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第十章 王都編
復讐
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事の発端は数十年前へと遡る――。
時の国王アズハル=ジュディード・イシュラヴァールは壮年期を迎えていた。砂漠の片隅の小国だったイシュラヴァールを強国にすべく、産業を発展させ軍備を増強し、精力的に版図を広げていった。
当時、後宮には三十人を超す側室と、二百人近い側室候補の姫たちがいた。多くは国内の有力者の娘や周辺国の王家の親族、辺境の豪族の娘などで、イシュラヴァール王家の地位を盤石なものとするための政略結婚だった。
国王はその生涯で、側室との間に七人の王子と九人の王女をもうけた。
第一王子が二十一歳の若さで遠征先で戦死を遂げた年、第三王子のアトラスが誕生した。アトラスの母アイシャは、砂漠の遊牧民族の族長の娘だった。後宮の中での地位は低かったが、美貌と利口さ、そして何よりも床上手で、したたかに王に取り入って御子を身籠り、とうとう側室の座を手に入れた。
当時、砂漠の遊牧民族の中には王家と友好的な関係を築いている部族もあった。中でもシャレム族は、頻繁に王家に貢物を贈り、取り入ることに余念がなかった。
アトラスが産まれて間もなくして、側室の一人が御子を身籠った。
懐妊の祝いと新年の祭で王都が沸き立つ中、事件は起こった。祭のさなか、六歳になる第二王子が消えたのである。
三日後、ウラ川の下流で発見された王子は既に事切れていた。
大掛かりな調査が行われたが、結局真相は明らかにならなかった。しかし後宮の中で、懐妊した側室が王子を手にかけたのだという噂が立った。
「あの女、わたくしのかわいいアトラスのことも、恐ろしい目で睨んでいましたわ」
赤子を愛しそうに撫でながら、アイシャは証言した。王位継承権は年齢順に男子にのみ与えられる。上の王子が死ねば、我が子が王位に就くことも夢ではない。噂された側室は、後宮の中で孤立した。
後宮内の騒ぎが大きくなったことに頭を悩ませた元老院は、疑惑をかけられた側室を塔へと隔離することを決めた。側室は塔に軟禁されたまま、男子を産み落とした。
後のイシュラヴァール国王、マルスである。
マルスの母は疑惑を晴らせないまま、二年後、塔の中で死んだ。
アトラスが七歳、マルスが四歳の年、ウラ川の大規模な護岸工事が行われた。その際、堆積した泥の中から壊れた首飾りが発見された。大きな翠玉があしらわれた見るからに高価そうなそれには、王家の紋章が彫られていた。首飾りはすぐに王宮へ届けられた。
それは、国王がアトラスの生誕を祝って作らせ、アイシャに贈ったものと、同じものだった。
陰謀だ、とアイシャは主張したが、次々に出てきた証言はアイシャの犯行を裏付けるものばかりだった。
第二王子暗殺の直後に、王が贈ったものと全く同じ首飾りを内密で注文されたという宝石商の証言が決定打となり、アイシャは第三王子の身分を剥奪されたアトラスと共に追放された。
更に十年の時を経て、病に倒れた王に代わって、第三王子マルスが王位を継いだ。
マルスは戦術に長け、父が広げた版図を更に拡大していった。特に砂漠地帯を制圧すべく、砂漠で遊牧を営む戦闘民族を次々に滅ぼしていった。
国軍にとっての最大の敵、砂漠一の戦闘民族シャハル族がジャヤトリア辺境伯によって滅ぼされ、シャハルの分派シャレムはジャヤトリアの軍門に下った。その戦いの中で、アトラスは辺境伯に取り入ってジャヤトリア兵となり、生き延びた。
マルスがジャヤトリア辺境伯領を召し上げて直轄地とした時、両の手を切り落とされて追放された辺境伯を、アトラスは保護した。半分狂人になりかけた伯に、自分は国王の血を引く者だ、この不遇を乗り越え、いつの日か共に天下を取り戻すのだと吹き込んだ。伯はありもしない幻想に溺れ、その脳はどんどん現実世界から遠ざかっていった。アトラスは伯の名を利用して全国を回り、王家に恨みを持つ者、野望を抱く者を集めていった。折よく反乱軍の動きが活発化し、アルナハブとの国交も緊迫して、国軍はそちらに注意を向けざるを得ない状況にあった。
