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一章、嘘 ――Drug Trip――
02.夜が明けても夢は醒めない
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じっとりと汗をかいて目を覚ました。薄く開けた目に、淡い緑のカーテンから透ける日差しがまぶしい。腰の痛みに寝返りをうって、シーツの下がベッドでないことに気が付いた。
(なんであたし、床に寝てるんだろ)
ゆっくりと昨日のことを思い出す。
(変な夢見たなあ)
夜響と名乗る不思議な子供は色々話したのち、またふいと姿を消して、兎たちにもらってきた、と甘酒を差し出した。
「あたし甘酒嫌いなの」
と首を振ると、
「ならこれを飲んだらいい」
と後ろからかかる声、振り返れば鉢巻き巻いた兎が徳利を抱えている。もう一匹も現れて、酒盛りになった。いい気分になって、鉢巻き姿の兎が歌い出す。これがなかなかいい声で、もう一匹が手ぬぐい片手に踊り出した。まるで鳥獣戯画だ。
「アソレ、アソレ」と叫んで手ばたきする夜響、遥も心地よくて随分飲んだ。やがて深いまどろみに襲われて、大きな月の上に仰向けになり、いつの間にか寝入ってしまった。
(なんで楽しい夢って見るんだろ。覚めれば虚しいだけなのに)
重い体を起こして、ぎくりとする。ベッドで寝ている者がある。体じゅうの汗が、いっぺんに冷や汗に変わった。床を這って近付けめば、こちらに背を向けた誰かの体が、白いきれの下で、規則正しく上下している。震える手をそっと伸ばして、きれの端を掴んだ。
ひとつ大きく深呼吸。
(せーの!)
気合いを入れて一度にめくった。
「ん~」
その誰かは目をこする。着崩れた肌着からのぞく、生身の人間とは思えない青白い肌、遥の手には、裾に鞠の描かれた白い着物。
「返してぇ」
目をつむったまま手を伸ばす。
「夜響なの?」
かすれ声で問う。
「ほかに誰がいるの。寝ぼけんなあ」
枕に顔をうずめて悪態つく。
遥は窓へと走る。カーテンを開き窓を開け、通りを見下ろせば、何も変わらぬ夏の朝。金色の日差しはコンクリートに照り返し、走り去る車もきらりと光る。どこかから聞こえる蝉の声、ゆったりと行き過ぎる婦人は、日傘に顔を隠して交差点のほうへ遠ざかる。
振り返る室内、見慣れたベッドの上にお化けみたいな子供の姿。ちょこんと座って眠たそうに目をこすっている。
「夢じゃあなかった」
「目ぇ覚めた?」
遥は無言でつかつかと、
「ねえなんであんたがベッドで寝てるわけ?」
くしゃりと白髪つかんでこちらを向かせる。
「なんで一夜明けた途端、そんないじわる言うの。昨日は夜響のこと大好きって言ってくれたじゃん。ずっと側にいて欲しいって」
「言ってないよ」
「言ったぁぁ」
泣き出す夜響に耳をふさいで、
「とにかくベッドには寝ないでよ」
「床は痛いもん」
「そうだよ。腰が痛くなっちゃった」
「ほらね」
遥は思いっきりにらみつけ、怒りを抑えて深呼吸、「あーあ。シーツもタオルケットも洗わなくちゃ」
丸めて玄関脇の紙袋に突っ込む。コインランドリーに持って行く袋だ。
「酔いつぶれてしょうがない奴だから、家まで運んでやったのに」
後ろで夜響が不平を言う。
「今日は火曜だからあたしは講義ないけど、明日からはまた大学行かなくちゃいけないからね」
履修科目の関係で土曜日授業がある分、火曜があいている。「ずーっと居候しようなんて思わないでね」
「いいもん。夜響も大学ついてくから」
本当に来たらどうしよう、と思いながら、胸は高鳴る。新しい世界は面倒だったけれど、こんな非日常なら大歓迎だ。
