僕を貴方の傍において~ティーカップの妖精の恋~〖完結〗

カシューナッツ

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割れたカップとアレクとの別れ〖第34話〗

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 深山は、毎日絵を描く。ただ、少年は微笑みを浮かべそこにいる。深山はひたすらスケッチを描いた。描いても、描いても描き足りない。それをもとにキャンバスに向かう。柔らかな表情の少年の絵を描く。

    朝食以外は二人でキッチンに立つ。食後のミルクティーの後、追加で彼流のロシアンティーを飲んだりした。絵のモデルだけでは窮屈だろうと、息抜きに、バスに乗って植物園に行ったり、洋服や靴を買いに行ったり。スーパーマーケットへ食材を選びに行ったりした。

 夜は少年を、守るように抱きしめて寝た。ただ、柔らかい幸せがそこにはあった。そんな、毎日が穏やかな微笑みで完結する、ある日のことだった。

 その日は朝から風が強く、窓ガラスが唸り、少年は『何だか、不安で』と言い、深山の傍を離れたがらなかった。こんな怯えた少年を見るのは初めてだった。昼食の後に、

「今日は部屋で、ごろごろして昼寝でもしよう」

『すみません。何だか風が怖くて』

    昼間から窓とカーテンを締めて、ベッドに二人で横になり、頭からブランケットをかぶった。深山は少年を抱きしめ、耳許で、

「まだ、怖いか?」

    と訊いた。胸の中に収まった少年は、

『大丈夫です。ふかやまさんの、匂いがする。僕の、大好きな匂い。安心する………』

    髪を撫でると少年は眠りに落ち、つられるように深山も落ちるように眠りに落ちた。

    夜になっても風はやまなかった。午後八時頃、思ってもいなかった人物が、インターフォンを鳴らした。

「アレク。すまないが姿を隠していてくれ」

 険しい顔で深山はインターフォンで答える。

「何の用だ?」

「怖い声ね。少し中に入れて?意味はないけど、近くに寄ったの」

「こんな遅くに?」

 深山は鼻で笑った。

「元気にしているかなって思って」

「そんな事で来たのか?………解った。あがってくれ。鍵を開ける」

 長いストレートの髪。変わらない香水。普通、婚約までした、かつて愛した女性を目の前にしたら何かしらの感慨が起こるものかもしれないが、今の深山には、早く帰って欲しい。それだけしかなかった。

「部屋、随分綺麗にしてるのね。ハウスキーパー雇ったの?喉カラカラ。お茶頂戴。足もくたくた。譲治さんの家、坂の上なんだもの。いいとこなんてひとつもないわ。油絵の臭いも鼻につくし」

 女性は足を組み、片手で顔をあおぐ。

『緑がいっぱいですね。坂の一番上だから風が違います。僕はこの家が大好きです。それに、この家はいつもふかやまさんがいる。早く金木犀が咲かないか楽しみです』
 
 少年と、この前スーパーマーケットに買い出しに行った時、少年はそう、荷物を抱え笑っていた。

「前置きはいい。本題に入ろう。何の用だ?」

「見ちゃった。随分可愛い男の子と歩ってたわね」

「それが?」

 あっさり肯定され、女性は言葉につまる。

「あなたの笑ってる顔、久しぶりに見たから。嫉妬しちゃったの。あの子、何?モデル?」

「今さら私の私生活に興味があるのか」

 深山は冷たい声で、淡々と話す。

「そんな冷たい言い方しないで。譲治さん、意地悪になった」

「それで、何だ」

 女性はハンカチで、そっと目元を拭う。

「確かにあの別れかたは自分でも子供だったと思う。やり直したいの。あの男の子のことは、秘密にしてあげる」

「……頬の傷も消えて、連れて歩くアクセサリーにはまあまあ丁度。描けばすぐにでも買い手がつく位の知名度の画家。最近、賞も受賞して外聞もいい。そして、相手の弱みも握っている。全く君らしいね。君の旦那さん、株で失敗して大変みたいだね。またあっという間に乗り換えるのか?あの時みたいに」

 女性が黙って震えているのは悲しみからではないと膨らんだ小鼻で解った。

 女性はちらりとテーブル近くの棚にあるティーカップを睨むように見つめた。目には激しい怒りが宿っていた。

「……何でこんなところにこの指輪があるのよ。本当は私が貰うはずだったのに!」

「違うよ。ここにあるべきものだ。このティーカップにこそ、この指輪が一番ふさわしい」

「ティーカップに指輪?馬鹿みたいね。だから芸術家気取りは嫌なのよ!」

「今更指輪が惜しくなったのか?」

 嘲笑され、女性はカップを鷲掴みにして、フローリングに叩きつけた。





 カップが割れた。砕けはしなかった。小さく深山には声が聞こえた。


『ごめんなさい、ふかやま、さん。もう、一緒にいられません。ふかやまさんに、出会えて、幸せでした………ありが、と。さ………よな、ら』

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