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第十章 王都編
光
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群れを離れて岩屋へと向かってきた兵士は五騎。
「中へ入っていろ、ファーリア」
「ユーリ、でも」
「お前はまだ戦えない。人質に取られないよう隠れていろ」
ユーリは剣を抜いて馬に跨り、駆け出した。
先頭の兵士が繰り出した槍を叩き落とし、続く二頭の槍をかわして背後を取る。三騎目の兵士を背後から斬りつけて落馬させたところで、戻ってきた先頭の兵士と後続二騎に挟まれた。
槍を手放した先頭の兵士は剣を抜いていた。
砂漠のような広い場所では、間合いの長い槍が有利である。
「ハッ」
ユーリは馬の腹を蹴り、一旦その場を離れて敵と間合いを取った。
「砂漠の黒鷹だ」
先頭だった兵士が言った。
瞬間、ユーリの姿が黒い風になった。速すぎて槍の構えが追い付かないうちに、間合いに入り込んで斬撃を与えていく。
「ぐあっ……」
「あぐぁ!」
瞬く間に二騎が倒され、三騎目――先頭の兵士がユーリの剣を受けた。
ガシィン――キィン――
「く……っ」
ユーリの剣の方が速いため、兵士は攻撃の太刀を繰り出せないまま防御に徹する。二太刀、三太刀とかろうじて受け止めたが、四太刀目は更に速かった。ざくりと肩口を斬られ、兵士は剣を落とした。が、ユーリの背後に、最後の一騎が槍を構えて突進していた。
「……うおおおおおお!」
ユーリは肩越しに振り返った。体勢を立て直す余裕がない。
「――!」
兵士の槍がユーリの背に届く直前、兵士は馬上で動きを止め、身体をぐらりと傾けると、どさりと前方に倒れた。兵士の背には矢が刺さっていた。
「カイヤーン!」
矢を放ったのはカイヤーンだった。
「よう。探したぜ、ユーリ」
「国王はどうした?とうとう殺ったのか?」
岩屋に着いたカイヤーンは、きょろきょろと辺りを見回した。
「まさか」
ユーリは苦笑した。
「一太刀は入れたが――さすが国王だ。全く歯が立たなかったよ」
ユーリはマルスの消えた方角を見遣った。玉座を追われた手負いの豹。彼は無事だろうか。
「……カイヤーン、ちょうど良かった。聞きたいことがあったんだ」
ユーリの言葉に、カイヤーンの表情が曇った。
「ジェイクのことか」
「ああ。あの暴動はジェイクが仕組んだのか?国王は、ジェイクが議会と結託して新しい王を立てたと言っていたが、本当か?」
「……俺は反対したんだがな。ジェイクが王都の監獄は厳重だから、暴動でも起こさないと付け入る隙がないだろうってことで、ちょーっと画策したんだ。王家に恨みを持っている者がいるはずだから、宮廷の内側から崩すって言ってな」
「それで政変まで起こしたのか――!?」
「俺もまさかこんなにうまくいくとは思わなかったよ。ちょっと後ろめたいくらいの成功だぜ。お陰で王宮も王都も今やぐちゃぐちゃだろうさ。――恐ろしい男だぜ、お前の親友は」
「やりすぎだ……新王と新政府を立てて、国を操りでもするつもりか?」
ユーリは背筋が冷えていくのを感じた。よく知っているはずの親友のことを、本当は何も分かっていなかったのではないか。それも随分と以前から――。
「あいつがどこまで考えているのか、もう誰も理解できてねぇんじゃねぇか?ああ、でも一人いるな。あの男が来てからヤツはあからさまに変わった」
「誰だ?」
「丁度、お前が捕まった直後くらいに現れた男さ。新王を立てる話は、その男が言いだしたんだ。王都を追われた側室と王子を知ってる。そいつを新王に仕立てて、傀儡政権を作ると」
「なんだそれは……?そんな計画は、聞いていない……」
気味が悪い。
砂漠の太陽に灼かれながら、ユーリは寒気を感じていた。今起きていることは、本当は誰の意志によるものだろう。民衆の悲願か、ジェイクの野望か、追放された王子の執念か、謎の男の陰謀か。
