復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第26話 派遣調査──現状打破の糸口

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 冒険者ギルドでダミーを雇った後、私たちはすぐに北へ向かった。


「「…………ハァ……」」


 私とルーシーが吐いた何度目かの溜息が被った。私たちは聞き込みをしつつ移動をして、今日だけでも三つの街を訪れている。北へ向かうほど治安や生活水準は目に見えて悪化していた。最初の二つは治安が悪い程度で済んだが、三つ目の街に入って途端に程度が違ってきた。

 三つ目の街は建物は腐食で壁に穴が開き、屋根がある建物のほうが少ないくらいだった。まるで戦争後の廃村のようだ。前の街に比べて路上生活者は急増し、街全体が貧民街と化しているかのようだった。


「酷い…………」


 路肩で倒れている子供を見てルーシーが泣きそうな表情で言う。ルーシーの母親は実家に勘当されており、父親も実家の強烈な反対でルーシーを引き取れなかった。だからルーシーは母親の死後、身を寄せる親族などが居らず、王城で私の侍女に任命されるまでの数ヶ月は路上生活者だった。

 それは惨めな生活だったはずだ。本人も飲食店の廃棄物を漁り、腐りかけの食べ物を貪る毎日だったと話していた。日によっては、それすらも見つけられないこともあったと。しかしこの領の子供たちはそれ以上に酷い。飲食店どころか真っ当な家すら見当たらない街の路肩で飢え死ぬのを待つだけだ。


「この領地を男爵に下賜する前は、肥沃とまでは言わずとも民が満足な暮らしを送ることが出来る程度には豊かな大地が広がっていたと報告書に書いてあったわ」


 豊かだと言われていた大地が痩せ細り、領民が飢餓に襲われるほど貧しいなどという状況に陥るには、かなりの無理をしなければありえない。男爵は領民からかなりの税金を搾取していたのだろう。不思議なのは、普通なら領民たちの反乱が起きても可怪しくない状況なのに、そういう報告が全くないことだ。順当に考えれば、この先の街は更に悲惨な状況になっているはずだ。


「この辺りは小麦の生産が活発で、この時期なら黄緑の穂が風に靡いて綺麗だってお母様が言っていたのに…………」


 辺りには小麦畑の影もない。痩せた土地には雑草すら生えていなかった。


「フレイア、そろそろ日が暮れてきたよ。宿を探さないと」

「前の街に戻って宿に泊まりましょう。街を出る手前に宿があったでしょう? 明日は野営の道具と食料を買うことにするわ。明後日、また来ましょう」


 ここから先が更に酷い状況になっているだろうと仮定すると、宿などないと考えるべきだ。もしかしたら人すら居ないかも知れない。だから準備はしておかなければならない。


「本当?」

「勿論よ」


 私の返答にルーシーは目を輝かせた。何を考えているか、手にとるようにわかる。その様子を見ていると心が痛む。しかし、これは告げなければならない。


「ただ、食料をこの街の子供に与えるわけにはいかないわ」

「そんなっ…………」


 ルーシーの表情が苦痛に耐えるかのごとく歪む。


「今はそうするしかないの…………ごめんなさい」


 絞り出すように謝罪して俯く。私の判断は何人もの子供を飢え死なせるだろう。そう思うと私はルーシーの顔が見れなかった。


「フレイア…………全部終わったら、残った子供たちを助けられる?」


 ルーシーは震える声で聞いた。全てが終わったら、ということは私が王都へ戻り、正式に男爵を裁くときのことだ。それまでは最低でも二十日はかかる。


「…………うん」


 私の返答に、ルーシーは何も反応しなかった。私たちは黙ったまま、前の街へ引き返していった。





 二日後、私とルーシーは野営の準備をして再び北へ向かい始めた。一応、動きやすさと変装の為に平民の服に着替えている。


「……フレイア、これからどうするの?」

「まずは税収改竄の証拠を探す」

「どうやって?」

「今は検討も付かない。でも、もっと北の様子を見ればわかると思う」


 状況証拠さえ見つかれば多少強引にでも王家の名前で調査を入れられる。


「行こう」


 私たちは野営の道具を背負って先へ進んだ。





「なにこれ…………?」


 貧民街から更に北へ進んだ私たちが見たのは、活気づいた街と小麦の代わりに植えられた大量の草だった。


「どうなってるの…………?」


 困惑を隠せない様子のルーシー。私は男爵と植えられた草について街の人たちに聞いてみた。すると人々は口々に領主のおかげで生活が楽になったと褒め称える。植えている草は加工すれば通気性の良い布になり、生草は領主様の事業の役に立つので大金で買って下さる。そう言っていた。


天然素材で通気性の良い布、生草のままで大金を払う…………


 そんな物、一つしか思い当たらない。


「……大麻…………」

「大麻って…………」


 私の独り言を聞いていたルーシーが顔面蒼白になって呟いた。大麻は王国法で厳しく管理されている。医療に使われる麻酔用大麻は全て王家を通して各医療機関に販売している。故に密造、密売は重罪。場合によっては一族連座もあり得る。これだけ大量の大麻を栽培している以上は麻布あさぬのを手に入れるためという理由はありえない。確実に密売もしている。


「領民が反抗しなかったのは、こういうことだったのね」


 街の人たちの様子を見るに、彼らは自分が何を育てているかなど知らないのだろう。ただ、領主が自分たちの生活のために草で事業を起こし、特産品を作ったとでも思っている。彼らにとって領主は自分たちに良くしてくれる良い領主なのだ。自分に良くしてくれる人に反抗する馬鹿は居ない。


「フレイア、どうするの?」

「この街の貧民地区に行く」

「えっ?!」


 私の言葉に驚き、目を見開くルーシー。


「この街の人たち……特に大麻を育てている人たちから乾燥大麻特有の甘い匂いがした。多分、男爵が貧民地区の人間に大麻を流して街の人に売らせてるんだよ」

「何でそんなことを?」

「街の人たちからお金を搾り取るためよ」

「なら賃金を下げるとか、買取の値段を低くすれば良いだけでしょう?」

「街の人たちに反抗させないためだよ」


 大金で街の大麻を買うことで街の人の懐を潤して人望を集めつつ、貧民地区の人を仲介役にして大麻を流行らせて薬物中毒者を大量に作り出す。中毒者は薬欲しさに男爵領から逃げられなくなり、街の中での乾燥大麻の需要は徐々に上がっていく。貧民地区の売人はあくまで仲介人なので、仲介料金以外の利益は男爵の懐に入るというわけだ。


「すぐに戻るから!」


 私はルーシーからお金が入った小袋を貰い、裏道へ入っていった。




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