(夢はまだ覚めてない)
ベッドの上でぼんやりしている夜響を振り返り、朝の光を大きく吸い込んだ。
奇妙な共同生活が、幕を開けた。
(なんであたし、床に寝てるんだろ)
ゆっくりと昨日のことを思い出す。
(変な夢見たなあ)
夜響と名乗る不思議な子供は色々話したのち、またふいと姿を消して、兎たちにもらってきた、と甘酒を差し出した。
「あたし甘酒嫌いなの」
と首を振ると、
「ならこれを飲んだらいい」
と後ろからかかる声、振り返れば鉢巻き巻いた兎が徳利を抱えている。もう一匹も現れて、酒盛りになった。いい気分になって、鉢巻き姿の兎が歌い出す。これがなかなかいい声で、もう一匹が手ぬぐい片手に踊り出した。まるで鳥獣戯画だ。
「アソレ、アソレ」と叫んで手ばたきする夜響、遥も心地よくて随分飲んだ。やがて深いまどろみに襲われて、大きな月の上に仰向けになり、いつの間にか寝入ってしまった。
(なんで楽しい夢って見るんだろ。覚めれば虚しいだけなのに)
重い体を起こして、ぎくりとする。ベッドで寝ている者がある。体じゅうの汗が、いっぺんに冷や汗に変わった。床を這って近付けめば、こちらに背を向けた誰かの体が、白いきれの下で、規則正しく上下している。震える手をそっと伸ばして、きれの端を掴んだ。
ひとつ大きく深呼吸。
(せーの!)
気合いを入れて一度にめくった。
「ん~」
その誰かは目をこする。着崩れた肌着からのぞく、生身の人間とは思えない青白い肌、遥の手には、裾に鞠の描かれた白い着物。
「返してぇ」
目をつむったまま手を伸ばす。
「夜響なの?」
かすれ声で問う。
「ほかに誰がいるの。寝ぼけんなあ」
枕に顔をうずめて悪態つく。
遥は窓へと走る。カーテンを開き窓を開け、通りを見下ろせば、何も変わらぬ夏の朝。金色の日差しはコンクリートに照り返し、走り去る車もきらりと光る。どこかから聞こえる蝉の声、ゆったりと行き過ぎる婦人は、日傘に顔を隠して交差点のほうへ遠ざかる。
振り返る室内、見慣れたベッドの上にお化けみたいな子供の姿。ちょこんと座って眠たそうに目をこすっている。
「夢じゃあなかった」
「目ぇ覚めた?」
遥は無言でつかつかと、
「ねえなんであんたがベッドで寝てるわけ?」
くしゃりと白髪つかんでこちらを向かせる。
「なんで一夜明けた途端、そんないじわる言うの。昨日は夜響のこと大好きって言ってくれたじゃん。ずっと側にいて欲しいって」
「言ってないよ」
「言ったぁぁ」
泣き出す夜響に耳をふさいで、
「とにかくベッドには寝ないでよ」
「床は痛いもん」
「そうだよ。腰が痛くなっちゃった」
「ほらね」
遥は思いっきりにらみつけ、怒りを抑えて深呼吸、「あーあ。シーツもタオルケットも洗わなくちゃ」
丸めて玄関脇の紙袋に突っ込む。コインランドリーに持って行く袋だ。
「酔いつぶれてしょうがない奴だから、家まで運んでやったのに」
後ろで夜響が不平を言う。
「今日は火曜だからあたしは講義ないけど、明日からはまた大学行かなくちゃいけないからね」
履修科目の関係で土曜日授業がある分、火曜があいている。「ずーっと居候しようなんて思わないでね」
「いいもん。夜響も大学ついてくから」
本当に来たらどうしよう、と思いながら、胸は高鳴る。新しい世界は面倒だったけれど、こんな非日常なら大歓迎だ。
(夢はまだ覚めてない)
ベッドの上でぼんやりしている夜響を振り返り、朝の光を大きく吸い込んだ。
奇妙な共同生活が、幕を開けた。
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