「俺もちらっとしか見てねぇが、妙な男だったな……頭のおかしい老人を連れていた。なんでも、どこかの辺境伯だったのが王の横暴でその座を追われたとか」
「……」
王の横暴。戦好きの、いくつもの砂漠の部族を滅ぼした残虐な王の。
牢獄で、あからさまにユーリに対する怒りを剥き出しにしていた王は、確かに冷酷で、狂気すら感じた。一方で、ユーリはマルスの言葉を思い出していた。
――私はこの国の王だ。この国に産まれてくる命はすべて、私の子も同然だ。
あの言葉を信じるなら、正義は那辺にあるのか。
「おいユーリ、しっかりしろよ。お前の他に、誰がジェイクを理解できるんだ?」
カイヤーンはユーリの肩を掴んで言った。
「ああ……そうだな……」
ユーリはそれだけ言うのが精一杯だった。ファーリアが会話に気付いて外に出てきたからだ。
「カイヤーン!」
「おお、赤ん坊が産まれたのか!」
カイヤーンはファーリアの腕の中の赤子に気付いて破顔した。
「男の子よ」
「名前は?もうつけたのか?」
「ええ。レグルス=ヌール」
「光か――いい名だ。ユーリ、お前が育てるのか?」
「そのつもりだが……ジェイクが何と言うかな」
ユーリは表情を曇らせた。
「そこでだ。ひとつ提案があるんだが。おいカナン、いや、ファーリアだったか?どっちでもいいや。お前、俺と来ないか?」
「……え?」
カイヤーンの唐突な意見に、ユーリとファーリアは目を丸くした。
「どういう意味?」
ファーリアはカイヤーンの意図が掴めずに訊いた。
「だから、俺の部族に来ないか?ファーリア。ユーリなんかいなくても、子供の面倒は一族で見る。どうだ?」
「……どういう意味だ」
今度はユーリが言った。
「怒るなよ、ユーリ。俺は何度も言ったぜ?この女がほしいと。族長の後を継いで、一族を率いていく女だ」
「族長はお前だろう、カイヤーン」
「そこだ。あんたが嫁にくれば話は早いんだがな」
カイヤーンがファーリアに言った。
「……んだと……」
ユーリがカイヤーンの胸ぐらを掴んだ。
「冗談だって。落ち着けよ。ちょっとした昔話だ……俺の前の族長は、元々俺の部族の人間じゃねぇ。流れ者だ。ただ、恐ろしく強かった。若い頃は無敵だったそうだ。俺の部族は、昔そいつに一族まるごと救われた、という。それで族長になった。彼は、滅びた一族――シャハルの末裔だと言っていた」
「シャハル族……!二十年以上前に全滅したという一族か!」
ユーリが驚いたのも無理はない。シャハル族は遊牧民の中で一番大きく、そして最強の戦闘民族だった。
「ああ。そんな族長が、国軍の若造に殺られた――あんただ、ファーリア。おかしいじゃねぇか。最強の戦闘民族だった男が、ちょっと腕が立つからといって、こんな小娘に殺られるわけがないんだ。あり得るとしたら、父と知らぬまま敵対した生き別れの娘に、彼は手が出せなかった――」
「そんな馬鹿な。ファーリアが族長の娘だと?」
「俺はそう踏んでるんだが。違うか?」
カイヤーンがファーリアを見た。
「違わないわ。あの男はわたしの父よ。わたしはあのときそれを知らなかったけど、きっと父は分かっていたのだと思う」
ファーリアは静かに言って、腕の中のヌールを指先で優しく撫でた。
「わたし、ずっと不思議だった。なぜあの時、父はわたしにみすみす殺されたんだろうって。でもこの子を産んでみて、わかったの。子供を生かすためなら、親は自分の命なんて惜しくない」
「あんたなら族長の後を継げる。族長がそれを望んでいたかはわからねぇが、一族はあんたを歓迎するぜ」
「ありがとう、カイヤーン。でも、わたしはユーリと一緒にこの子を育てるわ。あなたの部族へは行けない」
「そうか。ま、俺は諦めねぇけどな。ユーリに愛想尽かしたら、いつでも待ってるぜ」
「カイヤーン、いい加減に……おい」
何かに気付いたユーリが、砂漠を指差した。
「なんだ、あれは」
ファーリアとカイヤーンもそちらを見た。
砂漠の向こうから、人の群れがやって来る。
「――イラン!?」
