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第十章 王都編
別れの朝
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やがて長い夜が明けた。
赤子は清潔な布にくるまれて、ファーリアの横で眠っていた。疲れ果てたファーリアとユーリも、浅い眠りの中にいた。
その気配を感じたのはマルスだった。
外に出て、岩屋の陰に身を隠しながら、遠くに見える騎馬の影を数えた。
マルスが岩屋を出たのに気付いて、ユーリも起きてきた。
「追手か?」
砂漠育ちのユーリの視力が、馬上の人物の服装を捉えた。
「国軍だ。二十五騎いる――大した数じゃないが」
ユーリは岩屋の中を振り返った。ファーリアを今動かすことはできない。
「彼らの狙いは私だ」
「あんたの味方じゃないのか」
「そなたらの首領が手を回して、王国議会が新王を立てた。私もまた追われる身だ」
マルスは剣を腰に佩き、馬の手綱を取った。
「行くのか」
「ああ、できるだけ引きつける。もしこちらに来たら、私の素性は知らなかったと言い張れ。そなたの顔まで知っている国軍兵士はそうそういまい」
「でも、あんたは……それでいいのか」
「ファーリアと赤子を頼んだぞ、ユーリ・アトゥイー。互いの運が味方すれば、いずれまた相見えようぞ」
マルスはそう言って、銀の髪を翻した。
ユーリは目を細めた。朝陽を受けて、王の姿は眩しく輝いていた。
「ハッ!」
マルスは馬の腹を蹴り、駆け出した。
間もなく遠くの兵士たちが気付いて、マルスの馬を追って速度を上げて駆け出した。
目覚めると、すぐそばに小さな温もりを感じる。
小さな小さな鼻で、覚えたばかりの呼吸をしている。ゆるく握った掌の五指は人形のように小さくて、ファーリアが指を差し出すとキュッと握り返してくる。そのあえかな感触が、この上なく愛しい。
ふと、岩屋に他に誰もいないことに気付いた。
「……マルス……?」
まさか――、と、黒い予感が胸に広がる。
ファーリアは赤子を抱いて、よろよろと岩屋を出た。
「ファーリア!?歩いて大丈夫なのか?」
ユーリが気付いて振り返った。その遥か先、砂漠を一騎の馬が――マルスが駆け去っていく。
「マルス!どうして……!?」
数歩踏み出して、マルスを追う騎馬の群れに気がついた。
「そんな、マルス!」
ユーリがファーリアの腕を掴んだ。
「行くな!ファーリア、こちらに気付かれる!」
「どうして、マルス!だって、怪我をしてるのに……!」
なおも前へ進もうとするファーリアを、ユーリはたまらず背後から抱き締めた。
「ファーリア!だめだ、行くな。あの男は、お前と子供を守るために行ったんだ」
「いやよ!そんな、マルス、マルス……!」
「大丈夫だ、王は速い。逃げ切れる」
ユーリは言い聞かせるように言った。腕の中でもがくファーリアに、そして自分にも。
――運が味方すれば、また相見えよう――
ユーリはなぜか、マルスが生き延びてほしいと思った。
「うそよ、あんな怪我で……マルス」
涙で滲んだ視界に、マルスの影が小さく小さくなっていく。
そしてそれは僅かずつ、しかし確実に、追手との距離を縮められていた。
「マルス……お願い……生きて……」
その時、ファーリアの腕の中で火が着いたように赤子が泣き出した。
「――!」
ファーリアは慌てて乳房を赤子にあてがった。つん、と小さな疼きが走り、赤子は小さな口をまくまくとせわしなく動かして乳を吸った。
はっと気付いて砂漠を振り返った時には、もうマルスの影も追手の姿も消えていた。
赤子は清潔な布にくるまれて、ファーリアの横で眠っていた。疲れ果てたファーリアとユーリも、浅い眠りの中にいた。
その気配を感じたのはマルスだった。
外に出て、岩屋の陰に身を隠しながら、遠くに見える騎馬の影を数えた。
マルスが岩屋を出たのに気付いて、ユーリも起きてきた。
「追手か?」
砂漠育ちのユーリの視力が、馬上の人物の服装を捉えた。
「国軍だ。二十五騎いる――大した数じゃないが」
ユーリは岩屋の中を振り返った。ファーリアを今動かすことはできない。
「彼らの狙いは私だ」
「あんたの味方じゃないのか」
「そなたらの首領が手を回して、王国議会が新王を立てた。私もまた追われる身だ」
マルスは剣を腰に佩き、馬の手綱を取った。
「行くのか」
「ああ、できるだけ引きつける。もしこちらに来たら、私の素性は知らなかったと言い張れ。そなたの顔まで知っている国軍兵士はそうそういまい」
「でも、あんたは……それでいいのか」
「ファーリアと赤子を頼んだぞ、ユーリ・アトゥイー。互いの運が味方すれば、いずれまた相見えようぞ」
マルスはそう言って、銀の髪を翻した。
ユーリは目を細めた。朝陽を受けて、王の姿は眩しく輝いていた。
「ハッ!」
マルスは馬の腹を蹴り、駆け出した。
間もなく遠くの兵士たちが気付いて、マルスの馬を追って速度を上げて駆け出した。
目覚めると、すぐそばに小さな温もりを感じる。
小さな小さな鼻で、覚えたばかりの呼吸をしている。ゆるく握った掌の五指は人形のように小さくて、ファーリアが指を差し出すとキュッと握り返してくる。そのあえかな感触が、この上なく愛しい。
ふと、岩屋に他に誰もいないことに気付いた。
「……マルス……?」
まさか――、と、黒い予感が胸に広がる。
ファーリアは赤子を抱いて、よろよろと岩屋を出た。
「ファーリア!?歩いて大丈夫なのか?」
ユーリが気付いて振り返った。その遥か先、砂漠を一騎の馬が――マルスが駆け去っていく。
「マルス!どうして……!?」
数歩踏み出して、マルスを追う騎馬の群れに気がついた。
「そんな、マルス!」
ユーリがファーリアの腕を掴んだ。
「行くな!ファーリア、こちらに気付かれる!」
「どうして、マルス!だって、怪我をしてるのに……!」
なおも前へ進もうとするファーリアを、ユーリはたまらず背後から抱き締めた。
「ファーリア!だめだ、行くな。あの男は、お前と子供を守るために行ったんだ」
「いやよ!そんな、マルス、マルス……!」
「大丈夫だ、王は速い。逃げ切れる」
ユーリは言い聞かせるように言った。腕の中でもがくファーリアに、そして自分にも。
――運が味方すれば、また相見えよう――
ユーリはなぜか、マルスが生き延びてほしいと思った。
「うそよ、あんな怪我で……マルス」
涙で滲んだ視界に、マルスの影が小さく小さくなっていく。
そしてそれは僅かずつ、しかし確実に、追手との距離を縮められていた。
「マルス……お願い……生きて……」
その時、ファーリアの腕の中で火が着いたように赤子が泣き出した。
「――!」
ファーリアは慌てて乳房を赤子にあてがった。つん、と小さな疼きが走り、赤子は小さな口をまくまくとせわしなく動かして乳を吸った。
はっと気付いて砂漠を振り返った時には、もうマルスの影も追手の姿も消えていた。
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