アトラスは満を持して王都に潜入した。用済みになった辺境伯はスラムで塵芥のように死んだ。
あとは民衆を扇動し、国王をその座から追い落とすだけだ。
それでようやく、三十年越しの復讐は完成する。
時の国王アズハル=ジュディード・イシュラヴァールは壮年期を迎えていた。砂漠の片隅の小国だったイシュラヴァールを強国にすべく、産業を発展させ軍備を増強し、精力的に版図を広げていった。
当時、後宮には三十人を超す側室と、二百人近い側室候補の姫たちがいた。多くは国内の有力者の娘や周辺国の王家の親族、辺境の豪族の娘などで、イシュラヴァール王家の地位を盤石なものとするための政略結婚だった。
国王はその生涯で、側室との間に七人の王子と九人の王女をもうけた。
第一王子が二十一歳の若さで遠征先で戦死を遂げた年、第三王子のアトラスが誕生した。アトラスの母アイシャは、砂漠の遊牧民族の族長の娘だった。後宮の中での地位は低かったが、美貌と利口さ、そして何よりも床上手で、したたかに王に取り入って御子を身籠り、とうとう側室の座を手に入れた。
当時、砂漠の遊牧民族の中には王家と友好的な関係を築いている部族もあった。中でもシャレム族は、頻繁に王家に貢物を贈り、取り入ることに余念がなかった。
アトラスが産まれて間もなくして、側室の一人が御子を身籠った。
懐妊の祝いと新年の祭で王都が沸き立つ中、事件は起こった。祭のさなか、六歳になる第二王子が消えたのである。
三日後、ウラ川の下流で発見された王子は既に事切れていた。
大掛かりな調査が行われたが、結局真相は明らかにならなかった。しかし後宮の中で、懐妊した側室が王子を手にかけたのだという噂が立った。
「あの女、わたくしのかわいいアトラスのことも、恐ろしい目で睨んでいましたわ」
赤子を愛しそうに撫でながら、アイシャは証言した。王位継承権は年齢順に男子にのみ与えられる。上の王子が死ねば、我が子が王位に就くことも夢ではない。噂された側室は、後宮の中で孤立した。
後宮内の騒ぎが大きくなったことに頭を悩ませた元老院は、疑惑をかけられた側室を塔へと隔離することを決めた。側室は塔に軟禁されたまま、男子を産み落とした。
後のイシュラヴァール国王、マルスである。
マルスの母は疑惑を晴らせないまま、二年後、塔の中で死んだ。
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それは、国王がアトラスの生誕を祝って作らせ、アイシャに贈ったものと、同じものだった。
陰謀だ、とアイシャは主張したが、次々に出てきた証言はアイシャの犯行を裏付けるものばかりだった。
第二王子暗殺の直後に、王が贈ったものと全く同じ首飾りを内密で注文されたという宝石商の証言が決定打となり、アイシャは第三王子の身分を剥奪されたアトラスと共に追放された。
更に十年の時を経て、病に倒れた王に代わって、第三王子マルスが王位を継いだ。
マルスは戦術に長け、父が広げた版図を更に拡大していった。特に砂漠地帯を制圧すべく、砂漠で遊牧を営む戦闘民族を次々に滅ぼしていった。
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マルスがジャヤトリア辺境伯領を召し上げて直轄地とした時、両の手を切り落とされて追放された辺境伯を、アトラスは保護した。半分狂人になりかけた伯に、自分は国王の血を引く者だ、この不遇を乗り越え、いつの日か共に天下を取り戻すのだと吹き込んだ。伯はありもしない幻想に溺れ、その脳はどんどん現実世界から遠ざかっていった。アトラスは伯の名を利用して全国を回り、王家に恨みを持つ者、野望を抱く者を集めていった。折よく反乱軍の動きが活発化し、アルナハブとの国交も緊迫して、国軍はそちらに注意を向けざるを得ない状況にあった。
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