ファーリアは目を疑った。数百の兵を先導するイランが、ファーリアに気付いて手にした槍を大きく振り回した。
「イラン、いつの間に、こんなに――」
「レーにはもっといるぞ。解放奴隷だけで五千人を超えた。今、レーの近くに村を作ってる」
馬を降りたイランがファーリアの頭を撫でたので、ファーリアは自分が涙を流していることに気付いた。
――歩いてきた道には、全部、意味がある。
選んだ道は、時に間違っていたかもしれない。多くの犠牲を生んだかもしれない。死を選んだほうがましだったかもしれない。それでも、信じて歩いてきた道に、意味のないことなんてひとつもない。
「五千人……」
「ああそうだ。これからもっと増えるぞ」
「……ねえ、カイヤーン」
ファーリアは突然思いついたように振り返った。
「なんだ」
「さっきの話だけど、わたしはあなたの部族にはいけないんだけど、あなたがわたしたちの――カナン自由民の仲間になってくれないかな?」
今度はカイヤーンがぽかんと口を開けた。
「三千人も食べていくには、新しい仕事が必要だ。カナン自由民は売れる商品を考えて作る。それを遊牧民が、アルナハブや、もっと東の国々に売るの。保存が効く食べ物でも、砂漠で重宝する丈夫な織物でも、工芸品でもいい。今までレーに荷揚げされたものは一旦王都に入って、加工されて、そこから商人が仲介していたけど、レーで加工を済ませたものを遊牧民が直接レーから運んだらずっと安くて速い。昨日の暴動で王都からは人が流出してるでしょう。市場も工房も停止して、既存の商人たちのネットワークは混乱してるに違いない。今がチャンスだわ」
「確かに、港や街の仕事を請け負うだけじゃ仕事が足りなかったんだ。奴隷は安く使えると思われているのもあって、なかなか賃金も上がらない。だが、自分たちで商売ができれば……!」
イランも興奮して言った。
「村を作っているなら、そこに市場も開こう。物が売れれば豊かになるし、人ももっと集まってくるわ」
ファーリアの興奮が伝わったのか、腕の中のヌールが泣き出した。ファーリアは慌ててあやしながら岩屋の奥へ入ってしまった。その後ろ姿に向かって、カイヤーンが観念したように笑った。
「やっぱ只者じゃねぇな、あいつぁ」
「中へ入っていろ、ファーリア」
「ユーリ、でも」
「お前はまだ戦えない。人質に取られないよう隠れていろ」
ユーリは剣を抜いて馬に跨り、駆け出した。
先頭の兵士が繰り出した槍を叩き落とし、続く二頭の槍をかわして背後を取る。三騎目の兵士を背後から斬りつけて落馬させたところで、戻ってきた先頭の兵士と後続二騎に挟まれた。
槍を手放した先頭の兵士は剣を抜いていた。
砂漠のような広い場所では、間合いの長い槍が有利である。
「ハッ」
ユーリは馬の腹を蹴り、一旦その場を離れて敵と間合いを取った。
「砂漠の黒鷹だ」
先頭だった兵士が言った。
瞬間、ユーリの姿が黒い風になった。速すぎて槍の構えが追い付かないうちに、間合いに入り込んで斬撃を与えていく。
「ぐあっ……」
「あぐぁ!」
瞬く間に二騎が倒され、三騎目――先頭の兵士がユーリの剣を受けた。
ガシィン――キィン――
「く……っ」
ユーリの剣の方が速いため、兵士は攻撃の太刀を繰り出せないまま防御に徹する。二太刀、三太刀とかろうじて受け止めたが、四太刀目は更に速かった。ざくりと肩口を斬られ、兵士は剣を落とした。が、ユーリの背後に、最後の一騎が槍を構えて突進していた。
「……うおおおおおお!」
ユーリは肩越しに振り返った。体勢を立て直す余裕がない。
「――!」
兵士の槍がユーリの背に届く直前、兵士は馬上で動きを止め、身体をぐらりと傾けると、どさりと前方に倒れた。兵士の背には矢が刺さっていた。
「カイヤーン!」
矢を放ったのはカイヤーンだった。
「よう。探したぜ、ユーリ」
「国王はどうした?とうとう殺ったのか?」
岩屋に着いたカイヤーンは、きょろきょろと辺りを見回した。
「まさか」
ユーリは苦笑した。
「一太刀は入れたが――さすが国王だ。全く歯が立たなかったよ」
