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第五章 恋情編
近衛隊長の接吻
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「スカイ、わたしを兵舎に戻して」
訓練が終わるなり、アトゥイーはスカイを呼び止めて言った。
もう限界だ、と思った。これ以上惹かれてしまったら、離れられなくなる。マルスからも後宮からも逃げられなくなる。せっかく手に入れた自由を失ってしまう。
「だから、そんなの解決にならないって」
スカイはマルスの性格についてはアトゥイーよりも分かっているつもりだ。類稀な才能を発揮し、前王の存命中に若くして即位した。戦士としても為政者としても自信に溢れ精力漲る国王が、子を望むまでに執着した女をちょっとやそっとで諦めることなどない。
「お願い、わたし、軍にいたい。後宮で陛下のことを待つだけの日々はいや」
アトゥイーがそう言った、その時だった。
「――――!?」
一瞬、アトゥイーは何が起こったのか分からなかった。スカイの顔が目の前にあって、柔らかい金髪が額に触れる。――そしてその唇が、アトゥイーの唇に重ねられていた。
パァン――
「……効くなぁ――アトゥイー、思い切りやるんだもん……」
力任せに頬を張られたスカイが、顔を手で抑えて壁に寄り掛かった。
「スカイ、なにを……」
「イヤだったでしょ?僕に触れられるのが」
アトゥイーは言葉が出ずに首を振った。まだ心臓が速い。
「ねぇ、君は陛下のこと、どう思ってるの?好きなんじゃないの?何から逃げてるのか知らないけど、そうやって逃げて逃げて逃げ回って、それでもいつまでも追ってきてもらえるとでも思ってる?」
「そんなこと……」
「ねぇアトゥイー、僕は知らない、君がどういう過去を生きてきたか。だけどそこに戻りたくないなら、陛下のものになるのが一番幸せなんじゃないの?」
――それとも、ほかに好きな男でもいるのか?とは、絶対に言わない。
スカイにはある確信があった。アトゥイーは偽名だ。なぜアトゥイーと名乗っているのか、スカイはひとつの仮設を立てていた。だがそれが露見したら、彼女は王都から――マルスのもとから去っていくかもしれない。それはスカイの望むところではない。
「そろそろ腹を括りなよ、アトゥイー」
アトゥイーはきっとスカイを睨みつけて言い放つ。
「わたしは――誰のものにもならない……!」
マルスに好きだと言った。だが自分がマルスの側室になるということは、どうしても受け入れられない。後宮に閉じ込められ、外に出られないまま子を産まされ、育てるだけの日々。それは奴隷と何が違うのか。奴隷として育ったあの日々こそが、ファーリアを闇に突き落としたのに。
走り去るアトゥイーの背中を見送りながら、スカイはぽつりと呟いた。
「自由な世界が不自由でないわけじゃないんだよ、アトゥイー……」
*****
数回に渡る医師の処置でアトゥイーの胸から奴隷印が消えた頃、王都にふたつの報せが相次いで届いた。
即ち、イシュラヴァール王国と砂漠を隔てた隣国に位置するアルナハブ王国からの宣戦布告、及び、アルヴィラ砦に留まっていた反乱軍が新たに「アルヴィラ解放戦線」と名乗りを上げ、周辺の遊牧民の部族をまとめ上げて一斉蜂起したという報である。
訓練が終わるなり、アトゥイーはスカイを呼び止めて言った。
もう限界だ、と思った。これ以上惹かれてしまったら、離れられなくなる。マルスからも後宮からも逃げられなくなる。せっかく手に入れた自由を失ってしまう。
「だから、そんなの解決にならないって」
スカイはマルスの性格についてはアトゥイーよりも分かっているつもりだ。類稀な才能を発揮し、前王の存命中に若くして即位した。戦士としても為政者としても自信に溢れ精力漲る国王が、子を望むまでに執着した女をちょっとやそっとで諦めることなどない。
「お願い、わたし、軍にいたい。後宮で陛下のことを待つだけの日々はいや」
アトゥイーがそう言った、その時だった。
「――――!?」
一瞬、アトゥイーは何が起こったのか分からなかった。スカイの顔が目の前にあって、柔らかい金髪が額に触れる。――そしてその唇が、アトゥイーの唇に重ねられていた。
パァン――
「……効くなぁ――アトゥイー、思い切りやるんだもん……」
力任せに頬を張られたスカイが、顔を手で抑えて壁に寄り掛かった。
「スカイ、なにを……」
「イヤだったでしょ?僕に触れられるのが」
アトゥイーは言葉が出ずに首を振った。まだ心臓が速い。
「ねぇ、君は陛下のこと、どう思ってるの?好きなんじゃないの?何から逃げてるのか知らないけど、そうやって逃げて逃げて逃げ回って、それでもいつまでも追ってきてもらえるとでも思ってる?」
「そんなこと……」
「ねぇアトゥイー、僕は知らない、君がどういう過去を生きてきたか。だけどそこに戻りたくないなら、陛下のものになるのが一番幸せなんじゃないの?」
――それとも、ほかに好きな男でもいるのか?とは、絶対に言わない。
スカイにはある確信があった。アトゥイーは偽名だ。なぜアトゥイーと名乗っているのか、スカイはひとつの仮設を立てていた。だがそれが露見したら、彼女は王都から――マルスのもとから去っていくかもしれない。それはスカイの望むところではない。
「そろそろ腹を括りなよ、アトゥイー」
アトゥイーはきっとスカイを睨みつけて言い放つ。
「わたしは――誰のものにもならない……!」
マルスに好きだと言った。だが自分がマルスの側室になるということは、どうしても受け入れられない。後宮に閉じ込められ、外に出られないまま子を産まされ、育てるだけの日々。それは奴隷と何が違うのか。奴隷として育ったあの日々こそが、ファーリアを闇に突き落としたのに。
走り去るアトゥイーの背中を見送りながら、スカイはぽつりと呟いた。
「自由な世界が不自由でないわけじゃないんだよ、アトゥイー……」
*****
数回に渡る医師の処置でアトゥイーの胸から奴隷印が消えた頃、王都にふたつの報せが相次いで届いた。
即ち、イシュラヴァール王国と砂漠を隔てた隣国に位置するアルナハブ王国からの宣戦布告、及び、アルヴィラ砦に留まっていた反乱軍が新たに「アルヴィラ解放戦線」と名乗りを上げ、周辺の遊牧民の部族をまとめ上げて一斉蜂起したという報である。
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