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鏡面に微笑み
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先程までの情事の熱と匂いが色濃く残る部屋で、秀は煙草を吹かしていた。
散らばる下着をつけなおす瑛美の後ろで時を刻むデジタル時計に目をやると、深夜の二時を示していた。
「猫に餌やらないと」
「えぇ秀くん猫飼ってるの?見に行きたぁい」
「また今度、連れていきますよ」
煙草を灰皿へ押し付けた秀は、そのまま着替え、荷物をまとめ始めた。
「何?帰るの?」
「すみません、猫が待ってますので」
「せっかく一緒にいられたのに、ひどくない?」
頬を膨らます瑛美の額に口吻し、やさしく頭を撫でた秀は、出口へと歩き始める。
「またこうして会ってくれる?」
一瞬、眉間に皺を寄せた秀は、すぐに笑顔へと修正し、振り返り瑛美に微笑みかけた。
「もちろん。また一緒に飲みましょうね」
完璧すぎる程出来上がった笑顔に、瑛美は何かを感じとった。
「ねぇ、辞めないよね?」
「何をですか?」
「ボーイも、ホストも、よ」
「どちらも暫くは、ですかね」
真意を探るように秀の顔を見つめた瑛美であったが、やがて諦めるように小さくかぶりを振った。
「また、お店でねぇ」
淋しさを滲ませながらも、瑛美は微笑みベッドの上から手を振っていた。
秀は小さくお辞儀を返し、ゆっくりとドアを閉めた。
携帯の着信を確認するが、何も表示はされていない。
確かにあの時、番号は渡したはずだが、何かあったのだろうかと、心配ばかりが募る。
通りがかったタクシーを停め、秀は自宅へと急いだ。
車窓を流れる信号機の光が、纏わりつくように流線を描き、消えていく。
―――おかげでお客を一人取り損ねたわ―――
彼女もきっと、自分と同類なのだと思った。
彼女の言葉の端々から、決して入り込むことの出来ない闇を感じた。誰一人にも心を開くまいとする強烈な意思が痛かった。
だからこそ、秀の目に留まった。関わりたいと思った。救いたいとすら思った。
こんな自分だからこそ、と。
(頼むから、無事な姿を見せてくれ)
祈りにも似た思いを抱えながら、タクシーを降り、自室へと続く通路を駆けた。
ドアノブを捻り、思い切り引くと、ガシャン、と盛大な音が響き、施錠されていることに気が付く。
自身の鍵は瑠々に渡しており、スペアキーなど持ち合わせているわけがない状況に、秀は唇を噛むより他なかった。
「瑠々ちゃん!おいっ、瑠々っ!」
ドアを何度も叩きつけ、秀は名前を叫び続けた。深夜であることも構わず、ただひたすらに叩き、叫んだ。
拳に血が滲み、声も枯れ始めたころ、不意に鍵の開く音が響く。
すかさずドアを引くと、面食らう瑠々が其処に立っていた。
「何してるのよ……近所迷惑だわ」
「ばっ、馬鹿野郎!心配させてんじゃねぇよ!」
「そんな大きな声出さないで。大体鍵はどうしたのよ」
「お前に渡しただろうがっ」
あら、と小さく首を傾げる瑠々を、秀は思わず抱き寄せた。
「……ドア、閉めなきゃ」
か細い声で呟く瑠々を他所に、秀は抱きしめ続けた。
散らばる下着をつけなおす瑛美の後ろで時を刻むデジタル時計に目をやると、深夜の二時を示していた。
「猫に餌やらないと」
「えぇ秀くん猫飼ってるの?見に行きたぁい」
「また今度、連れていきますよ」
煙草を灰皿へ押し付けた秀は、そのまま着替え、荷物をまとめ始めた。
「何?帰るの?」
「すみません、猫が待ってますので」
「せっかく一緒にいられたのに、ひどくない?」
頬を膨らます瑛美の額に口吻し、やさしく頭を撫でた秀は、出口へと歩き始める。
「またこうして会ってくれる?」
一瞬、眉間に皺を寄せた秀は、すぐに笑顔へと修正し、振り返り瑛美に微笑みかけた。
「もちろん。また一緒に飲みましょうね」
完璧すぎる程出来上がった笑顔に、瑛美は何かを感じとった。
「ねぇ、辞めないよね?」
「何をですか?」
「ボーイも、ホストも、よ」
「どちらも暫くは、ですかね」
真意を探るように秀の顔を見つめた瑛美であったが、やがて諦めるように小さくかぶりを振った。
「また、お店でねぇ」
淋しさを滲ませながらも、瑛美は微笑みベッドの上から手を振っていた。
秀は小さくお辞儀を返し、ゆっくりとドアを閉めた。
携帯の着信を確認するが、何も表示はされていない。
確かにあの時、番号は渡したはずだが、何かあったのだろうかと、心配ばかりが募る。
通りがかったタクシーを停め、秀は自宅へと急いだ。
車窓を流れる信号機の光が、纏わりつくように流線を描き、消えていく。
―――おかげでお客を一人取り損ねたわ―――
彼女もきっと、自分と同類なのだと思った。
彼女の言葉の端々から、決して入り込むことの出来ない闇を感じた。誰一人にも心を開くまいとする強烈な意思が痛かった。
だからこそ、秀の目に留まった。関わりたいと思った。救いたいとすら思った。
こんな自分だからこそ、と。
(頼むから、無事な姿を見せてくれ)
祈りにも似た思いを抱えながら、タクシーを降り、自室へと続く通路を駆けた。
ドアノブを捻り、思い切り引くと、ガシャン、と盛大な音が響き、施錠されていることに気が付く。
自身の鍵は瑠々に渡しており、スペアキーなど持ち合わせているわけがない状況に、秀は唇を噛むより他なかった。
「瑠々ちゃん!おいっ、瑠々っ!」
ドアを何度も叩きつけ、秀は名前を叫び続けた。深夜であることも構わず、ただひたすらに叩き、叫んだ。
拳に血が滲み、声も枯れ始めたころ、不意に鍵の開く音が響く。
すかさずドアを引くと、面食らう瑠々が其処に立っていた。
「何してるのよ……近所迷惑だわ」
「ばっ、馬鹿野郎!心配させてんじゃねぇよ!」
「そんな大きな声出さないで。大体鍵はどうしたのよ」
「お前に渡しただろうがっ」
あら、と小さく首を傾げる瑠々を、秀は思わず抱き寄せた。
「……ドア、閉めなきゃ」
か細い声で呟く瑠々を他所に、秀は抱きしめ続けた。
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