ユーリはマルスの消えた方角を見遣った。玉座を追われた手負いの豹。彼は無事だろうか。
「……カイヤーン、ちょうど良かった。聞きたいことがあったんだ」
ユーリの言葉に、カイヤーンの表情が曇った。
「ジェイクのことか」
「ああ。あの暴動はジェイクが仕組んだのか?国王は、ジェイクが議会と結託して新しい王を立てたと言っていたが、本当か?」
「……俺は反対したんだがな。ジェイクが王都の監獄は厳重だから、暴動でも起こさないと付け入る隙がないだろうってことで、ちょーっと画策したんだ。王家に恨みを持っている者がいるはずだから、宮廷の内側から崩すって言ってな」
「それで政変まで起こしたのか――!?」
「俺もまさかこんなにうまくいくとは思わなかったよ。ちょっと後ろめたいくらいの成功だぜ。お陰で王宮も王都も今やぐちゃぐちゃだろうさ。――恐ろしい男だぜ、お前の親友は」
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「あいつがどこまで考えているのか、もう誰も理解できてねぇんじゃねぇか?ああ、でも一人いるな。あの男が来てからヤツはあからさまに変わった」
「誰だ?」
「丁度、お前が捕まった直後くらいに現れた男さ。新王を立てる話は、その男が言いだしたんだ。王都を追われた側室と王子を知ってる。そいつを新王に仕立てて、傀儡政権を作ると」
「なんだそれは……?そんな計画は、聞いていない……」
気味が悪い。
砂漠の太陽に灼かれながら、ユーリは寒気を感じていた。今起きていることは、本当は誰の意志によるものだろう。民衆の悲願か、ジェイクの野望か、追放された王子の執念か、謎の男の陰謀か。
「俺もちらっとしか見てねぇが、妙な男だったな……頭のおかしい老人を連れていた。なんでも、どこかの辺境伯だったのが王の横暴でその座を追われたとか」
「……」
王の横暴。戦好きの、いくつもの砂漠の部族を滅ぼした残虐な王の。
牢獄で、あからさまにユーリに対する怒りを剥き出しにしていた王は、確かに冷酷で、狂気すら感じた。一方で、ユーリはマルスの言葉を思い出していた。
――私はこの国の王だ。この国に産まれてくる命はすべて、私の子も同然だ。
あの言葉を信じるなら、正義は那辺にあるのか。
「おいユーリ、しっかりしろよ。お前の他に、誰がジェイクを理解できるんだ?」
カイヤーンはユーリの肩を掴んで言った。
「ああ……そうだな……」
ユーリはそれだけ言うのが精一杯だった。ファーリアが会話に気付いて外に出てきたからだ。
「カイヤーン!」
「おお、赤ん坊が産まれたのか!」
カイヤーンはファーリアの腕の中の赤子に気付いて破顔した。
「男の子よ」
「名前は?もうつけたのか?」
「ええ。レグルス=ヌール」
「光か――いい名だ。ユーリ、お前が育てるのか?」
「そのつもりだが……ジェイクが何と言うかな」
ユーリは表情を曇らせた。
「そこでだ。ひとつ提案があるんだが。おいカナン、いや、ファーリアだったか?どっちでもいいや。お前、俺と来ないか?」
「……え?」
カイヤーンの唐突な意見に、ユーリとファーリアは目を丸くした。
「どういう意味?」
ファーリアはカイヤーンの意図が掴めずに訊いた。
「だから、俺の部族に来ないか?ファーリア。ユーリなんかいなくても、子供の面倒は一族で見る。どうだ?」
「……どういう意味だ」
今度はユーリが言った。
「怒るなよ、ユーリ。俺は何度も言ったぜ?この女がほしいと。族長の後を継いで、一族を率いていく女だ」
「族長はお前だろう、カイヤーン」
「そこだ。あんたが嫁にくれば話は早いんだがな」
カイヤーンがファーリアに言った。
「……んだと……」
ユーリがカイヤーンの胸ぐらを掴んだ。
「冗談だって。落ち着けよ。ちょっとした昔話だ……俺の前の族長は、元々俺の部族の人間じゃねぇ。流れ者だ。ただ、恐ろしく強かった。若い頃は無敵だったそうだ。俺の部族は、昔そいつに一族まるごと救われた、という。それで族長になった。彼は、滅びた一族――シャハルの末裔だと言っていた」
