをされる。少しして目隠しを外されると、目の前には十人ほどのメフィアが並んでいた。


「これは質問をしても良いのですか?」

「いいえ。でも具体的な行動をさせることは出来るわ。右腕を上げる、首を傾げる、紅茶を淹れる、その程度ね」

「では……横抱きにして下さい」


 私は一人ずつ横抱きにして貰う。実は先程の試験の時に横抱きにされなければ見えない位置に血で印を残しておいたのだ。


「このメフィアが本物です」


 私が一発で正解してみせるとメフィアは驚いた様子で私を見た。


「私の侍女にするんだもの。これくらいはね!」

「フフフ……印を付けておいたのね」


バレてる…………


「まぁいいわ。次は最後の試験ね」


 その言葉に強張る私とメフィア。ついに三つ目の試験が回ってきてしまった。


「火鉢をここに」


 お祖母様の侍女が火鉢を持ってくる。


「さぁ、丁度一番高い温度になっている時間帯よ」

「それでは失礼します」


 メフィアは迷いもなく火鉢に手を突っ込もうとした。その迷いのない様子に周囲の人間は身体を強張らせた。


パシッ


 炭を掴むすんでの所でメフィアの手首を掴んで止めるとお祖母様は少し安心したようにホッと息を吐いた。


「お祖母様、メフィアは私の侍女になる予定の者です。使い物にならなくされては困ります。それに火鉢に手を入れさせるなど罰に値するのでは? メフィアについての全権は私に委ねられたはずですが」

「大人びて見えるけど、まだまだ子供ね。周りを見てみなさい」


 そう言われ周囲を見回すと、騎士たちがすぐに止められる位置で控えていた。


……担がれた?


 お祖母様は最初からメフィアに火鉢の炭を取らせるつもりなど微塵もなかったのだ。


「……ハァ……試されていたのはメフィアの忠誠心ではなく私の対応ですか……」

「貴女が彼女を庇わなければ、彼女を私の侍女にしていたわ。部下を護れない者に主たる資格はないもの」


 悪びれる様子もなく言うお祖母様に騎士たちが苦笑いを浮かべる。


子供に主たる資格があるか試すなっ!


「さっきの様子では彼女の忠誠心は本物のようだし、貴女も主として部下を護る気持ちはあるようだから問題なさそうね」


 お祖母様は騎士たちに下がるように言い、侍女に火鉢を下げさせる。その後はメフィアの今後の方針について話し合い、メフィアには私と一緒に勉強して貰うことになった。




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