「シャハル族……!二十年以上前に全滅したという一族か!」
ユーリが驚いたのも無理はない。シャハル族は遊牧民の中で一番大きく、そして最強の戦闘民族だった。
「ああ。そんな族長が、国軍の若造に殺られた――あんただ、ファーリア。おかしいじゃねぇか。最強の戦闘民族だった男が、ちょっと腕が立つからといって、こんな小娘に殺られるわけがないんだ。あり得るとしたら、父と知らぬまま敵対した生き別れの娘に、彼は手が出せなかった――」
「そんな馬鹿な。ファーリアが族長の娘だと?」
「俺はそう踏んでるんだが。違うか?」
カイヤーンがファーリアを見た。
「違わないわ。あの男はわたしの父よ。わたしはあのときそれを知らなかったけど、きっと父は分かっていたのだと思う」
ファーリアは静かに言って、腕の中のヌールを指先で優しく撫でた。
「わたし、ずっと不思議だった。なぜあの時、父はわたしにみすみす殺されたんだろうって。でもこの子を産んでみて、わかったの。子供を生かすためなら、親は自分の命なんて惜しくない」
「あんたなら族長の後を継げる。族長がそれを望んでいたかはわからねぇが、一族はあんたを歓迎するぜ」
「ありがとう、カイヤーン。でも、わたしはユーリと一緒にこの子を育てるわ。あなたの部族へは行けない」
「そうか。ま、俺は諦めねぇけどな。ユーリに愛想尽かしたら、いつでも待ってるぜ」
「カイヤーン、いい加減に……おい」
何かに気付いたユーリが、砂漠を指差した。
「なんだ、あれは」
ファーリアとカイヤーンもそちらを見た。
砂漠の向こうから、人の群れがやって来る。
「――イラン!?」
ファーリアは目を疑った。数百の兵を先導するイランが、ファーリアに気付いて手にした槍を大きく振り回した。
「イラン、いつの間に、こんなに――」
「レーにはもっといるぞ。解放奴隷だけで五千人を超えた。今、レーの近くに村を作ってる」
馬を降りたイランがファーリアの頭を撫でたので、ファーリアは自分が涙を流していることに気付いた。
――歩いてきた道には、全部、意味がある。
選んだ道は、時に間違っていたかもしれない。多くの犠牲を生んだかもしれない。死を選んだほうがましだったかもしれない。それでも、信じて歩いてきた道に、意味のないことなんてひとつもない。
「五千人……」
「ああそうだ。これからもっと増えるぞ」
「……ねえ、カイヤーン」
ファーリアは突然思いついたように振り返った。
「なんだ」
「さっきの話だけど、わたしはあなたの部族にはいけないんだけど、あなたがわたしたちの――カナン自由民の仲間になってくれないかな?」
今度はカイヤーンがぽかんと口を開けた。
「三千人も食べていくには、新しい仕事が必要だ。カナン自由民は売れる商品を考えて作る。それを遊牧民が、アルナハブや、もっと東の国々に売るの。保存が効く食べ物でも、砂漠で重宝する丈夫な織物でも、工芸品でもいい。今までレーに荷揚げされたものは一旦王都に入って、加工されて、そこから商人が仲介していたけど、レーで加工を済ませたものを遊牧民が直接レーから運んだらずっと安くて速い。昨日の暴動で王都からは人が流出してるでしょう。市場も工房も停止して、既存の商人たちのネットワークは混乱してるに違いない。今がチャンスだわ」
「確かに、港や街の仕事を請け負うだけじゃ仕事が足りなかったんだ。奴隷は安く使えると思われているのもあって、なかなか賃金も上がらない。だが、自分たちで商売ができれば……!」
イランも興奮して言った。
「村を作っているなら、そこに市場も開こう。物が売れれば豊かになるし、人ももっと集まってくるわ」
ファーリアの興奮が伝わったのか、腕の中のヌールが泣き出した。ファーリアは慌ててあやしながら岩屋の奥へ入ってしまった。その後ろ姿に向かって、カイヤーンが観念したように笑った。
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